第22話 バニラ

 授業中、僕の頭の中はユネスコに登録された世界遺産より、あの2人に話す内容と、謎の手紙の差出人は誰かという疑問で埋め尽くされていた。


 当然いくら悩んだとしても答えは出ないが、今はそれ以外出来ることがない。仕方なく読み返し、内容をインプットし直す。


 手紙の中身は、時間と場所が書かれていた。


 愛奈甘は「使われていないB棟の教室」、苺野さんは「屋上」だそうだ。


 しかし、どちらとも「放課後」という時間指定があった。


 どちらか片方だけと話すという選択は僕に無く、愛奈甘には少し待ってもらうよう頼んだ。理由としては苺野さんのLINEが無いから。


『少し時間をくれ。用事ができた』


『ちゃんと行くから』


 簡潔なメッセージを飛ばすと、すぐに既読がついた。


 自分でも読み返して、高圧的になっていることに気づく。


『すまん』と打って送ると、差し違えるように『わかった』と返信が来た。


「…………………………………」


 この『わかった』は、遅れることを承知した『わかった』なのか、あるいは苺野さんと話す事を見透かした『わかった』なのか。おそらく前者だろう。愛奈甘なら後者もあり得る話だが。


 それとも、謎の手紙の持ち主が『わかった』とか。まぁ、それはあり得ないか。


 そして1番の問題。


 手元にある3通の手紙。うち一つは宛名不明で差出人も不明。


 封筒のシールを剥がしてメッセージカードを開いても、何も書いてなかった。何かを書いて消した跡もなかった。


 愛奈甘の悪戯とは考えにくく、かと言って他に心当たりがある人は一人もいない。


 気になるが、気にしてもしょうがないし、気にしてわかる事ではないので、気にし無い。消化不良でも、飲み込まざるを得無い。


「…………………………………」


 そうなるとやることが無くなる訳だが、かと言って授業に集中出来るわけがない。居眠りをしようにも、冴えた頭は勝手に色々と考えてしまい、寝るに寝れない。


 手持ち無沙汰になった僕は、先生の目を盗んで無線イヤホンを取り出し、耳を覆い隠すように頬杖をついて音楽を聴いていた。


 それが数時間続いた。


 1限も2限も、移動教室だった3限も。体育だった4限は流石にイヤホンはつけなかったけど、上の空だったのは変わりなかった。


「……………………………………」


 昼休みになっても、今日も愛奈甘は来なかった。


 最近その愛奈甘の件で、クラスでも変な噂が回っているのを知ってる。「両親が離婚した」とか「愛奈甘ちゃんに彼氏ができた」とか、根も葉もない噂が、有りもしない嘘だらけの噂が、興味ない僕の耳まで届いている。


 噂は所詮、噂。どうでもいい。


 と、思えない自分がいる。


「一緒に食べていいかな?」

「え?」


 久しぶりのボッチ飯を堪能するかと思ったが、それを可哀想と思ったのか、声をかけてくれた生徒がいた。


 菊屋だ。


「…………あぁ、うん。いいよ」

「…………どっちのいいよですか?」

「…………一緒に食べてくださいのいいです」


 目の前の椅子を反転させて座る菊屋。そこはいつも愛奈甘が座っている席だけど、僕は何も言わなかった。


 いつも直が座る席は、今日に限って空席だ。彼女さんと一緒に食べるらしい。4限後に「悪りぃ。今日パス」と言われた。


 苺野さんはあの件以来、このクラスに入る事はなかった。正気を失っていたとは言え、上級生のクラスでスカート捲って行為を迫っていた事は、まあまあなトラウマになるだろう。


 よって僕は1人で昼食を食べるはずだが、期せずして、話し相手ができてしまった。


「クッキー食べてくれた?」

「いや。帰ってから食べようかと……、ごめん」

「別に謝る事じゃないって」


 菊屋は「いただきまーす」と言って弁当に箸を刺す。一口目がブロッコリーとは、愛奈甘程では無いけど変わり者だ。


「後で感想聞かせてよ。アレ自信作だから」

「わかった」


 僕も弁当箱を開ける。姉貴の気合い入った手作りミートボールを一口。


「それにしても、流石はバレンタインデーって感じだよねー」

「ん?あぁ、そうだな」


 一瞬何のことか分からなかったが、菊屋が教室を見回していた事で、何を言っているかわかった。


 バレンタインデー特有の甘々な空気に言ってるんだろう。いつもならいない別クラスの生徒が、我がクラスの彼氏または彼女と一緒になって、これ見よがしにラブラブチュッチュッしている。


 姉貴はこれを見越して、弁当をいつもより少ししょっぱい味付けをしていたなら、姉貴には何手先でも読む、将棋棋士の才能がある。


「そう思うと、私たちもそう見えるのかな?」

「無理でしょ。菊屋に吊り合えるほど、僕いい男じゃねぇから」

「そう?嬉しい事言ってくれるじゃないか〜。栗花落くんも言うほど悪くないよー」

「お世辞どーも」


 ひじき煮を食べる。うん。しょっぱい。


「お世辞じゃないよ、本当だって〜。案外私たち、相性いいかもじゃん?」

「一流のキャッチャーはどんな球投げても取ってくれるよ」

「私を褒めても何も出てこ無いよ?でもそこまで言うなら卵焼きあげようか?」

「いらない」


 自分がそんなにいい男ではないって事は、自覚してる。モテない要素が無くたって、モテる要素も無いのだから無理も無い。


 その点菊屋は誰にでも分け隔てなく接して、いつも笑顔で。そこそこモテると思うが、彼氏が居ないのは心底不思議だ。


 でも、わざわざバレンタインデーにモテないトークをしても虚しくなるだけ。黙って唐揚げを口に入れる。


「まぁ、あそこまでしたくは無いけど、恋人って憧れるよねー」

「そう?」


 菊屋は教室の端で、食べさせ合いっこしてるバカップルを見ながら言う。


 姉達や愛奈甘を見て、女性がいかに面倒臭いか知ってる僕は、あまりそう思わない。


「白馬の王子様なんて待ってないけどさ、一度は恋したいもんじゃ無い?普通の人でいいから」

「普通の基準が……」


 独身女性の普通基準が全然普通じゃないというのは、おそらく周知の事実だろう。婚活サイトとかマッチングアプリとか居続ける、平々凡々とした女性は、金蔓になっている事を自覚するべきだ。


 目の前の女性がそうならないよう、僕は、


「理想と現実の区別は出来ないとだぞ」

「すごい偏見されてる気がするけど、私そんな理想高くないよ?人生何事も程々がいいって思ってるし」


 そう言って菊屋は「平々凡々万々歳」と、紙パックのバナナオレにストローを刺す。


「私は程々じゃなくて………中途半端なんだろうけど…………」


 カップルの方を見てそう言う菊屋。


 何て返せばいいのかわからず、そもそも返した方がいいのかすら、わからなかった。


 ただ、何となく。


 彼女には好きな人がいるんだろうなと、ストローを吸う横顔を見て、そう思った。

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