第7話 水と油、もしくは火に油

「嫌な夢見たわ………」

「どんな?」

「愛奈甘に食われる夢」

「あー、うなされてた理由はそれかぁ」

「昨日寝れなかったもんでね」

「でも愛奈甘ちゃんに食われるならいいんじゃね?ケツから出れるわけだし」

「死んでもごめんだね。だいたい飯食う前にそんな話すんな」


 4限の物理が終わった昼休み。自販機でミルクティーを買った後、なおとそんな他愛のない話をして廊下を歩いていた。


 あれから、つまり愛奈甘から襲われてからの出来事は、ホラー映画を自室のパソコンで垂れ流し、安置所を作り、念には念を重ね、重い瞼を気合いで開けて映画を見て、一睡もせずに今日を迎えた。


 当然午前中の授業は全部寝て、休み時間は愛奈甘が来ても爆睡。移動教室は直に起こして連れてってもらったが、


「ふぁあ………」

「残念だが昼休みは寝れなさそうだぞ」

「だろうな………」


 毎日恒例だが、僕の昼食には愛奈甘がくっ付いてくるのだ。


 昼飯を購買の弁当にしても、自販機でミルクティーを買っても、水筒も弁当も持参し、目の前の席に直を座らせても、絶対に座ってくる。


 やたらと「一口ちょうだい」と「一口あげる」を強要し、いつの間にか「あーん」とかしてくるが、今日は違う。


「気が重いだろうけど、お前しか仲裁できないんだからな?」

「わかってるよ………」


 今日はもう1人、客がいる。


「ゆーにぃお帰り〜」

「待ってた佑暉殿」

「………………殿っていうのやめてくれ……」

「よっ!佑暉妹と佑暉許嫁ちゃん」

「お前もやめろ!」


 直、許嫁じゃないからマジで。


「よっ!ゆーにぃの友達先輩」

「こんにちは許嫁殿のお友達先輩」

「君ら頑なに俺の名前呼ばないよね?俺ちゃんと自己紹介したよね?」


 今日のゲストは皆さんの予想通り、苺野ソフィアさんです。出来れば来て欲しくなかったのだが……。


 嫌な予感がして「はぁ………」と深いため息をつき、僕は弁当の蓋を開ける。今日は姉貴が作ってくれて、愛奈甘も同じ弁当を渡されていた。


 だが。


「はい。ゆーにぃ、あーん♡」

「…………………………………」


 僕と愛奈甘の弁当同じなんだけど………。


 直は「あー、始まったわ」と言って自分の焼きそばパンにかぶりついてはニヤニヤしだす。


 まぁそこまでは想定内。問題はというと、


「口を開けなさい許嫁殿」


 苺野さんがコンビニ弁当の梅干しを、器用に箸で摘んで、僕に向けているのだ。


「…………………………………」


 その行動に脳みそが処理落ちして固まる僕。


 コーラを吹き出しそうになって、何とか飲み込み、ゲラゲラ笑い出す直。


 外では絶対見せない目付きで苺野さんを見る愛奈甘。


「あーん」


 そして顔色一切変えず、梅干しを口に押し当ててくる苺野さん。


 そこに口を挟んだのは愛奈甘だった。


「あの。ソフィア先輩、辞めてもらっていいですか?」

「何で?」

「ゆーにぃは私のゆーにぃだからです」


 僕お前の所持品だったの?


「私の許嫁でもある。私も『あーん』をする権利がある」


 許嫁じゃないよ?あと直、笑いすぎ。


 登校した際(愛奈甘に腕を掴まれ頭を擦られ匂いをつけられマーキングされながら登校した際)、生徒玄関で苺野さんと会った。待ち伏せされてたのかも知れないが。


 昨日の「許嫁発言」を問いただすも苺野さんは「貴方は私の許嫁」の一点張りで、昨日母から聞いた話とは食い違ってた。母曰く、「そんな人は居ない」とのこと。


 謎は深まるし、肩の荷は重たくなる一方だが、とりあえず目の前の状況を片付けなくては。


「ほら、ゆーにぃの大好きな唐揚げだよ〜♡」

「私これも嫌いだから食べて許嫁」

「ソフィア先輩のは食べなくて良いよゆーにぃ。残飯処理だもん」

「食べ物を大切にするのは日本のマナー。食べれる人が食べるべき」

「じゃあ私が食べるからちょうだいよ」

「やだ。許嫁殿にあげるの」


 見えない何かがぶつかり、2人の間で火花を散らしている。直は「腹が捩れる」と言って笑い転げてる。


 一応の補足説明をさせてもらうと、苺野ソフィアさんは2年1組で、愛奈甘の一つ上、つまり先輩だ。


 昨日は「あの女」呼ばわりだったが、周りに人がいるからか丁寧な口調。だが、それも束の間。


 敵と判断し決定した愛奈甘の目は、モブに気に入られるための愛くるしさは微塵も無く、獲物を捉える虎のような鋭い眼光になっていた。


「ゆーにぃ、あーん」

「Open the mouth」

♡」

「口開けて」

「あぁもうっ!食べる、食べるから!!ちったぁ人の目気にしろお前らっ!!」

「「………………………………」」


 クラスメイトとその友達が、僕らの席をじーっと見ていたのだ。


 一部の人は動いたが、ほぼ全員が固まって、こちらの様子を呆然と見ていた。うっせぇなとしかめっ面をする人もいた。


 しかし、そんな忠告は愛奈甘にとって追い風。上級生とも交流のある広い人脈と、今まで見せつけてきたアピール度合いで「勝てるな」と判断したや否や、


「ゆーにぃこれも食べて〜私が作った卵焼き♡」


 ここぞとばかりに、響き通るハキハキした声で卵焼きを押し付けてきた。


「それ僕の弁当にも入ってるから…」

「許嫁、これも食べなさい」

「苺野さんまで!?」


 負けじとコンビニ弁当の卵焼きを突き出す。


「ソフィア先輩いい加減にしてくれませんか?」

「いい加減にするのはそっち。私は何も間違ってない」

「大間違いです!ゆーにぃは私の物で、永遠を誓った仲なんです!」


 誓ってない。


「私は生まれる前から運命の赤い糸で、ぎゅーぎゅーに結ばれていたの」


 結ばれてない。


「それ私が切って自分の小指と繋げました」


 それは聞いてない。


「それに昨日は一緒に一夜共にした仲です」

「ブフッ!」


 直、いよいよ吹いたなコーラ。自分で拭けよ。


「………………………one、night?」

「そうです。一緒にお風呂も入りましたし、朝まで一緒に。このお腹の中にはもう………」

「その事実は無ぇよっ!!」

「それは嘘ですけど、それ以外は本当ですよソフィア先輩」


 しまった口車に乗せられた。クラスメイトの視線が痛い。


「わ、私だって誓いのキスして………キスしました!」

「でもそれ、おでこですよね?私とゆーにぃは『唇と唇』で、熱く、深く、奥まで確かめ合った仲なんですよ?」

「…………………そんな………っ」

「私達はいつも一緒だし、誰かが入る隙なんてないほど密着してるんです。諦めて他の男探してください」

「そ、そんな………佑暉………?」


 箸と卵焼きが僕の膝上に落ちる。勿体無いので卵焼きは食べるけど、箸は変えたほうがいいなこれ。床に落ちたのは流石にやばい。


 そんなうるうるした瞳を向けないでくれ。出来たら表情も合わせてくれ。眉も口もピクリとも動いてないんですよ苺野さん。


「許嫁?ウソだよね?」

「あー………そのー…………とりあえず皆さんご飯食べよ?」

「ちなみにゆーにぃは、お姉ちゃん達に鍛えられてるんで、女の裸じゃ興奮しませんよ?」

「お前何言ってんの!?」


 事実だけど!!


「か、勝てない………」

「ゆーにぃの隣は私しかあり得ないもん」


 勝たなくていいよ。


 てか何で戦ってんの?何で僕が景品と化してるの?何で苺野さんスカートの端握ってんの?


「……………か、かくなる上は、私も赤ちゃんを………」

「苺野さんっ!?」


 今「も」って言った?先駆者いないよ?誤解から誤解を生まないで。


 スカートの端をぎゅっと掴み、わなわなと震える苺野さんの腕。


「先輩方が見てるけど……恥ずかしいけど……一刻も早く……じゃナいと……許嫁が………」

「苺野さん!?意識をしっかり!!苺野さんっ!?」


 待て!冷静になるんだ!一旦落ち着いてから話し合おう!ね!?


 椅子と一緒に後退りするも、後ろの席にぶつかって逃げ道がない。


 苺野さんはスカートの端を掴んで、僕の太ももに跨り、


「言語ドー断!おカクゴ許嫁!!」


 顔が真っ赤になり、頭から湯気が出るほど正気を失った少女は、焦点のあってない瞳で僕に襲いかかってきた。


「やめてくれ!あんたも僕も色んな物を失うから!!」

「はじめましてなので、優しく……」

「まずはその手を離せ!!」


 スカートをめくり上げようとする苺野さんの腕を、全身全霊、腕の筋肉をフルに使って止める。


 薄らと涙を浮かべてる気もするが、そんなのは知ったこっちゃない。面倒事を起こされるよりマシだ。


「いひひっ………あぁ、ダメだ腹いてぇ……っ!アッハッハッハッ!!」

「直も笑ってないで止めろ!」


 腹痛ぇなら、う○こ行ってこい!コイツらの暴走止めてからな!

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