第14話 Strong Berry

 愛奈甘は欠席していた。それがわかったのは昼休み。


 愛奈甘のクラスメイトが教えてくれたのだ。「てっきり先輩は知ってると思ってたんですけど……」と言われながら。


 おそらく仮病。


 避けるのも無理はない。気まずくなって距離を取るのもわかる。それでも、面と向かって話したいことがあって、謝りたい事がある。


 「ありがとう、教えてくれて」と礼を言って立ち去り、その足で自販機に向かう。


 明日まで間に合うのかこれ。


 今日の帰り、紗藤家に押し掛ける事も念頭に置いといた方がいい。


 それが出来なかったら…………。


 悩みながらも自販機の列に並ぶ。出遅れただけあって、しばらく時間がかかりそうだ。


 直が愛奈甘に告ると言った理由も気になるが、それを僕の前で宣言した理由も気になるが、その愛奈甘が学校に来ないんじゃどうにもならない。


 それに、告白の理由を聞くなんて野暮だ。


「…………………………………」


 やっぱり気分じゃ無い。今日は微糖のコーヒーにしよう。


 100円玉を自販機に食わせ、何十個もある光る目をつつき、吐き出した缶を拾う。


 愛奈甘に会ったら、ちゃんと話す。でも、愛奈甘が会いたく無いと言うなら。


 こういう時、無理に引っ張り出すとか、無理に話し合うとかは悪手だ。時間に任せた方がいい場合もある。


 でもあまり時間は作れない。僕ももうすぐ卒業で、この学校には来ないし、あの家にもたまにしか帰って来れない。


 4月から大学が始まる。だから来月には引っ越すし、今のように頻繁には会えなくなる。


 だから、やはり今日のうちにでも、愛奈甘と話して、謝って、それから………。


「……………………ん」


 頭の中がごちゃごちゃになっていたせいで、後ろから抱きつかれるまで、真後ろに近づかれていることに気づかなかった。


 愛奈甘だと思った。長年の経験で。


 でも違う。欠席と聞いたし、抱きつく腕の位置がいつもより低い。


 そして挟まるはずの膨らみが無い。


「何してるんですか苺野さん」

「あいさつ」

「……………………………」


 ハグが挨拶の国も珍しくない。この子の出身国は知らないけど、まぁ、そういう事にしておこう。


 バックハグなどという、また誤解を招く行動をしてきたのは苺野さん。廊下のような平坦な場所では、身長差にプラスマイナスが付かず、


「何か僕に御用でしょうか?」


 僕の背中というか腰に、顔を埋めるようにハグをされてる事になる。


 中学の愛奈甘より低いのではなかろうか。


「謝り忘れたことがあったから、言いにきた」

「何がですか?」

「一昨日、私の初めてを許嫁に渡s」

「全部言わなくていいですから」

「…………そう?」


 とりあえず離してもらえませんか?話しにくいです。


「あの時はごめんなさい」


 あのお弁当の件か。なんだか少し懐かしくも感じる。


「いや、あれは愛奈甘に乗せられてやっちゃったわけだし、そこまで謝る必要ないと………」

「私が謝りたいの」


 ハグを解除し横並びになって、苺野さんは言った。


「不快な思いをさせた謝罪。迷惑をかけた謝罪。忘れて欲しい謝罪。あの件はこれで終わりにしたい謝罪」

「………………………」


 僕も、謝罪しないといけない相手がいる。


「許嫁、私と会ってからちょっと変わった。それが私のせいなら謝る。ごめんなさい」

「いや、苺野さんのせいじゃないから………」


 たしかに火種は苺野さんかもしれない。でも燃え上がったのは愛奈甘であり、燃え上がらせたのは僕でもある。


 一概に、彼女だけが悪いとは言えない。


 しかし彼女は、無表情ながら少し不機嫌になり、嫌味を言うように言った。


「…………………許嫁は少し優しすぎる」

「…………………………」


 褒められているのか咎められているのか。少し優しすぎるって矛盾してないか?


「ジャパニーズ作法はよく知らないけど、謝罪は素直に受け取るべき」

「………………………はい」


 たしかに。


 お叱りを受けてしまった。謝られながら。


 でもあの件に関しては、彼女に非は無いと感じたのは事実で、謝るべきなのはこちら側だと思ったのは本当。


 要は受け取り方の問題か。


 あの件に苺野さんに非は無く、愛奈甘が挑発した結果だと僕は思った。


 愛奈甘は気に入らない女の子にちょっかいをかけただけ。


 苺野さんは自分にも非があると考え、謝罪するべきだと思い、こうして謝っている。


 たしかに。今は彼女の謝罪を受け取るべきだ。


「僕は気にしてませんから、大丈夫です。こちらこそごめんなさい」

「うん。それがいい」


 相変わらず無表情だが、声色は上機嫌だから、いい受け答えだったのだろう。


「これ、仲直りの印」


 渡されたのは、ちょっと嫌な思い出。


「この漢字の意味は知らないけど、こっちは知ってる」

「…………………………」

「仲直りの印。はい」

「…………………どうも」


 愛奈甘にキスと一緒に食わされた、あのチョコを渡された。


 義理と本命のチョコレート。


 あの時、口に入れられたのが義理なのか本命なのか未だにわからないが、今後一生わからないが、そのチョコレートを渡されている。


 苺野さんは僕の制服の袖を引っ張り、僕の目線を自分に向けてから、目を見て言った。


「許嫁。私はあなたが好きです。本当の本当に、本気の本気です」

「………………………そう、ですか」


 おそらく本命のチョコに対して言ってるのだろう。義理の意味はわからないから、もしかして似た意味だと捉えたのだろうか。


 本来真逆の意味を持つ言葉を、同時に渡されたから混乱するが、少なくとも本気みたいだ。


「でももし、まだ抵抗があるなら………」


 彼女はスカートのポケットから、もう一つチョコを差し出す。


「Friend《フレンド》」


 先ほどもらったチョコと同じ、購買部から出品されてる同ジャンルのチョコレート。


「友達から始めてみても、………いいと思う」


 おそらく新発売。友チョコと書かれた、イチゴ味のチョコレートを渡された。


「謝罪はする。反省もした。けど諦めるつもりはない」

「…………………………はぁ……」


 あれ?


「あの子に渡すつもりも、逃すつもりもない。私に恋させた責任を取り、友達から始めなさい」

「………………………ん?」


 えっ?ひょっとしてだけど、今告白を受けてるの僕?

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