VOICE#12 イケボだからって何を言ってもいいんですか?
「青田さん! おはようございます!」
「おはようございますー」
もうすっかり暖かくなってきたオフィスに新人成瀬くんの声が響く。
黒いリュックの肩ベルトを両手で掴んでいる成瀬くんの若さ輝くハツラツとした挨拶に、恭子ちゃんは笑顔で答えてる。
「今日もオシャレですね!」
「えー? ありがとうございますー」
「女性のオフィスカジュアルって難しいですよね」
「そうですねー」
「僕なんかスーツいつも同じで……」
「とても素敵だと思いますよー」
どうにかして会話を伸ばそうとしている成瀬くんとニコニコしながら受け流している恭子ちゃん。朝からとても楽しそうな光景だけど。
私、一応ここにいますけども! お世話係ですけども!
「みのり先輩、センスありますよねー」
ふたりを微笑ましく見ていたら、恭子ちゃんが私に話を振ってくれた。成瀬くんが目をパチクリさせてから、恭子ちゃんの言葉に同調する。
「本当ですね! 青田さん、さすがです」
その言葉にこけそうになりながら、ありがとうの言葉を引っ込めた。
「橋本さん、おはようございます!」
「おはようございます」
恭子ちゃんとたっぷり会話を楽しんで満足したのか、成瀬くんは黒いリュックをデスクの下に置いて始業の準備を始めた。
私、新人教育に向いてないと思います、課長……。
遠くで未だに花粉症と格闘しながら、なにやら内線で話してる犬尾課長にテレパシーを送るけど、届いている気配はない。恭子ちゃんの教育係だった香山くんにちょっと話を聞いた方がいいのかしら。
「橋本さん」
「はい?」
「会議行きましょう!」
用意ができたらしい成瀬くんが、共有カレンダーを開きながら笑顔を見せる。
「そうですね」
まあ、仕事する気いっぱいならいいか。
・・・
一課と合同で進めているイノクチ製作所の案件会議は定例化している。
週に一度、宮沢くんがいるアメリカ営業所とテレビ会議をしているんだけれど、今日は会議室に入ってからなにやら空気が重苦しかった。
「お疲れ様ですー」
一課の
「決まったことだ。田嶋」
猿渡課長は短く言って、立ち上がる。対して田嶋と呼ばれた人は低い声で言った。
「……未だに納得はいってませんよ」
おお、思ったより声にドスがきいている。がっちりした身体から発せられるその声に一瞬ドキッとしてしまう。迫力のある声――イケボだわ。
「俺を外したのは間違いですよ」
「なら、後悔させてくれたまえよ」
それだけ言って、猿渡課長は会議室の入り口に立っていた私たちに笑顔を見せてくれた。
「やあやあ! 橋本くん、すまないね。あと、成瀬くんも。紹介させてくれ」
「は、はい……」
未だに空気が悪い会議室に入って行く。
「二課の橋本くん、イノクチ案件でプレゼンを担当した。それと、彼女の
「よろしくお願いします」
「……」
挨拶するが、華麗にスルーされる。猿渡課長は咳払いをする。
「こほん、こっちは田嶋
アメリカ担当の一課の人……と聞いて、こないだの宮沢くんの言葉を思い出す。
『そうだ。来週戻るけど、その前に一課の人間が日本戻るんで挨拶に行くと思う。よろしくお願いします』
「あ、宮沢くんの言ってた――」
思わず口に出ていた『宮沢くん』という言葉に田嶋さんは反応して立ち上がる。
「宮沢がなんか言ってた?」
「いえ、近く一課の人が日本に戻られるって……」
「あいつ……俺を弾き飛ばしたからって調子に乗ってやがるな」
田嶋さんはイラ立ちながら、こちらに近づいてきて手を差し出してきた。
え? 握手? 思わず手を出すと――
ぐいっ。
手を引っ張られて、田嶋さんの方に倒れかかる。力任せに引き寄せられて、耳元で田嶋さんが低い声で囁いた。
「あんたも、覚悟してろよ」
「え?」
「宮沢のアメリカ行きのアシストなんて、余計なことしてくれやがって」
「は?」
「俺が返り咲くための――女神になってもらうぜ」
はあ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます