VOICE#5+α 香山瑛士の場合
「青田さーん、ここの入力なんだけどさ」
「はい」
青田さんは椅子を回転させて、俺の方を向く。
「なんでしょうか」
「一列間違ってるっぽいんだよね」
「あ! すみませーん」
「いいのいいの。修正よろしくね」
「はーい」
笑顔を作ってから、俺は向かいの純ちゃんを見る。目が合う。
(こういう時、絶対目が合うよね。純ちゅんは)
俺が他の女子と会話していると必ず彼女の視線を感じる。
「すみませーん」
「はいはい」
「総務部なんですけどぉ」
木下が『茶飲み仲間』と呼んでいた子だ。なんだっけ、なんたら愛ちゃん。
「橋本みのりさん宛にお花が届きました。宛先が『一課』になってたんですけど、
「ああ、俺が持っていくよ」
「いいんですかー? ありがとうございまーす」
愛ちゃんは持ってた花束を押し付けるように渡して、とっとと帰って行った。
俺が花束を橋本さんのデスクの上に置くと、青田さんが隣から聞いてくる。
「誰からですか?」
青田さんの入力の手が止まっている。
早く仕事に戻って欲しいので、とりあえず剥き出しのメッセージカードを見る。
「んーと、デイヴ・ジョンソン……?」
「デイヴ・ジョンソン!?」
「え、知り合い?」
大きな声に思わず身体をのけぞらせる。
青田さんは、険しい顔でパソコンの画面を見つめている。
「すみません」
「ん?」
「驚きすぎて、データが消えました」
「ん?」
・・・
橋本さんが外回りから帰って、二課のデスクに戻ってくると、純ちゃんと青田さんが集まって行った。純ちゃんは、なぜかバラの花束の本数を数えている。
「15本もあるわ」
「先輩、いつからアメリカの営業所と付き合いがあったんですか?」
青田さんが橋本さんに詰め寄ってる。仕事して欲しい。
「「プロポーズ!?」」
(プロポーズ!?)
聞き耳を立てていたわけではないけれど、純ちゃんと青田さんの声に思わず3人を見てしまった。というか、二課だけじゃなくて、一課にまで聞こえる大声だったから、いうなればフロア中が見ている。
ブブッ。
携帯が震える。なにかメッセージが来たみたいだ。開くと、宮沢からだった。
『昼飯』
・・・
木下、宮沢、俺のいつものメンツで、会社の近くの定食屋に並ぶ。焼き魚と小鉢がありがたい店だ。
「俺、サバがいいなー」
「俺は鯵か、鰆もいいな……なあ、香山」
「ん? どした、木下」
「宮沢、なんで機嫌悪いの?」
「え!? 機嫌悪いの!?」
「だって全然しゃべらねえじゃん。おい、宮沢」
「……なに」
言われてみれば機嫌悪いのか、宮沢が木下を睨んでいる。
(でも、宮沢の木下への塩対応なんて、よく見る光景だしなあ)
「なにかあったのか? 宮沢」
俺がそう聞くと、宮沢は少し間を置いて答える。
「あの花束ってデイヴ・ジョンソンからだった?」
「おーお前もその人知ってるのか」
一体誰なんだろう。
「アメリカ営業所の人だよ。一課と連携してる」
そう答えたのは木下だった。
「広報も結構やり取りしてるけど、なに? その人がみのりちゃんに花束送ったってわけ? なんでよ」
「……知らねぇよ」
「なんでだよ。お前、アメリカいた時からの知り合いなんだろ?」
(え? 宮沢ってアメリカいたの?)
宮沢は驚いた風に少しだけ目を見開いた。
「よく知ってるな」
「お前のファンが多いんだよ。気を付けた方がいいぞ、宮沢」
「……いつも助かってる」
「分かればいいんだよ。で――」
「お待ちのお客様どうぞー」
店内から呼ばれて、定食屋に入る。案内された席に座って注文した後に、木下が続ける。
「んで、どうしたん?」
「……実はデイヴにちょっと仕事のことで相談してたんだけど、今日イノクチさんのとこでデイヴが橋本さんと少し話して――結婚申し込んだんだ」
「どういうこと?」
(俺もさっぱり分からん)
「香山、半年前に一課と二課の合同会議があったのを覚えてないか?」
「まったく」
「……そこで俺、橋本さんに注意されたんだよ」
「あーあー」
そういえばそんなことがあった。
「橋本さんがあんなはっきりモノ言う人だって初めて知ったやつだ」
「そう、それで俺、心入れ替えたの」
「へーみのりちゃんが?」
木下が楽しそうに聞いてくる。
「で、それがデイヴと何の関係があんの?」
「今回、ヘルプ入ってもらうことになった橋本さんに、嫌われてるかもしれないって相談してたんだよ」
「で?」
「で――俺と橋本さんが少しでも会話するきっかけになればって」
「悪趣味な冗談だな、おい」
「デイヴは昔からそうなんだよ……香織の時もそうだった」
「かおり?」
「いや――なんでもない」
そう言って宮沢は居心地悪そうに、耳たぶを触った。
「お待たせしましたー」
店員さんが、3人分の焼き魚定食を運んできた。
箸をつけながら、宮沢が言う。
「15本のバラの花束は謝罪の意味があるらしい」
「へー」
バラの本数で意味変わるって面倒臭いな。
「橋本さん、本気にしてないといいんだけど」
宮沢の言葉に、俺は一応忠告しておく。
「宮沢からちゃんと誤解を解いてあげなよ」
じゃないと――
「彼女がかわいそうだし、本当に嫌われちゃうぞ?」
「分かった」
俺の言葉に宮沢が素直に頷く。
「さすが彼女持ちは女心分かってるねー」
木下が魚の身を器用にほぐしながら、からかうように言う。
「『香山くんは優しい~』って愛ちゃんが言ってたよ」
「あの総務の子か」
「そうそう」
そこから木下がドラマの話をして、マンガの話に話題は移って行った。
(宮沢がちゃんと橋本さんと話せるといいな。ちょっと不器用なやつだからな)
・・・
昼休み後――
「青田さーん、さっきの入力なんだけどさ」
「はーい」
青田さんは椅子を回転させて、俺の方を向く。
「どうしましたか」
「今度は一行間違ってるみたい」
「えー!?」
「……修正よろしくね」
「はーい」
席に戻ると、純ちゃんからメッセージが来てた。
『優しいのね』
PCモニターの間から、純ちゃんと目が合う。
俺は笑顔を作った。みんな誤解しているんだよな。
(俺のは、優しさじゃない。面倒臭がりなんだよな)
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