第3話 湯煎ではなく着火

 昼休み。購買部の前は今日も今日とて人口密度が高い。


 お菓子コーナーの品揃えがいつもより気合が入っており、見慣れない商品も並んでいる。バレンタインデーが近づいているからだろうが、チョコレート専用の特別コーナーも作られている。


 部員手作りかどうか知らないけど、ポリ袋に入れて、ラッピング用針金で止められた、いかにも手作りって感じのチョコレートも売られている。


 チラッと見ると、義理チョコと本命チョコの2種類があり、義理チョコの方が僅かに値段が高く、本命チョコが安いのに闇を少々感じる。多分チョコペンで文字を書く時の難易度で、値段が違うだけだと信じたい。


「誰が買うんだアレ」と思ったが、意外にも好評で、お昼のパンや弁当と一緒にチョコを買っている人がいた。


 ネタとして買っているのか、貰えないから買っちゃおう精神なのか知らないが、それを持ってレジに並ぶ生徒たちを横目に、僕は自販機に百円硬貨を投下する。ミルクティーのあったか〜いボタンを押し、ガタンと落ちてくる350mlのペットボトルを手に取り「あつあつ」とお手玉をし、ポケットの中に入れる。


「………………………………………」


 自販機にお釣りが残ってる。


 ミルクティーの値段は百円ピッタリだし、お釣りは出ないはず。推理力のないポンコツでも、このお釣りが誰のものかはすぐわかる。


 そのまま立ち去ってもよかったが、気づいてしまったから仕方ない。たとえ数十円のお金も立派な通貨だ。僕は要らないが、国が認めた価値ある物だ。


 僕はお釣り口にある十円硬貨三枚を手に取る。


 購買部をチラ見している間に、何かの缶ジュースを買っていた先客、つまり僕より一足早くこの自販機に硬貨を入れた生徒を探して、声をかけた。


 幸いにもすぐ見つけられてよかった。


「すいません。これ、取り忘れてましたよ?」


 自販機の先客など覚えているはずないが、特徴的な金髪のおかげで印象に残り、迷う事なく声をかけられた。これで間違えたら恥ずかしいけどな。


 階段で声をかけてしまったから、僕が下で彼女が上で、自然と見下されている感じもあったが、さして気にならなかった。


「…………………ありがと」


 派手な金髪の少女は、騒音で掻き消されてしまうほど小さな声で礼を言った。


 ホットの微糖コーヒーをホッカイロがわりに握りしめていた缶をポケットにしまい、数段の階段を降りて、コーヒー缶の熱が伝染した手で、僕の手に乗った十円硬貨を掴むと、


「…………………………………」

「……………………………ん?」


 そのまま置き直した。


「…………………………………」「…………………………………」


 お釣りが足りなかったのか、それとも僕にくれるという事なのか、意図がわからないから僕は少女の目を見ると、


「…………………………………」「…………………………………」


 無言が続いた。


 沈黙が始まった。


「…………………えーっと、………え?」


 少女の藍色の瞳が、僕の目をじっと見つめる。


 姪の暴走、失言、奇行は慣れっこで、スルースキルが身についた僕ではあるけど、この沈黙系奇行は捌けない。


「………………………見つけた」


「え"っ"!!…………………………ハイ?」


 目の前の少女が愛奈甘のような発言をしたから、一瞬身構えてしまったけど、似ても似つかない(同じレベルの美少女だが)。顔のパーツが整ってると言っても、目の色や髪色、スタイルはガラッと違うんだから。


 というか、僕はこの子を知っている。多分僕じゃなくても知っている。


「…………あのー、………苺野いちごのさん?…………何してるんでしょう?」


 僕のほっぺたを触って、つねったり伸ばしたりフニフニしたり。奇行を繰り返す少女。


 彼女の名前は「苺野いちごの ソフィア」。日本人ではあり得ないブロンドカラーの髪色と、深い青色の瞳は、彼女が異国の血を引いていることを物語っている。


 その外見から目を引く存在であったものの、無口で大人しい性格ゆえ、目立つような事はなかった。しかしそのギャップにやられて、密かな人気者ではあるらしいけど。


 そんな(誰かさんと違って)大人しくて可愛くて人気者の苺野さんが、僕のほっぺたで遊び始めた。


「苺野じゃない」

「…………………………え?」


 人違い?いや、そんなはずは無い。


 この学校に金髪美少女など1人しかいないし、…………あ、名前間違えて覚えた?


「ソフィアって呼んで」

「…………………………え?」


 どゆこと?


 ただ今混乱中だけど、とりあえず名前を間違って覚えたという失礼な事ではないっぽい。


 じゃあ何?下の名前で呼べばいいって………あ、ファーストネーム的なアレか。ソフィア・イチゴノみたいな。


 では改めて。


「…………ソフィアさん何してるんでしょう」

「………………………………」


 それでも彼女の奇行は止まらない。下からほっぺたをつねられ続けている。


 階段で話している(意思疎通できてないけど)にも関わらず、身長に上下がほとんど無く、下段にいる僕の方が少し高い。階段2段分の身長差だ。


 これも彼女の身体的特徴。


「やっと見つけた」


 苺野ソフィアさんが僕のほっぺたをつねって下から目線で言う。


 そして犬のしつけをするように、僕の両頬を掴んで、顔を近づけ、


「私の、許嫁殿」


 僕の額にキスをした。


「………………………………」「………………………………」


 状況が理解できない僕と、元から無口な彼女。

 何が起きてるのかわからないが一つだけわかることがある。


「…………ゆーにぃ。誰?そのオンナ……」


 一番見られちゃいけない人に、現場を押さえられた事。


 僕の背後にいつの間にか立っていて、僕が買ったミルクティーと、同じメーカーの同じミルクティーを両手いっぱいに買って抱き抱え、今それをボトボト落とした。

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