VOICE#6 イケボはイヤホンで聞くに限りますよね?
『みなさん、こんばんは。勇者のゲーム実況、今日もお付き合いお願いします』
「みのりお姉ちゃん」
――ついに金曜日がやって来た。先週のゲーム実況の生配信を逃した分、今日は必ず観るんだと、ずっとそわそわして1日を過ごしていた。
お気に入りのパジャマ。温かいお茶と保温ポット。ネイルケアのセット。完璧。
最悪寝落ちしちゃっても、大好きな声を聞きながらなら素敵な夢が見れそうだし。
「ねえ、みのりお姉ちゃん」
『うわ、こいつは強敵ですね~』
今日はなんだが、最近リメイクされたばかりのゲームらしい。よくわからないけど、勇者様が楽しそうにしているだけで幸せを感じる。
『勇者様、頑張ってください』とスマホに打ち込む。
――ピロン。
通知音。ファン仲間のレモンさんが反応してくれた。『勇者様、さっそくヤラれてる』――そんなコメントにクスっとする。なんだが日常に戻れたみたい。
「みのりお姉ちゃんってば」
『わっ、ちょっと、待って……うわ、うわー!!』
モンスターの攻撃を受けるたびに叫ぶ勇者様。そんな声もイケボ……。
「お姉ちゃん!!!」
「うわっ!!??」
イヤホンを急に取られて、妹が怒鳴ってきた。え、なに。なに?
「や、止めてよ。心臓に悪いの!」
「だって、ずーっと呼んでるのに反応してくれないんだもん。まったく、イヤホンでこんな大音量で聞くなんて。耳に悪いわよ」
母親のようなセリフを言う妹を見る。え? 呼んでた?
「呼んでたわよ。ノックだってしたんだから」
「ごめんなさい……」
「もう、お姉ちゃんったら大丈夫? ここ最近、ずーっと心ここにあらずって感じだし。今日なんか帰ってきてから自分の部屋に閉じこもっちゃってるし」
「はなちゃん……お姉ちゃんを心配してくれるの?」
「すっっっごく心配してる」
はなちゃんは、声に力を込める。
「何かあったら言ってよ。お姉ちゃん。あたし、本当にお姉ちゃんが心配なんだよ」
「ありがとう」
こんな妹がいて私は幸せだよ。はなちゃんの頭を撫でる。
「大丈夫だよ。最近心ここにあらずだったのは……ただ――」
「ただ?」
「お姉ちゃん、今日の勇者様を一週間楽しみにしてただけなの」
「もー! お邪魔しました!」
妹はほっぺを膨らませて部屋を出て行った。
「そっかあ……はなちゃんにも分かっちゃうよねぇ」
閉じられたドアに向かって思わず呟く。
先週、残念ながら皆勤賞を逃したゲーム実況の生配信。半年前に勇者様の声を聞いて聞いてからずっと毎週金曜日は耳のご褒美だと決めていた。デートだって飲み会だって、配信時間までには帰宅できるようにしてきた。
イヤホンを耳に戻す。
『ばーか!! ザコが!!!』
勇者様がゲーム内の敵に向かって暴言を吐いている。
そう、彼は口が悪い。でも、半年前に初めて聞いた時にそれに心が救われた。
「半年前、か……」
携帯勝手に見られても、いじられても、それが愛情なんだって……。
――勝手にごめんな? でも、みのりのためなんだよ。
――俺たち、幸せになろうな?
彼の言葉に頷きながら、でもやっぱりどこか心が苦しかった。そんな時に勇者様の動画に出会ったんだ。
『謝ったって許さねぇからな? おい! 覚悟しろよ!!』
そう言った矢先に勇者様が操るキャラクターは敵の攻撃で倒された。
『わー! ごめんなさい!!』
ただただ純粋にゲームを楽しんでいる、本当に楽しそうな声。
強がって、すぐにやられて。でも諦めない。そんな姿に、気が付いたら心から笑ってて。動画が終わった頃には、すっきりしてた。
それからは勇者様の生配信にはまって、何があっても見逃さなかった。
上司に嫌なことを言われても、彼氏にモヤモヤしても、勇者様が私の代わりに相手を怒ってくれているようで。
「そんなわけ、ないのにね……」
新しい恋を探そうと――ここ数日、なんだか無理してきた気がする。居酒屋でも、カフェでも、会議中でも……少し心ときめく瞬間があっても、それ以上はない。声から好きになるなんて、間違ってるのかな。
『すみません、ちょっと止めます。しばしお待ちを!』
勇者様の声で現実に戻る。気が付いたら、ゲーム画面が停止されてた。
いかんいかん、せっかくの生配信なのに、考え事なんて……。
ピロン。
レモンさんからだ。
『みのりさん、どうかしました? もう寝落ち?』
可愛らしい絵文字とともに送られてきたメッセージ。いつも実況聞きながら、うるさいくらいにコメント垂れ流してるから、心配させちゃったかな。
『妹にイヤホン、もぎ取られてましたー』
『何事w』
レモンさんのプライベート、そういえば知らないな。でもいつもコメント可愛いし、コミュニケーション能力も高そうだから、レモンさんは人間関係で悩んでたりしなさそう。
『でも今週は仕事疲れたから、寝落ちしちゃうかもです。その時は私の分まで勇者様の応援よろしくお願いします!』
『了解です! お仕事お疲れ様』
『って言いながら最後まで観ちゃうんだろうなー』
『あるあるw』
『先週逃しちゃったから、今日は頑張る!』
『たしかに。先週、みのりさんいなくて寂しかったです』
『私もレモンさんと話せなくて寂しかったです! レモンさんと一緒に勇者様を応援してる瞬間が本当に至福ですー』
『右に同じく!』
「ふふ……」
あ、声出して笑っちゃった。妹がいたら冷たい視線浴びてるところだわ、なんて思っていたら、イヤホンにイケボが戻ってきた。
『お待たせしましたー。再開します!』
ああ、本当に癒される。
「あ……」
今、なんで勇者様のイケボがこんなに癒されるか分かっちゃったかも。
きっと――裏切られないから。
安心するイケボと気の合う友人との何気ない会話。それだけで幸せだから。
『よーし、そろそろ本気出しちゃうか?』
そっか――
『行くぞ!!!』
恋なんて、しなくてもいいんだ。
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