第27話 sweet and sour or bitter
「お前は知ってたのか?血、繋がってない事」
それを兄の口から聴いた時、僕の中で、何かが壊れた。音を立てて、崩れた。
だから、僕が口にしたら、愛奈甘の何かを壊してしまうと思っていた。
だが、彼女は笑った。
「……………………………うん」
「知ってたよ」と、僕らが初めて会った時のような、顔色を伺うような、僕が嫌った笑顔を浮かべた。
「知らなかった」と言われなくて良かったという安堵と、壊さずに済んだ安堵で、僕は、
「……………そっか」
と、力なく言った。
脱力した。
今思えば、兄さんに聞いとけばよかったと思う。昨日の僕はいっぱいいっぱいで、そんな事を聞く余裕はなかったから、無理もないけど。
「………ビックリだよね。お父さん、…………養子だったなんて………」
そう。兄さんは養子だった。
6人兄妹で1番似てない兄妹を上げるなら、確かに譲兄さんだった。顔のパーツが似てなかったり、身長が僕らより少し高かったり、それが気にならなかったと言えば嘘になる。
でも生まれて18年、兄さんの血を疑う事は一度も無かったし、他人だと思った事は一度だって無い。
だから、ずっと家族だって思っていた。
けれど、長男と長女にはまあまあな歳の差があるし、考えてみれば、母さんが16の時に出産したことになる。
兄さんの養子発言は、その不自然を埋めるのに十分な内容だし、理解不能な話ではなかった。
しかしそれを納得してしまえば、飲み込んで仕舞えば、壊れてしまう物がある。
それが、僕らの思い出だ。
あの時の記憶が壊れる。
「そっか………そうなんだ………」
どうやら本当らしい。姉貴も母さんにも聞き、愛奈甘まで承認されたら、認めざる終えない。
伊達に長い付き合いなだけあって、ショックが大きい。でも、兄さんに言われた時よりも、それが本当だと言われた時の方が、ショックが軽いのは、一度無意識のうちに受け入れたからだろう。
言わぬが花、知らぬが仏とは、よく言ったものだ。
「私も、初めて知った時は………そりゃ驚いたし、ショックだった」
僕の気持ちを察してか、愛奈甘は口を開いた。
それを聞いて、僕は更に自分が嫌になった。
「………今までずっと側に居てくれた人達が、血の繋がってない、赤の他人だと思ったら、背筋が凍ったよ。次会う時、どんな顔したらいいか、わからなくなった」
自分の事ばかりになっていた自分が嫌になった。
愛奈甘の方が苦しかったに決まっている。せっかく守ってくれていた家族が、血縁じゃないなんて。
嘘だって言いたくなる気持ちもわかる。
「でも、それ以上に嬉しかったんだよ。……だって、『好きな人の好きな人になれる』って思えたから」
笑った。
心底嬉しそうに、けど、少し寂しそうに。
この笑顔が見たかったんだと思う。正直なこの顔が。小さい頃から、ずっと。出来ればこれから先も。
あぁ、そうだ。言わないと。
『答え』を言わないと。愛奈甘はちゃんと答えたんだ。僕も言わないと。あの時、有耶無耶にした事を、今ここで。
それを遮るように、愛奈甘は言った。
「実はね。………今日は、お別れを言いに来たの」
その時の表情が、酷く似ていた。
轢かれかけた、あの時の顔に。
「もうそろそろ、潮時かなって。………もう少しでゆーにぃ、卒業するでしょ?大学行って、ここを離れる。…………いい機会だし、これで兄離れしよっかなって」
あぁ。
「あ、勘違いしないでね?喧嘩は関係ないよ。ただ、あれで諦めがついたって言うか、踏み出せたから………」
そっか。
「あのままお別れしたら、きっと……いや、絶対に後悔するから、せめて仲直りはしときたくて、だから……ね。ごめんね、こんな事になっちゃって…………」
そうだよな。
「どの道、清々しいお別れは出来ないんだけど、さ。…………もちろん引っ越しのお手伝いはする。お見送りもするよ」
つくづく、自分が嫌になる。
「けど、今は2人きりだから、さ。言いたい事言って、ちゃんと仲直りして。綺麗さっぱり、後腐れないようにさ………」
最低だ。
こんなに僕を想ってくれる人がいるのに、その好意が嫌で、ただただ鬱陶しくて、それから距離を取る為だけに、ここを離れようとしてるなんて。興味のない大学に行こうとしてるなんて。
我儘はどっちだよ。
正直を求めるクセして、素直になれないのは誰だよ。
情けない。
自分が情けない。
もっと早く喧嘩しとけば、良かったのかな。もっと早く愛奈甘に向き合って、自分の気持ちを正直に伝えて、それから……それから……。
よく「後悔しても遅い」と言うけど、「後悔するから遅い」んだろうな。今の僕がそれだ。
もう何もかもが遅いけど、最後に一言言わせて欲しい。
そう思って顔を上げたら、
愛奈甘が泣いていた。
「でも…………何でかな…………?ゆーにぃの顔を見たら、さ。揺らいじゃった………」
涙袋に収まらない涙を詰め込んで、溢れ出す悲しみを堪えるように、唇を巻き込んで歯を食いしばって。
泣き喚く子供のような、くしゃくしゃな顔をして、愛奈甘は泣いていた。
「…………やっぱり、好きだよ……」
食いしばった口元を、僅かに緩めて、ぎごちなく笑った。
「どうしようもないぐらい、どうする事もできないぐらい、ゆーにぃが好きだよ………」
「……………愛奈甘……」
「もう、どうしたらいいか…………わかんないよ……」
泣き崩れる彼女に、僕は何も出来なかった。
涙を拭くことも、頭を撫でることも、何も。
それをしてしまったら、また大事な何かを壊してしまうのではないかと思って、何も出来なかった。
「最後は笑って、お別れしたかったのに……何で泣いちゃうのかな……私………」
「…………愛奈甘、僕さ」
「ゆーにぃは……優しいね」
「……………え……?」
「そーやって、慰めてくれるんでしょ?………私がゆーにぃを傷つけたのに、傷だらけの
違う。優柔不断なだけだ。
「そーゆーところが好きで、独り占めしたくなっちゃう。………それで、ますます傷つける」
本当に優しい人間はこんな時、悪人になって、嫌われ役を買って、誰かのせいにさせてくれる人。
「そんなゆーにぃだから、私なんかに漬け込まれるんだよ。大学に入ったら、こんな感じの、変な女の子に、引っかかっちゃダメだよ?」
僕はそんな出来た人間じゃない。
「……………最後の最後に、もう一回だけ、………その優しさに甘えていい?」
愛奈甘は涙を拭いて、精一杯の笑顔を作って、でも上手く笑えてなくて、
「…………好きです。……それだけ言わせて下さい」
笑っているのか泣いているのかわからない、ぐちゃぐちゃの顔で。だけど、嘘偽りのない彼女の素顔で。
「………あと、私をどう思っているか聞かせて貰えると、嬉しいです……」
そう言われた。
ずっと前から好きだと言われてきた女の子に。
僕は、口を開く。
嫌う事も、嫌われる事も出来なかった僕が、彼女の為に出来る精一杯。
準備していた台詞なんて忘れた。愛奈甘の本心を聞いて変わった。こっからはぶっつけ本番の、着飾らないアドリブで。
「ごめん」
僕は頭を下げた。
「…………やっぱり、愛奈甘は愛奈甘だよ。血が繋がってないとか、本当の家族じゃないとか、関係ない。その程度で変わらないよ」
「………………そっ、か………」
姪は姪。家族は家族。それ以外の何でもない。
「愛奈甘の『好き』が、家族愛とか兄弟愛とか、悪ふざけや
「…………………………………」
沈黙する愛奈甘に、僕は顔を上げ、
「だから、そう見えるまで、もうちょっと側に居てよ」
「……………………え……?」
そう言った。
昔と別の我儘を。
「今はまだ、恋愛対象として見れないから、この気持ちが、恋なのか愛なのか、わからない。それがわかるまで、付き合って欲しい。………血、繋がってない訳だしさ」
恥ずかしくなって、僕は目を逸らす。
夕日はもう沈んだ。けど、焼けた空のまま。
「あの時の『答え』、こんな感じで、ダメかな……?」
「………………ずるいよ……」
逸らした目を戻すと、ボロボロと涙を流す愛奈甘が、僕を見ていた。
泣き顔より笑顔がいい。でも涙を押し込めた作り笑顔なんて、僕は見たくない。
なら正直に泣いてもらった方が嬉しい。
もう一度、ハッキリと、
「好きだって言えるまで、待ってくれますか?」
そう言って笑った時に、視界が歪んで、自分も泣いてる事に気づいた。
その歪んだ視界でも、泣いている愛奈甘の顔はハッキリ見えて、泣き顔から笑顔に変わって、
「…………………はい………」
嬉しそうに泣く少女がいた。
運命が嫌いだ。
もしこうなる事が最初から決まっていたなら、それまでの貫いた意思も、溜め込んだ想いも、全部が無意味だとだと思ってしまうから。
だから、初めから他人のまま出会っていたら、こんな結末にはならなかったから。
「改めてよろしくな、愛奈甘」
これから先、もっと苦労するだろう。それでもいい。そんな運命でも構わない。
影があって暗くって、甘いくせに苦くって、それゆえ純白で素直な少女を、好きになる事なんて、あり得なかったから。
「うん。………こちらこそ、よろしくお願いしますっ……!」
人生も世間も運命も甘くない。なら今日ぐらい甘くったっていいでしょ?バレンタインデーなんだし。
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