27.先客万来


「うーん、以外と曲げやすいんかな……」


 それなりに聡明そうなケットルだが、どうやら私が力任せに曲げたとは思いつかないらしく、スプーン事態の細工を疑っている。

 よ、良かった……私は私が思っている以上に非力な見た目をしているようだ。

 ビバお嬢様! ありがとうアスター!


「こ、こほん! ルジェ先輩、これで満足でしょうか?」

「やりますわね貴女……悪の才能があるわ」

「欠片もないと自負しているのですが!」

「ワードチョイスが全面的におかしいけど、一応褒めてるんやと思う」


 言動は謎だが、どうやらお気に召していただけたらしい。

 一芸は身を助けると言うが、やはり人間、芸を持っておいて損はないのだな。


『一芸は身を助けるは一発芸持っておけば宴会で助かる!みたいな意味じゃないよ!』


 とにもかくにも、危ないところもあったが何とかこの場を切り抜けられた。

 しかし、どうやらスプーン曲げは私がメスゴリラであると勘違いされかねないようなので、他の芸を身につける必要がありそうだ。

 やはり、豪華絢爛な光魔法を覚え校長のように蝶を超飛ばしまくりたいものである。


「ルジェ先輩のことは置いておいて、部屋に案内しよか」

「はい、お願いします!」

「扱いが雑ですわよ!?」


 雑に置いて行かれたルジェ先輩を尻目に、きしむ階段をケットルと共に上がっていく。

 筋肉と言うのは質量がぎちっと詰め込まれているので、私の体重は外観より重く、階段に穴が開かないか少し心配になるきしみ方だった。

 こういう時は、なるべく体重を分散させて歩くのが大事だろう。


「ここが部屋やでー」


 二階の廊下の突き当り、窓から鬱蒼とした森が見える廊下の奥まった場所にぽつんと置かれたドアをケットルは指差す。

 奥ではあるが、しかし、何故か近くに感じられるのは私の足が逞しすぎるせいだろうか。

 

「わざわざこんな奥の方の部屋にするのは嫌がらせやなくて、一番無事な部屋がここなんや」

「距離は気にしません。ひたすら歩くのには慣れていますから」

「へー、お嬢らしくないな」

「あっ、いや、や、屋敷が広いとですね、歩く時間も伸びてしまって!」

「おー! なるほどな、広すぎて逆に不便っちゅうことか! ウケるわ!」


 私のお嬢様?トークを聞いて楽しげに笑ってくれるケットル。

 似非お嬢様を続ける私だが、一応、貰った屋敷が広すぎて無駄に歩く羽目になったのは事実である。

 屋敷の中で行軍できそう広さだったからな……。

 実際、山あり谷ありなので障害物ありなので、訓練には丁度良いかもしれない。


「そんでこれが鍵な」


 ケットルは竜を象ったオブジェの付いた鍵を指でつまみ、ぶらぶらと揺らす。

 洒落っ気のある鍵で大変結構だが、精巧に出来すぎていて、壊してしまわないか不安でもある。

 適当にポケットに入れておくと、竜が折れてしまいそうだ。


「ありがとうございます! それではさっそく」


 私はケットルから鍵を受け取ると、さっそく鍵穴に鍵を差し込も──うとしたところ、何故か上手く入らない。

 な、何か鍵穴が大きいような……。


「その鍵な、お尻の衣裳の部分が鍵なんや、竜のやつな」

「何故そんな作りに!?」

「謎や……斬新なセキュリティなのかもしれへん」

「斬新過ぎて不便です!」


 鍵の先端ではなく、後ろの飾りが鍵の本体……と言うのは面白い仕掛けではあるが、普通に使う分には不便極まりない機能だ。

 一体、この屋敷の設計者は何を考えていたのだろう。

 相当な趣味人だったと想像できるが、しかし、何故学園の中にそんな趣味人のお屋敷が?

 

「じゃあ、ひっくり返してっと……うわ、本当に入りました」

「最初の一回だけは楽しいやろ? その後は何の感動もないんやけどな」

「まるで出来の悪いおもちゃのようです」


 鍵をお尻から入れるという未知の体験を楽しみつつ、私はくるりと鍵を回す。

 すると、カチャリと音をたてて、鍵はしっかりと開いた。

 た、確かに最初の1回は楽しい!

 すぐに慣れてしまいそうだけど!


 それにしても、どうやってあの竜の形で鍵の役目を果たしているのか、これもかなり謎である。

 結構高度な技術が使われているのかもしれない。


 謎構造に戸惑いつつも、私はゆっくりとドアを開ける。

 色々あったが、これから自分の部屋となる場所である。期待感は大きく、柄にもなくドキドキしてしまう。

 そうして、心ときめきながら覗き込んだ部屋の中には──1人の少女が上着を脱いでいるのか、着ているのか、中途半端な姿勢でこちらにお腹を見せるように静止している姿があった。

 私はドアをそっと閉じて、ケットルに振り返る。


「先客がいるのですが!?」

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