第二十二話 ☆0の扱い

「ふわぁあぁぁ」


 中央ギルドに向かう途中大きな欠伸をしながら目を擦る。今日はまだ朝も早く鳥さえ起きていないような時間からクラリスに叩き起こされ、こうして戦利品の売却に向かっている。


 なぜこんな早い時間からという気持ちでいっぱいだが、クラリス曰く


「朝は早い方がいいじゃろ。その方がたくさん行動できる気がするし、早く旅してみたいからの」


 だそうだ。僕はこんな早くから起きたくなかったよ。そんな事をまだ寝ぼけている頭で考えていると


「お!見えてきたぞ!ロイドの売却して得た金で沢山リンカ酒を買い込んでいこうぞ」

「早くリンカ酒が飲みたいだけじゃ......」

「いいから早く来るのじゃ」


 そう急かされ中央ギルドの前に立つ。スキルを神様から授かった教会よりも大きい建物に少し怯んでしまうが、何と言ったって僕もスキル持ちの一冒険者、何も怖がることはない。


「たのもー!!!」


 そんな僕の逡巡は一瞬でクラリスの間抜けな叫び声にかき消される。中にいた一同がこちらを根定めするように見てくる。まだ朝が早いからかそこまでの人はいないが、それでも昼間のエルナトのギルドメンバーくらいの数はいる。


「おいおい、ここはいつから託児所になったんだ?」

「こんなガキ二人が来てもママはいないぞ」


 そんな失礼な言葉が左右から飛んでくる道の中を真っ直ぐと受付カウンターまで進んでいく。僕は萎縮してしまっているのに、クラリスなんか胸を張って歩いている。幼女だけど。


「いてっ」


 そう思っていたら何かに後頭部を軽く殴られた。


「お主今何か失礼な事を考えていたじゃろ」

「か、考えてないよ。(何で読めるんだよ)」


 受付にたどり着く直前にまた後ろから頭を叩かれる。


「だから何も考えてないってクラリス」

「何のことじゃ?」


 またクラリスに叩かれたのかと思い文句を言おうとすると、クラリスじゃないという。つまり、誰かに頭を叩かれたということ......


「おい坊主、ここはガキが遊ぶ託児所じゃねーって聞こえなかったのか?」


 そう低くどすの利いた声をかけられ、首が錆びついた人形のようにゆっくりと振り向く。そこには体中に傷が付いている浅黒い肌の男が仁王立ちしてこっちを見下ろしていた。


「え、い、いや、僕たちは近くの森で倒したベアウルフの核とか素材を売りに来ただけで。ね、クラリス」

「いや、知らん。お主がなんか売るというから付いてきただけじゃ」

「ちょ、ちょっとクラリスー!!!」


 ギルドに一瞬の静けさが流れた後、一斉に笑い声が溢れる。


「おい!聞いたかよお前ら!こんな弱っちいガキがベアウルフを倒してきたんだとよ!そこらの野良犬にすら勝てなそうなのにな!」


 耳までかぁっと熱くなるのを感じながら反論する。野良犬だって?こっちだって死ぬ思いをして戦ってるのに。


「僕だってハンターだ!ほら、見てよ」


 そう言い首から下げているハンターの証である、クラスも刻印されているハンターペンダントを見せつける。


「ママにでも作ってもらったのか?見せてみろよ......。ん?これ本物か?」


 ペンダントに顔を近づける男が、さっきまでの馬鹿にしていた表情ではなく少し真剣な顔つきになる。


「お前本当にEクラスのハンターみたいだな。見かけだけで判断して馬鹿にしてすまなかったな。おい!このガキ本物のハンターだ!そうなればこいつも仲間だ!今日はこんなルーキーの為に宴だ!!!」


 ころっと手のひら返しをした態度に戸惑い、クラリスに助けを求めようと振り向くとそこにクラリスがいない。それに朝から宴って......。大きいギルドはみんなこんな人だらけなのか?クラリスに同意を得ようと思ったら、さっきまで側に居た幼女がいない。嫌な予感がする。


「クラリス?!」


 どこ行ったかキョロキョロしていると遠くから聞き覚えのある幼女ボイスが聞こえる。


「おい!こっちにもっとリンカ酒持ってこんかーい!!」

「嬢ちゃんすげーな!まだ小さいのにこんなに酒飲んじって!」

「わしは魔王じゃからな!すごいのじゃ!」

「おっ、魔王とはこりゃたまげたな!ほら、魔王様お注ぎしますぜ」

「わはは、良いの良いの!」


 何なんだまったく......。さっきまで僕たちあんなにバカにされてて悪口言われてたのに何でもう仲良くなってるんだよ。まぁ良いか。とりあえず僕は買い取りをしてもらおう。


「す、すみません」

「はぁい」


 受付嬢はすごくどこかふわふわしている感じで眠そうなお姉さんだ。中央ギルドで受付をするのに、こんな感じで大丈夫なのかと心配すら覚える。


「魔物の核の買取と、変異種の角の買取をお願いしたいんですけど」

「わかりましたぁ。では先にハンターペンダントをお願いしまぁす」

「ハンターペンダント?良いですけど何でですか?」

「ハンターペンダントに何の魔物をどれだけ討伐したかを記録しておくのですぅ。沢山討伐していると、クラスアップ試験でも優遇されるとかがありますよぉ。他にも色々あるんですけどねぇ」


 なるほど。僕がすぐにEクラスに上がれたのも、ニーナさんやギルマスが僕のペンダントに討伐したゴブリンの数とかを記録していてくれたおかげもあるのかもしれないな。


 それにしてもやっぱり中央ギルドにもなると仕事に慣れているんだな。話し方とかは時間軸が違うんじゃないかって思う遅さだけど、作業自体はすごくスムーズに進んでいく。もうすぐ終わりそうな雰囲気が出た時


「あれ、ロイドさんこれって本当ですか?」

「どれですか?」

「ここです。スキルの欄が空欄なんですが、スキルはまだ授かってないんですか?」


 どういう仕組みか、ペンダントから僕の情報の一部が空中に投影されている。


「おいおい坊主。お前スキルもないのに魔物まで討伐してきたのかよ!すげえな!」

「いや、ははは。スキルなら昨日もらったんですけど......」

「そうなんですねぇ。じゃあ今登録しちゃうので、ここに手を乗せてください」


 教会でスキルを授かった時みたいに魔法の石板に言われた通り手を乗せる。ひんやりとした感触が手のひらから伝わってくる。


「そのままちょっと待ってくださいねぇ」


 受付嬢がそう言い手元の何かを操作している。そうしていると、浮かび上がっている僕の名前とハンタークラスの下にスキルが浮かび上がってくる。


「あっ、スキルが出てきましたよ」

「はい、もう大丈夫ですよぉ。ロイドさんのスキルは......」


 そう言いかけた言葉が途中で止まる。口に手を当てたままの受付嬢に違和感を感じざるおえない。


「......おい、坊主。これはほんとか?何かの間違いか?」

「え?これってスキルのことですか?」

「あぁ」

「はい、僕のスキルは☆0の状態異常です。☆0なんて恥ずかしいんですが」


 そう何故か少し申し訳ない気持ちになりながらも正しいと伝える。さっきまでとても賑やかだった中央ギルドの中がいつの間にか静かになっている。


「今すぐここから出て行けぇ!!!!!」

「?!?!」


 さっきまで最初は怖かったけど親しげに接してくれた男が豹変する。それに釣られて周りにいたハンター達も次々と罵声を投げかけてくる。


「おいガキ!スキルが☆0のやつがギルドにしかもその中心中央ギルドにいて良いわけねーだろ!」

「そうだ!早く出ていけ目障りなんだよ!この国の穀潰しが!!ギルドの依頼はもちろん、他の仕事をしようにもスキルがそんなんじゃ何もできねーくせによ!!」


 あまりの暴言の嵐に一瞬思考が止まる。さっきまでみんな荒っぽくも優しく接してくれたのになんで?という気持ちが止まらない。その余りに急な雰囲気の変化すら気にせずクラリスがリンカ酒を飲んでいるのだけが本当に意味がわからないけれど、一周回って落ち着きを取り戻させる。ありがとう。


「そ、そんなスキルが☆0なのがダメなんですか?」

「当たり前だろ!何も知らねーのかガキ、この世はなスキルが全てなんだよ!!!神様からもらったスキルが使えなかった時点でもう人生は詰んだも同然なんだよ!しかも、☆1ですらもう使えねーゴミなのによ、☆0なんか生きてる価値があると思ってんのか!早く出てけ、ここの空気が汚れるだろうが!!!」

「そんな......」


 まさかそんなに☆0がダメな事だったなんて思わなかった。教会で笑われた時はもちろん腹は立ったけど、僕だってこのナイフもあるしギルドでハンターとしてやっていけると思ってた。なのにまさかこんな......。


「ロイドさん、いいえロイド。この核などはうちでは買い取れないのでお引き取りください。☆0のスキルなんかで魔物を狩れるほどこの世界は甘くないです。どこかで盗んできたんですか?もしそうなら今すぐ衛兵を呼ばなければいけない」


 あんなにのほほんとしていた受付嬢すらまるで寝ぼけていたのが目が覚めたように纏っている雰囲気まで変えて責めてくる。


「そうに決まってる!お前ら、こいつらをここに捕まえておけ!俺は衛兵を呼んでくる!」


 男が中央ギルドから走って出て行く。僕はここで国に捕まるのか?何もしていないのに?ただ神から授けられたスキルが☆0だっただけで?......そんなのは絶対に嫌だ。僕はこれから皆んなを見返して行くんだ。こいつらだって絶対に!


「クラリス!逃げるよ!」

「なんじゃせっかく人が気持ちよく酒を飲んでいるのに」

「そんな場合じゃないよ!僕たちこのままだと国に捕まっちゃう!」

「そうなのか?それは困るのぉ」

「だから逃げるんだって!」


 急いでギルドの出入り口に向かって走る。でもまだまだ子どもの僕とクラリスの足じゃ遅すぎて、出入り口を何人ものハンターは塞がれてしまう。強すぎる焦燥感に押し潰されそうになる。


「クラリスどうしよう!出入り口も塞がれちゃったよ!」

「しょうがないのぉ。このギルド出たらリンカ酒を買ってくれるなら助けてやろう」

「そんなこと言ってる場合?!まずいよ!」

「そんなことってわしにとっては大事なことじゃ。どうするか?」

「分かった!分かったよいくらでも買うから!お願いクラリス!」


 リンカ酒なんて今は心底どうでも良い。そもそもこの危機的状況を打破できなければリンカ酒すら飲めないんだから。


「やったぁ!嬉しいの!たくさん買ってもらうんじゃ!よし、では行くぞロイド」


 見た目の通り無邪気に喜ぶクラリス。喜ぶポイントが酒なのがなんとも言えないが......。しかし、心を決めた途端にクラリスの雰囲気が急変する。周りの空気が一気に重くなり、温度すら下がったように感じる。


「な、なんだこのガキ......。痛めつけて、縛っといてやる!」


 手前にいた男が縄を持って走って近寄ってくる。


「......ヒドゥン」


 そう小さくクラリスが呟いた。特に詠唱もなく、ただボソッと呟いただけだ。だけど僕ら以外の反応は予想だにしなかったものだった。


「は?!ガキ二人はどこに行った?」

「......消えた?そんなわけねぇ!確かに今までここにいたのに!」


 周りのハンターたちがまるで僕らの姿が見えなくなったような感じであたりを探し回っている。それこそ本当に僕たちが消えてしまったように。どう言うことなのかクラリスに聞こうとすると、


「ク」


 名前を呼ぼうとした瞬間背伸びで口を塞がれる。なんか可愛いなこの体勢。いや今はそんな事は関係ないし、こんな見た目でもただの酒好きの魔王様だ。僕の口をふさいだクラリスは、もう片方の手で口の前に指を立て静かにしろと合図を出してからギルドの外に出ようとジェスチャーしてくる。

 そのジェスチャーに無言で頷き、二人で堂々と正面出入り口から中央ギルドを後にし、しばらく歩く。


「もう良いぞロイド」

「え!なんだったの今の!」

「今のはヒドゥンという魔法じゃ。まぁ詳しい事は宿に戻ってから話すからとりあえず帰るかの」


 そう言い、「どうじゃわしの力は」と聞こえてきそうな表情をしたまま僕の横を歩き出した。

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僕の不遇スキルが魔王に気に入られたようです 灰色の姫 @haiironohime

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