第12話 隠れてない味

 今日一日、朝のアレ以外、愛奈甘とは話さなかった。


 休み時間はもちろん、下校について来ることは無く、久しぶりに1人で帰った。小雨だったから、傘はささずに。


「……………………………何やってんだ僕は……」


 無意識のうちに遠回りをして紗藤家の前を通り、自分に呆れ、栗花落家に着いた。


「ただいま」

「ふぁ〜、あ?…………おかえり〜」


 ドアを開けると、丁度、あくびをした姉貴と鉢合わせた。


 おそらく寝起き。完全に昼夜逆転している。いつもこんな時間に起きているのだろうか?


「…………………………ちょっといい?」


 いつもなら寝ぼけてリビングの炬燵に直行する姉だが、今日は少し怒ったように僕を呼び止めた。


「何?」

「なんでも。晩御飯食べたら私の部屋集合」


 怒ったようにじゃなくて、お怒りのようだ。


 未空姉は、上2人の姉に比べて、適当というか不真面目というか、言い換えれば口出ししない優しい性格だが、今回ばかりは見過ごせないらしい。


「………丁度よかった。僕も姉貴に相談したい事があったから」

「………………そっ。ならいい。説教じゃなくて相談にしてあげる」

「…………………」


 にひひと笑って、姉貴はリビングのドアを開ける。僕も入るから開けっ放しだ。


 なんの説教だったのだろう。ある程度予想はつくけど。


 テレビを見ている両親に「おはよう」と「お帰り」と言われ、僕はリビングのドアを閉める。


「あれ?愛奈甘ちゃんは一緒じゃないの?」とも言われた。揃いも揃って……。






「青春だね〜!甘酸っぱ〜い」

「…………笑い事じゃねぇよ」


 肩透かしというか期待外れというか、猫騙しを喰らった気分。


 チョコ入りの「姉貴と愛奈甘の特製甘辛カレー(2日目)」を食べ、食後のコーヒーならぬ食後のカフェラテで真っ白な髭を生やした姉貴が、ふにゃふにゃと体をくねらせ、ニヤニヤと顔を緩ませながら、僕の話を聞いていた。聞いてるのか怪しいレベルだが。


「………………相談相手間違えたな……」

「失敬な!ちゃんと感想言ってるじゃん!」

「僕は感想じゃなくて解決案を知りたいんだけど……」


 僕は愛奈甘のブラコンが悪化しているのを伝え、そして苺野さん(名前は伏せたが)を邪険に扱う事も含め、恋愛経験豊富な姉貴に相談していた。


 これが恋愛相談に該当するのか知らないけど、一番わかってもらえそうな人に話したのだが、どうやら期待しない方がよさそうだ。


 両親はリビングでお茶を飲んでいる。説教ではないにしろ、あまり聞かれたくない相談内容なので、予定通り姉貴の部屋で喋っている。


「そうね〜。そこまで問題ない気がするけど……」

「問題あるから相談しているんだが?」


 このままじゃ、若白髪が増える一方だ。


「現状はわかった。まなちゃんがぐいぐい攻めてきて、最近仲良くなった年上の可愛い子に意地悪してると」


 2年生の女子って言っただけだが、可愛いまで付け足されてる。間違いでは無いんだが。


「意地悪っつーか…………まぁ、意地悪……なのか、アレは?」

「私見てないから聞かれてもわからないんですけど〜。教えてくれます〜?」

「プライバシー権を主張します」

「ぶ〜」


 ブーイングが豚の鳴き声に聞こえたのは置いといて。


「ま、それでまなちゃんが暴走しちゃって、昨日の夜に一悶着ひともんちゃく。あまりの鬱陶うっとうしさに、佑暉は泣かせてしまったと」

「……色々と語弊ごへいはあるけど、大体そんなとこ」


 悪意もありそうだけど。


「どうしたらいいと思う姉貴」

「んー………そーですねー……」


 姉貴は「やっぱそのままでも問題ない気がするけどな〜」と言いながら、マグカップ入ったかき混ぜ棒をクルクルと回し、しばらく考える。


 上に溜まっていた泡が潰さて液体になり、渦を巻いてコーヒーと混ざり合い、薄茶色の液体になる。


「まずハッキリさせておきたい所があります!」

「なんでしょうか?」

「佑暉は、どうしたいの?」

「………………………………」


 メガネ越しに、鋭い視線が、僕の眼に刺さる。


「さっきの話は客観的で、私としてはわかりやすい説明だったけど、そこに佑暉の意見は全く無かった」

「……………そっちの方が話が入って来やすいと思ったんだが」

「うん、わかりやすかったよ。それを踏まえて、佑暉の意思を聞かせてほしい」

「………………………………」

「愚痴を言いたいだけならそれでもいいけど、相談なんでしょ?どうにかしたいなら、その『どうにか』の部分を知りたい。じゃなきゃアドバイスのしようが無いよ」


 ほんわかしてるように見えて、鋭い視点を持っている。さすが姉貴。2年後同じようになれる気がしない。


「僕は………………」


 今一度、深く考えてみる。


 愛奈甘の行動にどう思ったか。昨晩のアレは何だったのか。僕はどうした方が良かったのか。苺野さんとはどう接して行きたいのか。直は………どうでもいいや。


 みんな仲良くなんて、小学生みたいな薄っぺらい事を言うつもりは無いけど、少なくとも喧嘩したいわけじゃない。


 そして、愛奈甘が泣いた理由。


「……………………………………………」


 何で泣いてたのだろう。


 何で怒っていたのだろう。


 何で怒ってしまったのだろう。


 そして朝の挨拶に、


『おはようございます。栗花落先輩』


 何でそんな事を言ったのだろう。


「………答えは出た?」


 姉貴はカフェラテを一口飲んで聞く。


「…………………………わかんない」

「………………まぁ、そんなもんか」

「ごめん。自分でもよくわかんなくて……」

「謝る必要は無いよ。無理も無いし」


 マグカップをテーブルに置き、


「問題には確実な答えがあって、感情は関係ないとする今の義務教育じゃ、解けない問題だからねぇ」


 大学生は寝転がり、自室の天井を仰ぐ。


「……………………それに、それを言う相手は私じゃ無い」

「何て?」


 いきなりボリュームダウンしないで欲しい。何言ってるか聞き取れない。


「一つ、私からも情報提供するよ」


 姉貴は腹筋を駆使して起き上がる。長い髪がブワッと乱れる。


「今朝、出て行ったまなちゃんさ。怒ってるっていうより、寂しそうだった」

「寂しい?」

「そう。寂しそうだった」


 口の横に手を当てて、こそこそ話をするように姉貴は「そしてこっからはヒント」と言う。


「あの子が昔からずーっと佑暉に懐いてる理由わけと、そのキッカケ。10年前のアレについて、考えてみな」

「10年前……?」


 カフェラテ最後の一口をぐいっと煽り、「ヒントはここまで」と姉貴は笑う。


 ごちそうさまでしたと言って、姉貴はお盆の上にマグカップを置く。


「とりあえず明日、まなちゃんと話して来なさい。想いをぶつける前に、まず仲直り。わかった?」

「はい」

「それに明後日はバレンタインデーなんだから、女の子が勇気を振り絞る日なんだから、妙な喧嘩しない!さっさと仲直りしなさい!」

「……………………はい」


 結局、説教された。


 でも姉貴に相談してよかったと思う。説教も相談もしなかったら、一人で悶々と考えて、時間だけが過ぎていくと思ったから。


 今すべき事と、あともう一つ、わかった事がある。


 姉貴には勝てない。


「なら、ちゃっちゃと風呂入って寝ろ!」

「うん、ありがと。おやすみ」

「おやすみ〜」


 相談代として、マグカップの片付けは僕がやろう。


 ヒントは10年前、か。僕が8才で、愛奈甘が6才の時。


 僕にとって愛奈甘は、生まれた頃からベッタリだったけど、何も赤子の頃からって訳じゃない。そのキッカケ。


 あれ?そう言えば、始めて会ったのは10年前だっけ?


 8才の記憶なんて覚えてないけど、忘れた訳じゃない。脳の奥底に眠ってるだけで、起こせばいい話。


 風呂に浸かって、ゆっくり思い出そう。


 人を傷つけて、知らぬ存ぜぬはカスのやる事。昨晩のアレだって、僕に非が無い訳じゃない。ちゃんと謝るつもりだ。


 ただ中身のない謝罪は意味がない。なぜ怒ったのか、それを理解するために、今は風呂に入ろう。


「あ〜あっ!若いっていいなぁ!!」


 閉じたドアの先、姉貴の叫び声が響いた。


 ………姉貴も十分若いやろ。20でしょあんた。

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