第10話 加熱と冷却

「私ね、ゆーにぃがあれば何も要らないの」


 姪は語り出す。


「他の誰かじゃダメ、ゆーにぃがいいの。ゆーにぃじゃ無いとダメなの。他の人から何か貰っても要らないの。欲しく無い。ゆーにぃだからいいの」


 僕の眼を真っ直ぐ見つめる。


 少し寂しそうな笑みを浮かべて。


「私、結構モテるんだよ?告白されたのも一度や二度じゃない。高校に入ってから数えても、両手じゃ収まらないほど、小中合わせれば数えられないほど、男性に好意を向けられた」


 行為も求められたけどねと、姪は言う。


「でも、その全てを断った。どんな事情があろうと断った。友達に嫌われようと断った。何があっても断った」


 だって、最優先はゆーにぃだもん。オンリーワンでナンバーワン。


「友達よりゆーにぃと一緒に居たい。手を繋ぐならゆーにぃがいい。キスはゆーにぃにしか渡さない。幸せを誓うならゆーにぃじゃないと嫌」


 胸に手を当てて、はだけたワイシャツをぎゅっと掴み、シワがつく。


「ぶっちゃけね、学校でいい顔してるのも、ゆーにぃの為なんだよ?『妹がアレなのに兄は』って言われないように、優秀過ぎず目立ち過ぎず、比較されないけど足を引っ張らないよう、『可愛い妹』になる為に可愛こぶって、愛想振りまいて作り笑い浮かべて………」


「………………………………」


「ゆーにぃの居心地が悪くならないよう、しっかりした妹を演じてるの。『あんな妹いて羨ましいな』って思われるように」

「そんな事頼んだ覚えないぞ」

「……………たしかにこれは私の勝手」


 手が緩み、ワイシャツのシワが伸びていく。


「利己的な、自己満足かも知れない。でも別にいいの。ゆーにぃが一緒に居てくれるなら、それでいい。成績も好感度も、友情も好意も何も要らない………認めてもらえなくたって、構わない………」


 他人の評価なんていらない。ゆーにぃだけが欲しかった。


「でも、ゆーにぃは拒んだ」


 僕は、姪を拒んだ。


 姪は自分の胸から手を離し、僕の胸部に乗せる。


「最初は恥ずかしがってるだけだと思った。ゆーにぃも思春期ぐらい来るし、私もベタベタし過ぎた。反省した。それでも、ゆーにぃは私を見てくれなかった。挙げ句の果てには………」


 部屋着のスウェットにシワができる。


「知らない女の子に、笑顔を向けた……」

「…………アレは苦笑いっつーか、愛想笑いなんだが……」

「そんなの関係ない!!ゆーにぃが女の子と一緒に居たのが問題なの!!」


 声を荒げ、


「殺したいほど憎んだよ。邪魔だった。迷惑だった。でも、しなかった。バレたらゆーにぃに迷惑がかかるもん。そんなことしたら、将来の予定が全部めちゃくちゃになる。結婚式もあげられない。そんなの嫌」


「……………………………………」


 涙を浮かべる姪。


「コレは、わがままを言い過ぎた罰だと思った。我慢しようと思った、罰なら甘んじて受け入れるつもりだった。……………………………でも、出来なかった」


 シワが深くなる。


「ゆーにぃが他の人と笑ってるのを、想像しただけで、涙が止まらない。仲良く話してるのを見たら、体の震えが止まらない」


 握る拳が震える。


「もう、ゆーにぃに嫌われても、よかった。隣に居られれば、そばに居るだけで、もうそれだけで良かった。高望みせずに………………なのに、………我慢できないの……………」


 唇を噛み、


「ゆーにぃがいないと、生きていけない。私の穴を埋めてくれるのはゆーにぃだけ。あの頃からずっと、ゆーにぃだけが…………」


 爪を立て、


「ゆーにぃに、私以外の物を入れたくない。これが傲慢なのも知ってる、ただのエゴかも知れないけど、私はそう思ったの。願ったの」


 涙を零し、


「私がゆーにぃ無しじゃ生きられない様に、いっそゆーにぃも、私無しじゃ生きられない様にすれば良い。一緒に居ないと生きられない様に、そうすれば。………………その為には、手段なんて選んでられない」


 頬を赤らめ、


「2人で幸せになろ………」


 寂しそうに笑った。


「1つの命で、2人が幸せになれるなら………大丈夫、絶対バレない様にするから………だから……」


 胸の内を打ち明ける姪に、僕は、


「………………………いい加減にしろよ………」


「………………………ゆー……にぃ………?」


「我が儘も大概にしろ。弱音を言えば慰めてもらえると思うな。泣けば自分の主張が通ると思うな」


 冷たく言い放した。


 姪はきょとんとしていた。涙袋に、涙を溜めて。


「お前、人の命をなんだと思ってるわけ?いつからそんな偉くなったわけ?いつから命を蔑むようになったわけ?…………彼女もお前も、ただ女子高生で、同じ人間だろ」


 黙って聞いていれば、


「冗談言うなら、笑える冗談言えよ」


 笑えねぇよ。


「なんで……………ゆーにぃもしかして、あの女の方がいいの……………?」


「………………………………愛奈甘、お前さ……」


 見当違いにも程がある。


「なんで僕が怒ってるか、……わかんないの?」


「…………………わかんないよ、教えてくれなきゃ……。私に足りなくて、あの女にある物って何?どうしてあの子の肩を持つの?私はここまで尽くしているのに…………」


 今にも泣き出しそうな顔をする。


 やめろよ。


「そうだよね…………私ばっかゆーにぃに理想押し付けて、不公平だよね。…………わがまま言ってごめんね。うん。……………私、何でもする!だって、ゆーにぃが1番だもん。ゆーにぃの為なら何でもできる。ゆーにぃの望む事、何でも叶えてあげる。ゆーにぃの頼み事なら喜んで言いなりになる。だからっ!」


「いい加減にしろって言ってんだよっ!!」


 思わず、大声で怒鳴る。


 もしかしたら、リビングにも響いたかも知れない。ボロい一戸建てだし、僕の部屋は防音でも何でもない。


 でも関係なかった。目を覚まさせれるなら、近所迷惑だろうと知ったことかじゃない。


「………いつまで子供じみたこと言ってんだ」


 姪を睨みつけて、僕は言う。


「お前は小さい頃から容姿が良かったし、素直でいい子ちゃんだった。だから甘やかされて育ったし、お前も甘え慣れていた」


 僕は甘くしなかった。その筈だった。


「甘やかした兄貴らにも責任があると思うけど、甘えるなら相手を選べ」


 苦虫を噛み潰したような、


 苦い口の中。


「……………信じてきた僕がバカだった」


 虫唾が走る。

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