VOICE#3+α 木下樹の場合

「木下くん、昨日のドラマ見た~?」

「『愛ここ』っしょ~? 見た見た~」


 朝のコーヒーを飲みに給湯室に入ったら、総務部の愛ちゃんがいた。

 愛ちゃんは、『給湯室の茶飲み仲間』だ。恋愛もののドラマが大好きで、いつもその話で盛り上がっている。だから、俺は見逃し配信を駆使して、愛ちゃんが好きそうなドラマを片っ端から見てる。


「コーヒー淹れたばっかだからどーぞー」

「わーい、ラッキー! ありがと~」


 愛ちゃんのことが好きか? もちろん、大好きだ。女の子だもん。


「でさでさ~あのドSっぷり最高過ぎて! 思わず全話見直しちゃった」

「マジで~!? 俺も俺も~奇遇~」

「やだ~。嘘ばっかり~」


 愛ちゃんは可愛い系ネイルで手入れされている手で俺の肩を押す。いいなぁ、こういう瞬間――ん?


「どうしたの?」

「いや、今非常階段の方、誰かいた?」

「え? やだ~。怖い話? 止めてよ~!」

「あはは。大丈夫大丈夫、俺が守るって~」


 ピロン。


「あ、携帯の通知音切っておかないと」

 まだ部長に怒られるところだ。

「ん? 宮沢じゃん」

「え、宮沢さん?」

 愛ちゃんが一瞬で色めきたつ。あらら。


 宮沢が連発でメッセージを送って来る。

『コーヒーマシン壊れた』

 ピロン。

『そっちの今空いてる?』


「ねえねえ、宮沢さんって彼女いるの?」

「いや~聞かないけど? どうかな~」


 俺は愛ちゃんに答えながら、返信を打つ。

『空いてませーん』


「じゃあさじゃあさ~今度食事セッティングしてよ」

 愛ちゃんがコーヒー片手に言う。

「総務の子、何人か声かけるからさ~」


 ピロン。

『さんくす』


 ピロン。

『下行くわ』


「ねえねえ、木下くーん?」

「あ、ごめん。仕事あるから行くわ~。コーヒーごちで~す」

 紙コップをゴミ箱に捨てて、給湯室を出る。愛ちゃんは「ちょっと~」なんて言っている。ああいうスネた感じの声も可愛いよね、女の子って。


 俺は、そのまま広報部に戻らずに、エレベーターに乗り込んだ。


 ・・・


 一階で宮沢と遭遇する。


「……何してんの、お前」

「美味しいコーヒー飲みたくてさ――あ! みのりちゃんだ」


 カフェにみのりちゃんがいる。同期だし、仲良くしたいんだけど、なんかあの食事会の時から妙に冷たいんだよね。ようやく話せたのに……。どうしたらお近づきになれるかな。愛ちゃんみたいに、共通の話題が作れればいいんだけど。


「おい」


 近づこうとしたら、宮沢が声を掛けてくる。

「あんま困らせんなよ、橋本さんを」

「な~によ~」

 いつ、俺がみのりちゃんを困らせたってんのよ。ああ……そう言ってる間に受け渡し口の方に行っちゃったじゃん。


「レモンティーで」

 宮沢は俺を無視して注文している。


「お待たせしました!」

 なんかやたら大きな声の店員だな。あ、みのりちゃんに何か耳打ちしてやがる。

 それに対して、みのりちゃんの笑顔。なにあれ~。


 よーし、俺だって。


「みのりちゃ~ん」


 みのりちゃんは、俺を見て、とびきりの笑顔を見せてくれた。

「お疲れ様です」

 いや、いいんだけど……さっきの笑顔とちょっと違くない?

 すでにエレベーターに向かってるみのりちゃん。冷たい。でもそれがまた良い。

「みのりちゃん、クールビューティー」


「はあ」

 宮沢が横でため息吐いてる。

「いいねー……にしても、宮沢、いつもそれなー」

「コーヒー苦手なんだよ」

「それじゃあ、コーヒーマシン壊れても壊れなくても関係ねーじゃん」

「……お前は自分の階のコーヒー飲めよ」

「それなー」


(うちの階のコーヒー、不味いんだよね~)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る