26.芸は見せびらかしたくなるモノ
言われてみればそうである。
というか、ヒロインに憧れた女子と悪役に憧れた女子が揃うのは異例な事態すぎて、なんだか面白くなってしまっている。
案外、相性はいいのだろうか?
「とりま、いじめに来ましたわよ!」
「とりあえず、まあでいじめに来ないで欲しいんやけども……」
「新入りをいじめるのが悪と言うものですわ! そうですわね……何か芸でもしてもらいましょうか」
「いじめ方がおっさん臭いわぁ」
どうやら悪役ぶるために、ルジェ先輩は新人いびりがしたいらしい。
しかし、まあ、根が善良なのか言っていることは可愛いものである。
「なるほど、やりましょう」
「やるんかいな!?」
「芸くらいなら」
上官の命令は極力絶対な戦場において、芸事くらいは出来ないと酒の席でやっていけない。
勿論、度を越した命令には反抗する能力が必要かもしれないが、それを実行するためには、普段から命令に従って置くことがむしろ大事だったりするのだ。
それに、私は酒が飲めないなりに宴会の雰囲気は好きなので、芸くらいはやってみんなを楽しませたい気持ちもあった。
よって、これくらいならいびりとすら思わない。
「無理せんでええんやで? ルジェ先輩のことは基本無視しとけばしょんぼりして帰っていくから」
「目指すものの割にはメンタルが弱いですね……」
「弱くないわよ! 傷ついちゃうと枕に顔をうずめたくなるだけだから!」
「弱いなぁ」
「では、ルジェ先輩が枕を濡らさない為にも芸を1つ……まずこのスプーンを見てください」
私は机の上に転がっていたスプーンを手に取ると、ルジェ先輩に手渡して種も仕掛けもないことを周知させる。
芸においてはこうやって加速をつけるように、助走をするように、前段階を用意するのが大切だ。
「ただのスプーンですわね。というか、なんで机に置きっぱなしになってますの」
「うちが朝食ここで食ってたんですけど、時間がなくて使わなかったスプーンだけ置き去りになったんだと思います」
「きちんと片付けできないと、立派な悪になれませんわよ」
「普通、いい子になれないとかやないんですかそこは」
ルジェ先輩から返されたスプーンを、私は片手に持ち、親指でその頭を撫でる。
「今、なでなでパワーをここに集めています」
「聞いたことないパワーですわね」
「見たところ魔法は使ってないみたいやな」
細かなところに目が利くケットルは、しっかり魔力の流れにも目をやっていた。
魔力はそれなりの魔術師になれば目に見えて感じることが出来るので、魔力によるイカサマは見抜かれやすい。
よってこれは魔法無関係の……スプーン曲げだ!
私は親指に力を入れてひょいっとスプーンを曲げる。
コツはいかにも簡単そうに無表情にやることで、後は腕力!
いやさ指力!
『で、出たー! ゼノビアの力任せのゴリ押し手品! 大爆笑必至だったやつ!』
そう、これは驚きを与えると言うより、どちらかと言えば笑いを誘う芸である。
戦場の仲間たちともなれば、同然私の剛力にも察しがついているので「おいおいパワーだけじゃねぇか! ガッハッハ!」となるのである。
ただし、この場に置いては私の外見はお淑やかなお嬢様であり、身体能力のデータもない。
よって、普通に驚きの芸として成り立つのだ!
案の定、素直なルジェ先輩は目を丸くし、口をポカンと開けて驚いている。
相手が真面目であれば真面目であるほど、芸のし甲斐があるというものである。
要するに……楽しい!
「ど、どうやりましたの!? ひょいって、ひょいって曲がりましたわよ!?」
「魔法とは別種の力……なでなでパワーです」
「そんなものがこの世にありますの!?」
「ええ、修行を積めば誰でも習得可能です」
「マジですの!?」
一応、修行の結果身に付いたパワーなので嘘ではない。
嘘を言っていないだけとも言うが。
興奮してスプーンを手に取りジロジロと見ているルジェ先輩とは真逆に、ケットルは静かにスプーンを見つめている。
うっ、思ったより冷静な子だ。
真面目に考察されると、一発で「いや指の力でしょ」とバレてしまうのでこれはマズい展開か。
『なんでそんな芸見せちゃったんだよ!』
て、鉄板芸だったから……。
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