第6話 おone night

「………………どうしてこうなった……」

「どうしてって……………、ゆーにぃが自覚しないからだよ?」

「…………何を?」

「何って、決まってるじゃん」


 薄暗くてよく見えないけど、目の前には下着姿の愛奈甘がいる。さっきの、チョコを食わされた時と同じ構図だ。


「私が、本気だって事」


 いわゆる、「夜這い」ってやつだ。




 「そういえば」と、浴槽に浸かりながら思う。


 愛奈甘から見ると、我が姉は伯母になるのだが、姉貴を「みく姉」と呼ぶ。上2人の姉も同様に「○○姉」と呼ぶ。


 僕が「ゆーにぃ」と呼ばれているから、特別違和感を感じないかも知れないが、、次男は「おじさん」なのだ(長男は父親にあたるから「お父さん」だが)。


 2番目の兄貴だけ仲間外れにされている気がするのだが、そうではなく、多分「姉貴たちを味方につけている」のだと思う。可愛い妹として振る舞って、わがままを通しやすくしているのだろう。


 幼い頃からの名残もあるのかもしれないけど、あやつは頭がキレるのだ。


「……………………器用なやつだよほんとに……」


 笑顔を振り撒き愛想良く、猫をかぶって、いざという時に備え爪を研ぐ。能ある鷹は爪を隠すってやつか。


 こうしてドアの鍵をピッキングで開けるあたり、性格も手先も器用だ。


「ゆーにぃ!一緒に入ろっ♡」

「出てけ!」

「ふっふっふ〜、甘いねぇ。今日の帰りに食べさせたチョコレート並みに甘いねぇ。シャンプーのボトルを投げてくるなんてお見通しだぜ!!」

「リンスとボディーソープも食らえ!」


 もぞもぞと動く人影と過去の経験から、こいつが乱入してくるのはお見通しだった。


 そのため液体入りのボトルを手元に用意していたわけだが、甘い目論見だったようだ。


「昔みたいに仲良く入ろうよ〜。大丈夫大丈夫、何もしないから〜」

「言ってる事とやってる事と表情がリンクしてませんよ」

「何も……なーんにもしないから、だから……」


 指をわしゃわしゃと見えない何かを揉みしだき、ジリジリと寄って薄ら笑いをする姪に、


「頭冷やせバカ」


 シャワーで冷水を浴びせ、怯んだうちに体を拭いて、パンツ一丁で自室へ逃げてきたわけだが。




「で?本気な愛奈甘さんは、いかなる理由を持って僕の睡眠を妨害しようと?」


 いつの間にか僕の布団に潜っていた愛奈甘に問いかける。


「私ね、本当に本気なの」

「そうですか」


 質問と回答が合ってない気がするのだが……。


 それは随分と前から知ってる。最近過激になってる上に、昼休みのアレがあったから、ある程度の事は予想してたが。本気でマジだから僕は困っているのだが。


 まさか飯に薬仕込まれて気絶させられ、ベットに縛り付けられるとは。


「泥棒猫が現れたから、ゆーにぃが釣られないようにしっかり『調教』しようかと思って」

「…………調教……?」

「そう。実は監禁したかったんだけど、さすがに学校が不信がると思うから、この辺で勘弁してあげる」

「それは有り難い。ついでに縄を解いていただけると僕助かります」

「いいよ。私と永遠を誓ったらね」


 健やかなる時も病める時もってやつか?あれNOって言ったら式場凍りつ来そうだけどね。そもそも神に誓っても、離婚する奴は離婚する。神の誓いも案外軽いものだ。


「………それは乗れない提案だな……」

「提案じゃないよ。警告」

「警告?」

「そうだよ、警告♡誓わなければ、今ここでを作るの♪」


 そう言って愛奈甘は僕に覆い被さる。


 先程キスを奪われた距離と同じぐらい顔が近づき、たわわに膨らんだ胸が僕の肋骨に乗っかり、すべすべとした足が僕の足と絡む。


 自分と異なる体温が伝わり、彼女が僕より熱っているのを知った。


 指先で僕の薄い胸板をすーっと撫でて、愛奈甘は、


「私ね、本当にゆーにぃのことを愛してるの。もうね、食べちゃいたいぐらい好きで、殺したいぐらい愛してるの」


 と、言った。


「出来れば学校に行って欲しくないし、お姉ちゃん達とも仲良くしないで欲しい。他の女の子と会わないで欲しい。ゆーにぃの笑顔は私だけに向けて欲しい。他の誰かに、特に女の子には渡したくないの」


 夜の闇より深い色をした愛奈甘の瞳には、僕の姿以外、映っていなかった。


「でもそれじゃ、ゆーにぃが苦しそうだし、それでゆーにぃが笑えなくなっちゃ嫌。出来れば笑顔のままでいて欲しい。だから我慢して、数時間に数分だけくっ付いて、ゆーにぃ成分を補充して生きているのに……なのに…………」


「いって……」


 胸板を撫でていた指が急に止まって、爪を立てて、寝巻き越しで皮膚に刺される。


「ゆーにぃが悪いんだよ?他の女の子と仲良くなろうとしたゆーにぃが」

「…………仲良くしたくて話したんじゃない」

「じゃあどう言う意図でソフィアちゃんと話してたの?」

「自販機の釣りを返しただけだ。意図なんてご立派なもんは無い」

「………………………ほんとに?」

「嘘をつく理由が無い」


 僕はあえて顔を近づけ、互いの体温を測るように、おでことおでこを合わせて、愛奈甘の眼を真っ直ぐ見つめて言う。


「母さんが、お前のばぁばが言ったように、許嫁なんて話は聞いたことがないし、僕自身、身に覚えがない。たぶん苺野さんの勘違いだ」

「でもキスしたのは変わんない」

「異国のコミュニケーションかも知れないだろ。とりあえず、明日それも含めて聞いてくる」

「また話すの?あの女と」


 あの女とか言い出したぞこいつ。ソフィアちゃんって言ってくれ、マジで怖いから。


 冷や汗をかきながらも悟られないように平常心を装い、一言一句考え、誤解を生まないよう慎重に言葉を選んでく。


「警察の事情聴取と同じだ。そこに私情は入れないし、事実確認以外の余計な事は聞かないし言わない」

「………………………ほんとに?」

「あぁ。永遠は誓えないが、それだけは誓う」

「………………………………」


 心臓の心拍音が、愛奈甘に伝わってしまうほど大きいが、その大きな胸がクッションになって伝わらない事を願いつつ、じっと愛奈甘の瞳を見つめる。


 10秒ほど互いに互いを見つめ合い、


 そして、


「……………………うん。わかった」


 と、愛奈甘は納得してくれた。


「………………………………」


 ほっと、心の中で、胸を撫で下ろす。


 今回は折れてくれたけど、また他の女の子と話しているところを目撃されたら、ただでは済まないだろう。薬指の一本は覚悟しといた方がいいっぽい。


 このまま暴走したら、僕は童貞を卒業してしまいそうだったが、その一線は越えなさそうで一安心。別にそれに希少価値はないけど、こんなムードもクソもない無理矢理で、初めてが姪とかありえない。


 肩の荷は増える一方だが、大事な物は守れているので良しとしよう。明日からまた大変だけど、卒業式までもう少しだから、どうにか持ち堪えて欲しい。僕の体、ファイト!


「ところで愛奈甘さん。話し終えたんだから、縄、解いてくれない?」

「やだ」

「………………………なんで?」

「いい機会だし、もっと楽しみたい♡」

「………………………………」


 あー………。やばい、どうしましょう。


 自力で解けるほど縄は緩くなさそうだし、酒飲んで寝たら、朝まで起きない姉貴を起こすのは不可能に等しい。夜の早い親を起こしても寝坊助で、目を覚ましても、いつも通り「あらあら仲が良いのね」で終わる。


 そして何より。


 愛奈甘さんすっごい笑顔。チョコ食わされた時と同じぐらい超笑顔。


「えへへ………ゆーにぃのおち○ち○見るの久しぶりだなぁ。小学生以来だっけ?あっ、さっきお風呂でチラッと見えたから、久しぶりでも無いのか」

「ち○この記憶など掘り起こさんでいい」

「私が下着なんだから、ゆーにぃもパンツだけになってもらわないと不公平だよねー」

「お前が勝手に脱いで忍び込んだんだろうが」


 僕の服を剥ぎ取る愛奈甘。迷いのない手つきでパジャマのボタンを外し、僕をあられもない姿へ変えていく。現代版「良いではないか〜」ってやつか。男女逆だが。


 最終防衛線であるパンツを脱がされる前に、意外な彼女の弱点である「怪談」の十八番おはこを、暗記した内容をなるべく不気味に語って、怖がり耳を塞いでる間に何とか逃げ出し、事なきを得たが、正直「終わった」と思った。


 ホラーに近しいヤンデレ女が、怖い話を嫌うのは、いわゆる同族嫌悪というやつだろうか。うん、たぶん違うね。

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