16.サインは本人から貰おうという戒め
私が知らないだけでもしや婚約破棄は一般的だったのか?
そんなわけないと言いたいけれど、悲しいかな私には普通の暮らしが分からない。
ま、まあ、稀によくあるということにしておこう。
「ど、どうして急に婚約破棄されたのでしょう」
「さあ? まあ、元々氷柱みたいに冷え冷えの関係だったから、思い当たるところは多いわよね」
「なんというか、その、ご愁傷様でした」
「もう怒ってすっきりしたから気にしないで。好きだけど好きなのは顔だけだし、次の恋を求めるわ」
「き、切り替えがすごい!」
アリスはその見た目に反してスパッとしたところがあるらしく、あの巨大人形の大暴れで既に気分は晴れているようだ。
反撃を食らって頭を揺らされていては、怒りが再浮上するのが普通に思えるが、それも自分が先に仕掛けたから仕方ないと思っているのなら、なかなか大物なメンタルをしている。
可愛いのに中身はかなり戦士向けだな……。
「もしかしたら戦争が終わってお父様が返って来たことが、アスクを焦られてるのかも……」
「アスター……様のことですか?」
「あら、それは知っているのね。そうそう、我が国の誇る7人の戦力、1人1人が一騎当千と謳われる『七勇血』の1人、氷壁のアスター様のことよ」
「七勇血!?」
「それは知らないの? むしろこっちの方が有名だと思っていたわ。ほら、代表的な人だと真紅の剣鬼、ゼノビア・セプミティア様とか」
「全く知らないのですが!?」
いつの間にか私、七勇血という謎の集団の1人になっている!?
我が国にそんな四天王的存在がいたとは!
本当に全く知らないことなので驚くばかりだが、まあ、こういうことはよくある。
国民の戦意向上のために、戦場で英雄視されている者たちを酷く大げさに喧伝するのだ。
そして、こちらは魔物魔物と忙しい日々を送っているので、平和な本国の話は入ってこず、なんだか勝手に盛り上がっている感じになってしまうわけで。
しかし、剣鬼の方は知っていたが、七勇血は本当に初耳だな……。
全然可愛くない集団名に私は思わず身震いする。
そんな名前の奴らに含められたらそりゃあ怖がられも仕方がないな……私って『七勇血』の『剣鬼』だったのか……字面が女子から離れすぎだろ。
というか、かっこよさの観点から見ても、七勇血はそこそこダサいのではないか?
そもそも、私とアスターが一員として入っているらしいが、残りの5人は誰なんだと言いたくなる。
なんで所属している者がメンバーを把握できていないんだ。
私個人の意見としては百勇と言っていいほどに戦場には英雄が多いので、5人などあまりにも範囲が狭すぎる気もするが……。
『僕はそれなりに検討付くけどね。ゼノビアは誰でも英雄視しすぎ』
本当に皆、強く優しく優秀なのだがなぁ。
「魔法学園に通うのにゼノビア様知らないのはダメすぎるわよ。というか、国民の常識よ?」
自分を知らないことを少女に怒られてしまった。
非常に稀な経験だが、何故だろう、全く納得いかない。
いかないが……ここで怒っても仕方がないので私は素直に頭を下げる。
「す、すいません不勉強で……」
「私は誰よりもゼノビア様に詳しいから、今度じっくり教えてあげる。超貴重なゼノビア様の直筆サインまで持っているんだから」
「書いた覚えがないのですが!?」
「えっ、何?」
「いえ、あの、か、買いたいなぁって言っただけです!」
「だーめ、これだけはどれだけ金を積まれても売れないわ」
私のサインを持っていることを自慢げに語り、胸を張るアリス。
その正面に立っているのがご本人なのだが、その本人をしてサインについてまるで記憶になかった。
サインとは!?
字は下手だから頼まれても絶対に書かないのだが!?
偽物の私のサインが出回っているとしたらそれはかなり由々しき事態だが、しかし、今ここでそれを告発するわけにもいかない。
家に戻った時に対応してもらうか……。
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