第8話 細かく砕いて

「殺す」

「……………………………」

「もう無理。あの女殺す」

「あのー………愛奈甘さん……?」

「それかゆーにぃを殺す」

「……………………………」


 矛先僕の方向くの?理不尽過ぎませんか姪っ子よ。


 放課後の帰り道。


 苺野さんは部活があるから一緒に帰れないと知るや否や、愛奈甘は僕の背中に飛びかかり、首に手を回し、足で胴回りを固定、「亀の甲羅」状態というか「おんぶ」状態になって甘えてきた。


 おんぶなんて何年振りかと振り返るほど、おんぶした記憶は遠くない。数日前もさせられた。


「……愛奈甘さん。そろそろ降りてくんねぇ?」

「やだ」

「重いんだけウゲェ……」


 首を絞められた。


「私の体重はゆーにぃの愛で構築されているのです」

「………タンパク質じゃなかったんか……」


 じゃあ人間じゃなねぇなお前。


 生徒玄関からずっとこの状態だ。運動不足の体にはキツい。


 僕を捕獲した際「一緒に帰ろ〜」と大声で言う物だから、生徒玄関にいるほぼ全員の目線を集めた。おそらく、廊下を歩いていた苺野さんに向けて言ってるのだろうけど。


 顔色一つ変えずに部室に入っていったが、彼女が大人の対応をしたのか、はたまた表情筋が乏しいから無視しているように見えたのか、僕らには知る由もない。


「ゆーにぃさ………ソフィアちゃんの卵焼き食べたでしょ?」

「…………あぁ、食べたな………」

「何で?」

「…………膝の上に落ちたから……。てか息やばい………」


 ちょっと緩められる。


「じゃあ何で私のは食べてくれなかったの?」

「ちゃんと食っただろ………」


 あれから2人の突き出す食べ物を全部食べた。とは言え、二人前と自分の弁当、計三人前の弁当を運動部でも何でもない僕が食えるわけがなく、2人のを半分つづつもらい、僕の弁当を2人にあげようとしたのだが……。


 お察しだと思うが、「仲良く半分こ」なんて事にはならず、喧嘩が始まりそうだったので直に食べてもらった。「この弁当めっちゃ美味え!」と言ってガツガツ食べていた。さすがは元サッカー部のスポーツマン。


 2人とも不満が残っていたが、まぁ、「僕」が食べられなかっただけマシだったと思うべきか。


「許せない……。どこの誰が作ったのかもわからないお弁当を、ゆーにぃの胃袋に入れるなんて……」

「半分は姉貴が作ったんだろ?」

「コンビニ弁当の話!…………なんであんな物食べさせるかなぁ……」


 コンビニ弁当を作ってる方、こいつの失言を許してやってください。悪気も悪意もありません。愛奈甘の代わりに僕が謝ります。ほんとに申し訳ありませんでした。


「ねぇ、ゆーにぃやっぱり入籍しようよ」

「…………………………あのなぁ……」


 僕は額に手を当てる。


「大丈夫。結婚式場は調べてある」

「籍って何かわかってんの?」

「姪からお嫁さんに移動します」


 何言ってんだこいつ……。


「私が働く。ゆーにぃは専業主婦で私を癒し、仕事のパフォーマンスをあげる。うん、我ながら完璧だ」

「……………………………………」

「あぁ、でも孕んだら大変だなぁ。子供産むたびに休んでるとお金消えちゃうし………じゃぁリモートワークで探しといたほうが………」

「おい」

「何?ゆーにぃはお仕事しなくて良いんだよ?だって社会に出たら変な女いっぱいいるんだよ?合わせるわけないじゃん。存在すらして欲しくないもん」

「おいおい」

「社会から抜け出すために結婚するんだよ。大学も行かなくていい、私のそばにいればいいんだよ?素敵でしょ?」

「おいおいおい」

「あっ、子供の名前はもう決まってるから安心して?小5の時に決めたの。男の子なら…」

「着いたぞ!!」

「むー…………………」


 ご不満が残るようですが、これ以上妄想を押し付けないでくれ。目眩がしてくる。


 着いたのはもちろん紗藤家の玄関。連れて帰る気は無い。


「昨日はゆーにぃの家に泊まったんだから、今日はウチに泊んなよ」

「誰がするか」

「ゆーにぃがするんだよ」


 飛んで火に入る夏の虫。冬ですけど。


「嫌なら今日も泊まって行く。みく姉『おっけー』って言ってるし」

「………………………………」


 スマホに映るトーク画面には、「今日も泊まっていい?」って吹き出しと、「OK」と手で丸をしたスタンプのみという、二つ返事にも程があるやりとりが記録されている。姉貴ぃ……。


「今日カレーって言ってたよね?隠し味にチョコ入れようよチョコ」

「…………………飯にまで入るのかよ」

「昨日、口にも入ったもんね。ここで」

「………………………」


 嫌な記憶を蘇らせるな。埋葬しとけ。


 自分の家に帰る気が無いのか、僕の背中から降りる気配がない。仕方なく僕も自分の家に向かう。


「ゆーにぃのそーゆーとこ、ほんと好き」

「愛奈甘のそーゆーとこ、ほんと嫌い」

「このツンデレさんめ〜。私を惚れさせてどうするつもりだい!」

「勝手にくっ付いてるだけだろヤンデレ娘」

「満更でも無いって、顔に書いてあるよ」

「お前は作戦通りって書いてあんな」


 愛奈甘は「んふふ〜」と満足そうな声をあげて、引き続き僕の背中にしがみつく。


 一つ勘違いを正したいのだが、「満更でも無い」のではなく、爆発しなくてよかったと、胸を撫で下ろしただけだ。


 高校に入って3年間、うち2年間は愛奈甘がいない平穏な日常だったが、愛奈甘がベタベタしてきた3年目を含め、高校生活の間では、僕にアプローチしてくる人など居なかった。


 それを苦には思わなかったし、彼女が居ない事に焦りも劣等感も感じていないので、別によかったが、よりによって今現れるとは。


 多少は運命的な出会い、なのかも知れない。自販機のお釣りから始まる関係というのは。


 だが少なくとも、愛奈甘には面白くない出会いだろう。恋敵(そんな大層なものでは無いと思うが、好意を持ってくれているだけだと思うが)を作らない為に必要以上にくっ付いてきたのだから。


「嬉しいような悲しいような」

「何が?」

「何でもない」


 怒らせたら怖い。


 朗らかな人ほど怒った時が恐ろしいのは何となくわかるが、表向きはブラコン妹を演じるヤンデレを、本気にさせて怒らせたら……。


 考えたくもない。


「愛の巣に着きましたよ旦那さん」

「人の家を勝手に愛の巣にするな」

「あ、旦那さんを否定しなくなった」

「…………………………………」


 僕はいつまでこいつの面倒を見なくてはならないのだろう。


 しかしそんな杞憂は要らなかった。


 玄関の鍵が閉まっていたから。

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