第21話 香りだし

 生徒玄関。


 挙動不審になる男子高校生を横目で見ながら、下駄箱を開けると、中には手紙が入っていた。


『ゆーにぃへ』


 俗にメッセージカード用と呼ばれるミニ封筒には、それ以外何も書いてなかったが、誰が書いたかなど、考えなくてもわかる。世界中探しても、僕のことを「ゆーにぃ」などと呼ぶのは1人しか存在しない。それと、見覚えのある字が証拠。


 愛奈甘だ。


 探偵に金を払ってまで解けない謎では無く、筆跡鑑定に出すほど重大な事件では無い。


 僕が不審に思ったのは、ミニ封筒が三つもあるという事。


 一つは愛奈甘のもの。もう一つは苺野さんのものだった。


 筆ペンで書いたのか、非常に達筆な「許嫁殿へ」と書かれている。


 100歩譲ってそれはよしとして、問題はもう一枚の手紙。


 何一つ書いてない手紙。僕の名前も、差出人の名前も、裏表ともに白紙。


「………………………………………」


 もしかしたらイタズラかも知れない。


 こんな小学生がやりそうな頭の悪い嫌がらせをするような人間が、この学校にいるとは思いたく無いけど、やるならもっとリアクションのいい奴にやった方がいいぞと、僕のリアクションを探っているであろう主犯格にアドバイスしたい。


 しかし、そうでもないらしい。僕に意味ありげな目線を送っている生徒は1人もいない。


 女の子にモテる要素が僕には無いし、間違えて入れてしまった可能性もある。それこそ真隣の直とか。


「………………俺、彼女いるんだが」

「あんまりそういうのは言わない方がいいぞ直。モテない奴からしたら喧嘩売ってるとしか思えん」


 雪崩のようにメッセージカードやチョコレートが落ちた下駄箱の主人は、残念そうにそれらを拾って鞄に詰める。


 この場で内容を見るのも良く無いだろうと、僕も手紙を鞄に入れる。


「毎年毎年、すげぇ数だな」

「有難いようなそうでも無いようなって感じだけどね」


 一緒になってラブレターやら本命チョコレートを拾う。中には購買部で売ってたチョコもあった。


「一枚につき一行だったら楽なんだけどな」

「それも喧嘩売ってるとしか……………ってか読むんだな」

「ったりめーよ。そんぐらいしか出来ないからな」


 ラブレターの束を見つめて、直は言う。


「悪意だったら無碍むげに出来るけど、善意だし好意だしさ。例え断る前提としても、読んだ方が救いになるだろ?」

「いいこと言うなお前も」

「『も』ってなんだよ」


 ケタケタ笑いながら、それらを拾う。


 地面に這いつくばって、溢れた好意を鞄に詰めている際、直がチョコと手紙がを分けて、違うスペースに入れていたのを気になって、


「食うんコレ?」


 と聞いた。


「そこが難しい所だよな。食ったら浮気になるかも知れんし、かと言って捨てるわけにはいかねーし」


 とりあえず鞄に入れる直。


「誰かに食ってもらうのがいいんだけど………、愛奈甘ちゃんじゃ無いけど、チョコにやべーもん入ってたら、責任取れねーし」


 僕の手が、一瞬止まる。


「………………なぁ。アレはお前なりの冗談か?」

「アレって?」

「………………愛奈甘に告白するって話」

「どっちだと思う?」


 直も手が止まる。


 そして瞳を覗く。


 直と直の彼女さんの仲はよく知らないけど、少なくとも直の性格は知っている。浮気するような人間だとは思えない。


 けど恋愛観というか、恋人との接し方は、普段の性格とは、また別の話になってくる。


 一夫多妻制のハーレム石油王や、嫁がコロコロ変わるオタクくんのような人間では無いと思うが、それはあくまで、僕の理想的な観測だ。


 本心がどうかは、直以外わからない。


「わかんないから聞いてんだ」

「悪いが、答える気はないぜ?愛奈甘ちゃんはお前のものじゃないだろ?」


 その言葉が、胸を抉った。


 反論しようにも、反論する根拠も、声も出ない。


「取られないようにするための、彼氏彼女じゃねぇの?」

「…………………………………」

「仮に俺が答えを言ったとして、そのYESかNOで佑暉の行動が変わるんなら、俺は絶対に言わねぇよ」


 拾い終えたから、次は下駄箱に取り掛かる。


「それはお前の意思じゃない」

「…………………優しいんだな」


 精一杯、一矢報いるつもりで放った嫌味は、


「まぁな。女の子にモテる程には優しいぜ俺」


 嫌味で返された。


 友人の新たな顔を知った気がする。


「何だったら食ってくんねんこのチョコ」

「嫌だよ。クラスの男どもに配れ」

「つってもクラスにいるかも知んねーだろチョコ渡してくれた女子が。キャバ嬢に高いバックプレゼントして、翌日メル○リで売られてるような感じだぞ?女怖えかんな?」

「その例えはわからんけど、女の怖さは知ってる」


 生まれた頃からな。


 やっと靴を履けた友人。つま先をトントンしながら、チョコと手紙の入った鞄を背負い直す。


「2人とも朝から仲良いね〜」


 ヌッと登場したのは、そのもしかしたらのクラスメイト。


「独特な訛りの挨拶ですね」

「私の地元これだから」

「おっす菊屋」

「おっすおっす」


 菊屋もとい、言葉に責任が無い人登場。普通の挨拶してんじゃねぇか。


「今年も大量ですね旦那」

「菊屋も食ってくんね?」

「やだよ。直幸ファンクラブに刺されちゃう」

「そんなんあんの?」

「あるある。火星の裏側に」


 テキトー言い過ぎだろこの人。


「それにしても本当すごい量だよね。何でそんなモテんの?」

「モテる為の努力と、彼女のムッとした顔が見たい欲望に従った結果」

「うっわ〜悪い人だ〜。栗花落くん悪人だよこの人。警察に突き出したほうがいいと思うよ」

「罪状なんだよ」

「モテ過ぎで賞。終身刑」


 罪状じゃねぇし。罰が重い。


 菊屋のお陰で、少し殺伐とした空気が和んだ。テキトー人に感謝する日が来るとは。


「あっ、そうそう。2人には先渡しとくね」


 そう言って菊屋が取り出したのは、小さな袋に入っているクッキーだった。


 ハート型、星型、花びら型、ひよこ型、くまの顔型、よくわからない型。


 一つの袋に数種類のチョコクッキーが一枚ずつ、ランダムで入っているようだ。僕の袋には、ハートと星と、ひよことよくわからない型の4枚が入っているのに対し、直は星と花びらと、ひよことくまだった。


「お返しは気にしなくていいからね?その頃には私ら卒業してるし」

「確かに。でもサンキューな菊屋」

「ありがとう。大事に食うよ」

「え、腐らせないでね?」

「………………………………………」


 テキトーだし天然だし。


 良くも悪くも、空気を読まないのが彼女の魅力なのだろう。この気さくな性格ゆえ、友達と見られがちだが、恋愛対象とは見られない彼女だが、容姿も性格も、悪くない筈だ。少なくとも僕から見たら。


「味わって食べるって意味です」

「あっ、なるほどね!」


 彼女は脊髄で喋っているのかも知れない。


 でも、彼女が無意識で言った「卒業」というワードに、僕は無意識に奮い立った。背水の陣というか、後に引けないと思うと、覚悟を決めやすい。


 今日しかない。


 今日だけだ。

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