VOICE#15 イケボと1200円のランチでどうでしょう?

『明日、ランチどうかな?』


 宮沢くんのメッセージに対して、私は『ぜひ』と送り返した。


 会社近くのバリ料理屋。種類豊富なサラダバーが人気で、カーテンで仕切られた半個室があり、バリ風の彫刻や調度品がオシャレに配置されている脇に噴水が南国を思わせる雰囲気をつくりあげている。

 界隈のOLが1200円ランチに押しかけ、いつも混んでいるレストラン。


 混んでいるけれど、都会のリゾート空間で静かに楽しめる――はずなのに。


「えっと……橋本さんは、なににするの?」


 私の目の前には宮沢くん。メニューから覗く、遠慮がちな笑顔が可愛い。


「橋本、おすすめ教えてくれよ」


 宮沢くんとの会話を遮る、私の隣の田嶋さん。近い。


「いいなあ、日本のOLはオシャレで~」


 田嶋さんの隣に座っている香織さんが、興味深そうに辺りを見回している。


「ここはサラダが美味しいんですよー。ね、樹さん?」


 香織さんの隣の恭子ちゃんが、香織さんに説明している――と思いきや、向かいの木下くんに話しかけている。未だに玉の輿ロックオンは続いているらしい。


「そうだねーたまにはサラダもいいよねー」


 木下くんがエアリーに答える隣で、お誕生日席の成瀬くんが、木下くんと恭子ちゃんに割って入るようにメニューを開いている。


「青田さんはサラダ好きなんですか!? いやあ、気が合うなー」


 成瀬くん。あなた、こないだ肉さえあれば生きていけるって言ってたじゃない。意味不明なイエスマンを横目に、香山くんが目の前の香織さんに向かって話している。


「香織さんはサラダとか好きなの?」


 口元が緩みっぱなしな香山くんに、純ちゃんが肘でぐりぐりしている。


「私はー何にしよっかなー」


 木下くんと宮沢くんの間に座る、純ちゃんと香山くんカップルが笑顔のまま微妙な空気の探り合いをしている。


「……」

「……」


 香山くんが、昨日から香織さんにデレデレしっぱなしだなあ。


 ――じゃなくて!


 なんで、一課と二課が揃ってるのよ! 木下くんに至っては広報じゃない!


「……私、ガパオにします」


 心の中で毒づきながら、辛うじてそれだけ絞り出した。


 ・・・


「香織ちゃんってさー」

 広報木下くんがいつものノリで話し始めた。

「アウトドア派って感じだよねー」

「あはは、カリフォルニアに住んでて太陽嫌いな人間はいないよ」

 香織さんはすごく自然と会話をしている。コミュニケーション能力が高いなあ。

「ビーチで本を読むのも好きだし、バーベキューも好きだよ」

「そういえば、宮沢と大学一緒だったんだよね?」

「そうそう」

「宮沢って大学時代どんなんだったの?」


 香織さんが「んー」と自分の顎をさする。


「慶はJAPANESE日本人!って感じだったよね。静かで、あんまり喋らなくて」

「へー」

「本の趣味が合うってデイヴが教えてくれなかったら、きっと仲良くならなかったよね?」

 宮沢くんが、香織さんの言葉に昔を懐かしむように静かに同意した。

「……そうだな」


「あーデイヴ・ジョンソンね! あの変なおっさん」

「変な?」

「そうなんだよ、香織ちゃん。デイヴってばさ、みのりちゃんに――」


 初対面のデイヴに求婚されるという、悪趣味な冗談のことを言うつもりなのだろう。木下くんが楽しそうに香織さんに言う。


「木下」

 宮沢くんの咎めるような声。


「あ、そう? ところで香織ちゃんはさ、どんな本が好きなの?」

 場の空気が一瞬止まったけれど、木下くんは気にした様子もなく、軽く笑ってから話題を変えた。

「結構なんでも読むよ。魔法とかのファンタジーとか、恋愛ものとか――」

 香織さんも宮沢くんをチラッと見た後、木下くんの質問に普通に答えている。それに香山くんが食いついているものだから、純ちゃんがますます不貞腐れている。


 そんな彼らをよそに、私はなんだかモヤモヤしていた。


 ――仕事上、不謹慎だから止めたのかな?


 宮沢くんは仕事に真面目だから、きっとそうなのかもしれない。デイヴの話は上司としては尊敬できないものだし……。でも、香織さん聞かせたくなかったっていう方が正しいような気がする。


『あの二人、大学ん時、付き合ってたんだって』


 昨日の給湯室での田嶋さんの言葉がよみがえる。


 アメリカ行きを熱望していたのは、香織さんがいたから?

 数年ぶりに再会した二人の関係は今、どうなっているのかしら。


 あの時、居酒屋で宮沢くんが言っていた。『好きな人はいますよ』の言葉。

 好きな人って、やっぱり――香織さんだよね。



 心が嫌というほどにざわついている。


「橋本」

「は、はい?」


 暗い思考の渦から、ぱっと引き戻される。田嶋さんの声だ。


「大丈夫か?」

「大丈夫ですよ。すみません、ちょっと考え事してて」

「お前、よく旅立ってるよな」

「え、そうですか?」


 仕事中も割と注意散漫なことがバレてる!?

 でも、田嶋さんは注意するでもなく、ふっと優しい笑顔を見せた。


「面白い奴だな」


 その甘い言い方で思い出す。


 そう言えば、私、この人に告白みたいなことをされたんだよね。出会ってからずっと、田嶋さんの言動に圧倒されていて、この人のことが良く分からない。……ここ数日一緒に仕事をしていて、最初の印象よりは、だいぶ仕事ができる人だというのは感じているけれど。


 ――本心なのかな。


「なあに、顔赤くしてんだよ」


 つい意識しちゃって、顔が熱い。両手で頬を触る。落ち着け、私。


「――可愛いな」


 小さく、私にしか聞こえないような声で田嶋さんが呟いて、頭をポンとされる。こんな風にストレートに好意を向けられるのって久しぶり過ぎて、心臓が痛い。


 どんな顔をすればいいのか分からないまま、私はいろいろと誤魔化すように、急いでガパオを口に運んだ。


 この時、私は田嶋さんを意識し過ぎて、目の前の宮沢くんのことも見えてなくて。

 さらに斜め前の純ちゃんの様子がおかしいことにも気づけなかった。

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