10.騎士らしい行い
迫る拳よりも早くアスクの元へと辿りついた私は、彼の体を抱き寄せるとそのまま飛び込むように拳を避ける。
地面に着弾した巨大な拳は土煙を上げ、晴れた視界を不明瞭なものへと変えた。
そのタイミングで少女もまた完全に気絶したのか、人形は動作を停止して芝生へ横たわる。
私はアスクと共に地面に伏せたまま、癖と周囲を窺うが……当然、続く襲撃があるわけもない。
『ちょっと体が鈍ってるね?』
「ぐっ」
レイヴの鋭い指摘で思わず私は呻く。
彼の言う通り、私の体は私の想像以上に想像以下な体たらくだった。
まさかここまでギリギリの救出になってしまうとは……。
戦場を離れてもう一か月は経過したが、淑女へに向かって粛々と努力していたおかげで、どうやら私の体は淑女らしい儚さを少しは手に入れたらしい。
果たしてこれはいいことなのか悪いことなのか……?
『それは今後のゼノビアの進路次第だね』
なるほど、このままお淑やかに行きたいのなら、お淑やかな地位を確立しないといけないということか。
学園生活というのは同時に就職活動への助走でもあるので、その点も大事にしていきたい。
戦場に戻ることももしかするとあるのかもしれないわけだが、それはなるべく避けたいな……。
などと考えていると、だんだん視界が晴れていく。
だが、今の状況は少々まずかった。
完全に私がアスクを押し倒している形なのである!
一人の美しい男性の覆いかぶさるように伸し掛かる女子……こんな姿を見られたら即淑女終了だ!
や、ヤバい、早く何とかしなくては。
戦場でもここまで焦ることはなかったであろう私の心臓はまるでマグマのように熱くなり煮えたぎり、混乱したままに、私はとにかくこの状況を打破しようと彼を抱き留めたままに立ち上がる。
アスクの体は軽く、実が詰まっていない果実の様だった。
その軽さに驚いていると、彼の端正な顔もこちらに睨むように向いていて、一瞬で私の頭は真っ白になる。
そして霧が晴れた先に、ギャラリーたちが見たものとは──私がお姫様抱っこでアスクを抱き留める姿だった。
『逆逆ぅー!』
レイヴの突っ込みはごもっともというかごく当然のものなのだが、わ、私としてもどうしてこうなったのか!
とりあえず起こそうと思って力を入れたら簡単に持ち上がってしまったというか……。
「アスクがお姫様抱っこされてるー!」「似合ってますわね」「いや、あの女は誰だよ」「なんかかっこよくない?」「アスクくんの方がかっこいいから!」「かっこよさの二乗じゃん」「ていうかアリス、生きてる?」「『ひれ伏せる魔法』だから大丈夫だとは思うけど……」「まあ、ヤバいやつだしいい薬だよ」
『とか、なんとか言ってるよ』
レイヴの優秀な耳が周囲のひそひそ話を正確に聞き取り、私に伝えてくれるが……内容が碌でもない!
それにしても、どうやらアスクと今そこで伸びている少女──アリスと言うのか──はかなり有名な二人なようで、見知った顔のように語られていた。
考えてみれば全員同学年なわけで、ずっと戦場にいた私と違って、魔法学園に入学するようなエリートな子供たちは既にみんな顔見知りなのかもしれない。
馴染むのが大変そうだ……。
「……さっさとおろせ銀色女!」
周囲の喧騒に耳を傾ける私の元に怒号が響く。
こんな状況で一番不利益を被っているのは、お姫様抱っこされているアスクなわけで、ごくごく当然の話として超怒っていた!
しかし、抱っこしている間に気付いたのだが……どうやら彼は足を怪我しているようだ。
このままおろすと、かなり痛いかもしれない。
「え、えーと、足、捻っていますよね? 大丈夫ですか?」
「大丈夫だから早くおろせ!」
「う、うん」
嫌がるままに抱っこし続けるわけにもいかず、私はなるべくそっとアスクを地面におろすが、その瞬間、彼の表情が苦痛で歪む。
どうやらダメージは大きいようだ。
「よければ医務室まで運びますよ?」
「こ、これくらい大丈夫だ! 女に運ばれるなんて騎士のやることじゃない……」
根気を振り絞るように出たその言葉は何やら父を意識したものに感じるけれど、しかし、無理して歩くと重症化しかねない危険性もある。
これから始まる学園生活、その最初の一歩でそんなハンデを背負ってはあまりに可哀そうだ。
ここは無理にでも運ぶべきだろうか……。
いや、とりあえず説得してみよう。
まずは言葉から……それが私の信じる淑女だ。
「むしろ騎士こそ戦場では無理をしないものです。周囲の立場になって考えてみてください。怪我をしたままに無理をする貴方をフォローしないといけないのに、その怪我が悪化すると更に更に迷惑です。つまり、怪我人に出来る最大の武功はその怪我を治すことにあるわけで、ここで恥を捨てて医務室に運ばれる選択を出来る方が、私は男らしく、そして騎士らしいと思いますよ」
「うっ……そ、そういうものなのか?」
思いのほか素直にアスクは私の言葉に耳を傾けて、痛い足首をさすりながら、困ったような表情をこちらに見せる。
おや、いい子。
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