第二十話 魔王クラリス

 ーーー約五十年前、世界はまだ人間と魔族との戦争が絶えず起こっていた。しかし、ある日を境にその聖戦とも呼べる戦争は幕を閉じる。


 数いる魔族を次々と蹴散らし、魔族の幹部である四天王すらも凌駕する力で魔王の下までたどり着いた人間の希望である勇者一行。そのメンバーは後に御伽噺として語り継がれることも多々ある聖剣の勇者アーサー・ミリオンと賢者プリシェラ、教皇のアーディラそして荷物持ちのロベルトの四人だ。


 勇者一行は果敢に魔王に立ち向かうが、配下であった四天王達とは次元の違う強さや無限に出てくる魔法、そして使役していたケルベロスの前に敗北を喫してしまう。マナも尽き果て、死すら覚悟した勇者一行に魔王が持ちかけたのが今の世界を創り上げるきっかけとなった和平条約と、差別のない国自由都市国家スピカの設立だった。


 スピカにはそのスキルの強さと特殊な使い方から、教皇のガイアを置くことで差別をなくす事を考えた。その考えに、この人間と魔族の聖戦に疑問を持ちながらも人類の希望として戦っていたアーサーは賛同し、当時の人間国の中心であったシリウスに戻り手配を進めスピカの設立に至った。


 しかし、魔族を滅ぼして欲しかったシリウスの国王はノコノコと帰ってきて和平を結ぶと言い出したアーサーを面白く思わず、聖戦失敗という名目とその全ての責任を被せ処刑してしまった。


 その無念と止められなかった後悔から賢者プリシェラは今も世界を放浪し、教皇アーディラはその最後のアーサーとの約束を今も全うしている。荷物持ちのロベルトに関してはどの本や御伽噺にもほとんど記載がなく、目立った活躍として語り継がれている噂なども皆無なので謎に包まれており、その存在すらも今では怪しまれている。





「その話に出てくる魔王がわしじゃ」

「えーーー?!?!」


 驚きのあまり大声を出しすぎて、お店にいる人のほとんどがこちらを剥いて白い目をしてきた。


「全く、ずっとわしが魔王じゃと言っとるだろうに」

「いやでも信じられないよ。魔王ってもっとこうなんか色々見た目でわかる特徴とかあるでしょ?」


 そう。言い伝えの中の魔王は身長は二メートルを超える巨体であり、禍々しい二本の角が額から天に伸びており、その背中には闇より深い漆黒の翼が生えている。


「それは全部嘘じゃ。わしがアーサーに頼んで嘘の魔王像を伝えてもらったんじゃよ。あ、でも翼ならあるぞ?」


 あっけらかんと言い、背中に生えている小さいぴょこぴょことした翼を見せてくるクラリス。


「そうなんだ......。じゃあ、召喚獣のケルベロスは?」

「ケルベロスは本当じゃ。見せれば信じてくれるかの」


 ーーーケルベロス。三つの頭を持つ凶悪極まりない番犬にて、魔王を護衛する召喚獣。その角で黒い稲妻を降らせ、その口で噛みちぎった人間は数えきれない。


「し、信じるよ」


 生唾を飲み込みながら脈打つ心臓を押さえ込み答える。


「じゃあ見せてやろう。特別じゃぞ」


 そう言い、目をつぶったクラリスはまるで先ほどとは別人のような空気を纏う。息ができなくなるようなプレッシャーが目の前の女児から発せられている。


「はぁっ!サモン!!!」


 バリバリと鼓膜を震わせる音があたりに響く。この瞬間になり、何故外で召喚を頼まなかったのかという後悔に駆られた。こんな場所でケルベロスなんて召喚されたら


「ワオンっ!」


 ......お店が粉々なることはなかった。机の上に現れたちょこんとお行儀よく座る黒い毛の子犬を見ながら僕は想像とは違うその姿に口を開ける。


「ほれ、ケルベロスのケルちゃんじゃ」


 確かに頭は三つあるし、それぞれに刺さったらとても痛そうな角もある。背中には羽も生えているよ。でも......


「なんか想像と全然違うんだけど......」

「なんじゃその反応は!そりゃ通常サイズで出したら二軒先の店まで潰れるぞ!」

「そ、そんなに大きいんだ。でもなんか可愛い」


 頭は三つあってどれを撫でていいか分からないから背中を撫でてやるとすごく嬉しそうに近くに寄ってきて手の平を舐めてくる。


「おっケルちゃんに懐かれとるの。流石ロイドじゃ。ケルちゃんは普通の人間かは懐かんからな」

「そうなの?じゃあなんで僕には?」

「それはいずれ分かる時が来るのじゃ」


 こんな人懐っこそうなのに人間にはあまり懐かないのか。でもまぁ、人間と戦い続けた番犬ケルベロスだもんな。本当なら。


「他になんか魔王だけしか持ってないものとか何かないの?」

「まだ疑っとるのか?うーん、そうだこれとかどうじゃ」


 クラリスが唐突に左手を目の前に突き出してくる。その手のひらを見つめていると


「これは......!」


 中指にさっきまではなかった指輪が付いていた。


「これって、魔王しかつけられないと言われてる円環の指輪?!」

「そうじゃ。これをつけている限り魔王、つまりわしは死なない」

「すごい!円環の指輪の逸話は本当だったんだ!」

「ふふーん、すごいか?すごいじゃろ」


 僕は興奮してその指輪を触ってみようとする。


「ダメじゃ!魔王以外がこの指輪に触ると......」

「触ると?」

「死ぬ」

「え?」

「死ぬんじゃ」


 円環の指輪まで後数ミリだった僕の手はその場でブルブルと震え出す。


「危なかったのロイド。お主今死ぬ寸前だったぞ。だからこういう事故が起きないよう普段は消しておくのじゃ。わしが念じると具現化するようになっておるんじゃ」


 あまりに突然の死の宣告に餌を求める魚みたいに口をパクパクさせてしまう。


「僕今死にかけたのか......。危なかった。」

「良かったな触らなくて!それより今日はどこに泊まるんじゃ?」

「それよりって......。あ、でも宿決めてなかったよ。スキルに絶望しちゃってて」

「いいスキルだと言っておろうに......。(宿にでも着いたらさっきの続きを話してやるか)」


 とりあえずご飯も食べ切ったことだし会計を済ませ、宿を求めて店の外を歩く。しかし、もう日も暮れ夜も更け始めており宿もいっぱいのところが多い。


「なかなか無いね」

「そうじゃのぉ。これじゃ野宿になってしまうぞ」


 ダメ元で入った六軒目の宿。


「いらっしゃい。申し訳ないが今日は......ってあんたらはさっきの」


 そこで受付に立っていたのは、さっきの広場の揉め事の時に二人をなんとか止めようとしてた人だった。


「さっきはありがとな。あいつらあんたらの魔法がなかったら死んでたよ。うちの宿の目の前で人が死ぬのはごめんだからな。礼も兼ねて、一般客には貸してない部屋があるから泊まってきな」


 僕たちは思いもよらぬ幸運で宿を見つけることが出来たのだった。

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