8.人形のように美しい彼と人形と私

 その艶やかな青い髪や凛とした瞳などはそっくりだと思うのだが、レイヴは信じられないと言わんばかりに、わなわなと私の胸元で震えている。

 

「そっくりだと思うがな」

『もっとムキムキじゃん!』

「それはあくまで鍛えた結果であって、遺伝とは関係ないだろ……じゃなくて、関係ないでしょ?」

『そ、それはそうだけどさぁ!』

「アスターは乙女だけど、彼の婚約者は逆に男勝りな女性なんですよ。私と出会う前から婚約はしていたのだけど、二人とも騎士だから忙しくて式は挙げられてなかったらしくて、それを気にした兵士一同で戦場に式場を作ったりしたものでしたよ。あれは感動的だったなぁ」

『そんなことあったっけ?』


 レイヴも即席で作り上げた青空結婚式場には出席したはずなのだが、すっかり忘れているようだった。

 まあ、剣からすると興味がないのも無理からぬ話ではあるが……そもそもレイヴは子供なので、結婚式なんて退屈で仕方ないだろうし。


「貴女と同じくらいの年の子供がいるのだけど、顔が見られなくて悲しいわぁ~ってアスターも良く言っていましたよ」

『そういえばそんな話もあったようななかったような」

「レイヴは戦場では力を使いすぎてほぼほぼ寝ていたので仕方ないですね」

『あそこにいると時間経過がよく分からなくなるよね』

「それは分かります。一日が数分で過ぎていく感じです」


 非常に忙しく世俗とも離れている為、どんどん日付の感覚が曖昧になっていくのが戦場というもので、気付けば一年くらい平気で過ぎている。

 そのせいでアスターも目の前の世界一と言っていいほど愛らしい子供に会えなかったのだと思うと、それは親としてあまりにも不幸に感じる。

 やはり平和が一番だ……私がそこでしか活躍できないとしても。

 

『それにしても同じ学園に通うことになるなんて奇遇だったね。名前は何っていうんだろう?』

「確か名前はアスクだったはず」

『じゃあアスク・レイドプラーなんだね』

「さすがにアスターのファミリーネームくらいは記憶してましたか」

『いや、今、小声で「あの子はレイドプラーの……」とか周囲で言ってる声を聞いて思い出した』


 アスク・レイドプラーは緑の広場の白いベンチに腰かけているが、レイヴの言うように、周囲から遠巻きに見られながら、何やらヒソヒソと噂話でもされているようだった。

 あまりにも美しいので近付くに近付けなくて、遠くで眺めているのに留まっているのかもしれない。

 いや、私も立ち止まっているから彼・彼女たちのお仲間なのだが。


 うーん、話しかけるべきかどうか悩んでしまう。

 勿論、普段の私なら、ゼノビア・セプミティアとしてなら堂々と「君のご両親には世話になっているよ」とでも言いながら話しかけるのだろうが、今の私はセピア・ミーティアム。

 戦場に行ったことはない、どころか戦場など知る由もないご令嬢という設定である。

 そんなセピアに、アスクとの接点など欠片もないわけで……かなり心苦しいが、ここは無視して素通りするしかないようだ。


「そのうち会話することもあるでしょう。先を急ぎましょうか」

『ここまで突っ込まずに聞いてあげたけど、やっぱりゼノビアの口調、なんか変だよ』

「マジですか」

『そういうところが変なんだよ!』


 レイヴとの雑談を再開しながら、涼しげな風に髪を揺らすアスクの姿を横目で見つつ、私は冷たい廊下の先へ進む。

 すると、勇気ある者なのか、それとも彼の知り合いなのか、黒髪の少女がアスクに話しかけている。

 一人でいる彼がどこか不憫に感じられたので、知り合いであろうがなかろうが、その光景は実に微笑ましい。

 私もあんな青春が送りたいものだ。


 そんな呑気なことを考えている、その瞬間だった。

 その黒髪の少女が豹変したのは。

 髪が逆立ち、その少女の背後には巨大な人形が浮かび上がる。

 あれは思いを込めた物体を操る魔法……『踊る人形』か。

 

『えっ、修羅場的なやつ?』

「ああいうコミュニケーション方法なのかもしれません。私も昔、ゴーレムの内部に引きこもってそこからしか話さない人を見たことがあります」

『それは僕も見たことあるけど……そんな平和な感じじゃなさそうだよ!』


 アスクは懐から杖を取り出すと、少女に向けて赤い魔法を放つ。

 恐らくは当たった者の脳を揺らし強制的に立てなくする『ひれ伏せる魔法』だろう……初級魔法のわりに強いので、戦場でもよく見かけた。

 しかし、その魔法を人形が大きな手で防ぐ……明らかにその攻防は戦闘を意味していた


「だが、まだ模擬戦かもしれない」

『周囲の子たちも怯えてるから!』

「なら、淑女的に止めるしかないか」

『淑女的に止めるとは!?』


 そう、この場で二人とも倒してしまうのは簡単だが、そんな露骨なことをしていては、儚げでお淑やかで愛され美少女にはなれない。

 この学園で生きていくのなら、こういったトラブルにも淑やかに対処しなくては、淑女としてやってられない。

 それに……親友の息子を放っておけるほど、私の血は冷たくないのだ。

 私はレイヴを手に取ると、戦いを繰り広げる二人の元へゆっくりと歩き出した。

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