第23話 造花の棘

 ホームルームが終わった途端、数名の女子生徒に囲まれ、チョコを渡された担任。


 一昨年入った新任教師で、若いしそこそこイケメンで、それに加えて独身とはいえ、付き合ってる彼女がいるらしいが、大丈夫だろうか。困った顔しながらも、担任はチョコを受け取る。本命っぽいチョコもちらほら。


 付き合ってる彼女にバレて、浮気にカウントされたら大変だろうけど、担任の心配をしている心の余裕など無い。今は自分の事だ。


 屋上に行かなきゃ行けない。苺野さんとの一方的な約束だ。けど、行かないなんて選択肢は無い。


 何を言われるか、大体予想は付いている。僕は最近流行りの鈍感系主人公じゃない。


 何度目かの腹を括って、席を立とうとした時に、


「悪りぃ。放課後予定あんだわ」


 聞き覚えのある声が聞こえた。


 直だ。


「え?どうしたん直。今日ノリ悪くね?」

「バッカお前、今日バレンタインデーだぞ」

「彼女と帰るだろ普通」

「俺もおんなじ理由でパス」


 そのやり取りを、横目で見ていた。


 スクールカースト、もしくはヒエラルキーと呼ばれるピラミッド型の段階組織構造をご存知だろうか。


 ざっくりと説明すれば、ぼっちや陰キャなどが下層、リア充や陽キャなどが上層、それ以外が中層の、ピラミッドに見立てた図。


 彼らはそのトップに君臨するリア充グループだ。相変わらず声がでかい。


 そんな陽キャグループの一員である直が、僕みたいな人間と仲良くしてるなんて、運命とは心底不思議だと思う。


「…………………………………………」


 ガンを飛ばしてるわけじゃないけど、僕は直を見る。


 彼らは勘違いしているが、直がこれから話すのは、彼女ではなく愛奈甘だ。


 あの時言った『告る』が、恋心の告白ではなく他の告白とか、彼なりのブラックジョークだとしたら……。


 だとしても……。


『愛奈甘ちゃんはお前のものじゃないだろ?』


 止めるなら、今なんだろう。


 でも、止める理由が無い。


「いーなー。俺も彼女欲しいわ」

「お前無理だよ。ドブボだし」

「あ?関係ねぇだろ」

「じゃぁな直!」

「おう!また月曜な」


 鞄を肩に背負って、笑顔で教室を出る直。


 一瞬、僕の方を見た。


 そんな気がした。


「……………………………………」


 彼を止める理由はない。


 根拠も、道理も。


 強いて言えば、「彼女がいるのに、他の子に告白するのはどうかと思う」という、道徳的な意見はあるけれど、それが建前であることを見抜かれるのがオチ。それが彼を止める理由には、なり得ない。


 親友と呼べる仲だと、僕は思っているから、彼の恋が成就するなら、それを応援したい気持ちはある。


 ただ、何故よりによって、愛奈甘なんだろう。


 直と愛奈甘。仲が悪い訳じゃないけど、特別いいとも思えない。ましてや、恋愛感情があるなんて、思っても見なかった。


 だから、未だに動揺しているのだけど。


「……………………………………」


 悩んでも仕方ない事。わかってる事だけど、それは理解できるけど、納得できない。


 しかし、直を引き止める事も、背中を押してやる事も出来ない。


 だから、親友とは言えないのかもしれない。


「……………………………行くか………」


 冬の澄んだ空とは真反対の、白い靄が掛かったような心情と、ぐっちゃぐちゃになった頭を無理矢理動かして、僕は独り言を呟き、教室を出た。




「許嫁、遅い」

「急いだつもりだけどな」

「なら許す」

「………………………」


 いつも通り上から目線な後輩だ。


 苺野さんは、落下防止用の金網に背を預け、校門からワラワラと溢れていく生徒を見ていた。


「一つ聞いていい?」

「勝負下着は赤と、相場が決まっている」

「…………………………………」


 伝染した。会話のキャッチボールが変化球になる愛奈甘病が伝染した。


「………………どうして屋上?」

「こっちの方が空気出るから」

「…………………悪い。僕の聞き方が分かりにくかったよね。何で屋上の鍵持ってんの?」

「屋上で絵描きたいって言ったら貰えた」

「絵?」

「そう。私、美術部だから」

「それは知ってる」


 苺野ソフィア。


 彼女には、もう一つの顔がある。


 それが画家、『ソフィア・デュ・ノアイユ』としての顔。


 幼い頃から画家としての才能を発揮し、ひどく恵まれた環境で絵を描いていたらしい。国際美術館にも飾られるほどの名画を何作も作り上げ、現地では知らない人はいない、日本でも多くのファンを持つ。それが彼女のもう一つの顔。


「部活のレベルじゃないのも知ってる」


 彼女の急な転校により、美術教師が辞任したり鬱になったり、逆に弟子として教えをこう先生もいた。


 去年の文化祭では、彼女の個展も開かれ、それ目的に足を運ぶ人もいた。海外の人も少なくなかった。


 それゆえ、クラスどころか学校でかなり浮いている。ハーフという見た目だけじゃなく、その内なる才能や肩書きに、全生徒が無意識のうちに壁を作ったであろう。僕もそのうちの1人だ。


「絵描かないの?」

「今は描きたくない」


 彼女の手には、筆もキャンバスも握られてはいなかった。というか後ろで手を組んでいたから、見えなかった。


 絵を描く為という嘘は、聞く前からバレバレだったけど、僕は聞いた。


 少しでも、引き伸ばす為に。


 しかしそんな甘い目論みは実現する事はなく、


「それより、返事が聞きたい」


 彼女の一言で、バッサリ切り捨てられた。


 苺野さんが言った「返事」とは、昨日の仲直り兼告白のような、あの話。


 あの後、苺野さんは顔を真っ赤にして、逃げるように自分の教室に帰って、僕も頭が混乱してしまい、何も言えなかった。


 有耶無耶うやむやになっていたが、無かったつもりにする気は無いらしい。


「…………………………………」


 沈黙する僕に、苺野さんは、


「………許嫁、私はあなたが好きです。……本当の本当に、本気の本気です」


 昨日の言葉を繰り返す。


 同じ言葉なのに、既視感が無い。


 それは僕の心構えの問題だろうか。悩んで頭を抱える状態と、今のように腹を括った状態では、受け取り方が違うのだろうか。


「何で僕なのかな………?」

「……………わからない。でも、許嫁しかいないと思ったから」


 もし告白された状況が違ったとしても、答えは変わらない。


「あなたの事を思うと、胸が苦しくなって……張り裂けそうになって………だから」

「………ありがとう」


 僕は俯く。


 目線を下げ、彼女から目を逸らす。


「でも、ごめんなさい」


 人生で初めての好意を、断った。


 頭を下げた僕では、彼女がどんな表情をしているかわからない。いつもの無表情かも知れない。もしかしたら泣いているかも知れない。


 それでも、僕は頭を下げ続ける。


「正直、嬉しい。………けど、ごめん。苺野さんの告白は、受け取れない」


 僕は頭にあったセリフを、そのまま読む。


 沈黙が流れた。どこかの部活の掛け声が聞こえるくらいには、二人とも喋らなかった。


「…………知ってた」


 口を開いたのは苺野さんだった。


 僕は頭を下げ続ける。


「だから、友達から……」

「だから、ごめん」


 それを断る為に。


「苺野さんと、そういった関係にはなれない。だから………ごめん」


 頭を下げる。


「……………どうして?」


 彼女の声に、僕は結構動揺した。


 何故なら、少し泣きそうな涙声だったから。


「もし、それで受け取ってしまったら……恋人前提の友達って事でしょ?なら、受け取れない」


 変わらず、読み続ける。


 謝る為にも、顔を隠す為にも、頭を下げる。


 心臓の鼓動が早くなって、今にも逃げ出したくなる気持ちを必死に堪えて、唇を噛む。


 胸が痛いのは、逃げ出したいのは、苺野さんの方だから。


「…………私も、一つ聞いていい?」


 その言葉で、僕は顔を上げてしまった。


 彼女が敬語を使ったから。


「………………振った理由って、私が許嫁って『嘘』をついたからですか?」


 目の前には、いつもの無表情ではなく、柔らかい笑みを浮かべて、涙を流す彼女がいた。

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