19.もう鬼のように自信を持っていた
「ちょっと疲労が溜まっているので、休憩してもいいでしょうか?」
ホイップに小声でそう囁くと、彼女は私の元へ顔を寄せてくる。
「もしかして、アスクくんを見てくれるのでしょうか? あの、それは大変ありがたいです。今日は式もあって人手が足りないので、離れている間に何処かに行かれたら困るなぁって思っていたんです」
「戦友の息子なので、気になってしまうのです」
「でしたよね! 分かりました! 存分に休憩なさってください」
ファンだと言うだけあって、さすがに私とアスクとの関係に察しがついたらしいホイップは、気を使うようにアリスと共にその場を離れる。
去り際にアリスの残した「きっと同室になると思うわ」という言葉がなんだか不思議だったけれど(ルームメイトはまだ分からないはずだが……?)これで医務室は私とアスクの二人きりだ。
話を聞くにはまたとない絶好の機会だろう。
アスクの眠っているはずの寝台、その周囲を包む真っ白なカーテンを捲って中を覗き込むと……彼は既に目を覚ましていた。
その氷のような眼光がこちらを睨んでいる。
うーん、イケメンだ。
このような男子にモテたいものだけど、まだ私の可愛さレベルでは高望みと言わざるを得ないか。
「お前、アリスと仲良く出来るなんて、なかなか変わってるな」
「えっ、可愛くていい子でしたよ」
開口一番に彼が話題に出したのはアリスのことだった。
自分から婚約破棄した女性の話題を振るなんて、少し不思議な話ではある。
心中ではずっと、彼女のことを気にしていたのだろうか?
「別にいい子ではないだろ」
「あら、可愛いは否定なさらないのですね」
「い、いや、一応顔は良い方だし……」
「でしたら、どうして婚約破棄なさったのですか?」
「それは──お前には関係ないことだ」
プイっと顔を逸らしてしまうアスク。
なるほど思春期感がある。
しかし、アリスは可愛さの化身と言っても良いほど可愛いのに、あれほどの美少女相手に婚約破棄するなんて、私からするともう信じられない気持ちでいっぱいだ。
私が男子ならむしろ地に頭をこすり付けてでも婚約をお願いするところなのに。
それにしても、婚約破棄にも色々あるものだ。
私の場合は(見た目も中身も合わせて)可愛く無さが問題になった婚約破棄だったと思うけれど、アスクとアリスの場合はそんな私たちのありきたりな破棄とは違い、もっと深いところに原因があるように見える。
一朝一夕でその繊細な内情を聞き出すのは、どうやら難しそうだ。
仲良くなれば自然と分かるはずなので、アスターの息子という意味でも、アリスの友達という意味でも、私は彼と仲良くやっていきたい。
やっていきたいのだけど……どうすれば仲良く出来るのか全く分からない。
これが交友関係ゼロで青春を過ごした者の末路である。
何故騎士団では友達作りの訓練を受けさせてくれなかったのか……!
『そんな訓練のある騎士団嫌だよ!』
結束力を高めるという意味ではそれなりに有効だと思うのだがなぁ。
友好だけに。
『その辺のギャグセンスはなんか男所帯で過ごした感が出てるよね』
やばい! こんなところにも戦場の余波が!
おじさんとばかり会話していた弊害が!
こんな調子で若者と話せるのか全くもって不安だが、アリスとは一応上手くいったし『上手くいってたかなぁ!?』今回もきっと大丈夫だろう。
「お前じゃなくてセピアという大変可愛らしい名前があるので、そちらで呼んでください」
「可愛いを超主張してくるなお前。セピアってそんな可愛い名前か?」
「え゛っ!? や、やっぱり微妙ですか!? そうですよね……セピア程度で強豪ひしめく可愛い名前界隈を生き抜くなんておこがましかったですよね……ピアって響きに全振りしすぎだったかなぁ……」
「落ち込みすぎだろ! どんだけ名前に自信持ってたんだよ!」
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