第七話 ニーナの過去
「じゃーん!ここが私おすすめの宿です!」
えへんっと言わんばかりに胸を張ってニーナさんが紹介してくれたのは、ギルドから歩いて十分くらいの距離にある二階建ての宿だった。
「ここは二階が部屋になっていて泊まれるようになっています。そして、一階部分は食事処になっていてお腹が空いたらすぐに食べれるようになってるんですよ!」
「すごい良いところですね!さすがニーナさんです、ありがとうございます」
「いえいえ、かくいう私もギルド職員として仕事を始めてすぐ、お金がなかった時は一時期ここに住んでいたんです。今はギルドにある職員宿舎に住んでいるんですけど、なにぶん職員宿舎は高くて新人で住んでいたらお給料がほとんど無くなってしまうので。それでは中に入りましょう!」
なるほど、ニーナさんが昔住んでいた宿ならかなり安心できる。元気に手を引くニーナさんに連れられ、少しの緊張を持ちながら宿に入る。宿の一回は食事処とあり、席の半分くらいのお客さんが酒やご飯を楽しんでおり、うるさ過ぎない程度に賑わっていた。
「じゃあ早速部屋をとりに行きましょう」
カウンターの奥にいるスキンヘッドの男性が店主のようで、給仕の女性達に指示を出していた。
「すみません、部屋をとりたいんですけど良いですか?」
「はいよ、ちょっと待ってもらえるかしら」
そう言い、女性のような話し方をする店主らしき人はカウンターから予約表を探す。
「ええと、何泊かしら?ってニーナちゃんじゃない!久しぶり〜!」
「お久しぶりです、ヘレンさん!」
「ほんとよ〜、ギルドの宿舎はどう?」
「えーとまぁぼちぼちですね、ここに住まわせてもらってたのが懐かしいですほんと」
ニーナさんがとても楽しそうに話している。
「またきても良いのよ〜。そっちの坊やは?」
「はい、こちらのロイドさんをここの宿で住まわせてもらいたいなぁって思って!」
「まぁまぁ、こんな若いのにもう一人で生活してて偉いのね。ニーナちゃんの紹介ってことはハンターさんかしら?それだったら長期で使うわよね?」
「はい、そのつもりだと思ったんですがロイドさんどうしますか?」
「ええと、長く泊めてもらいたいのですが、あいにく手持ちのお金がほとんどなくて......。一泊いくらですか?」
「そうね〜、ニーナちゃんの紹介もあるし一泊と言うか、ひと月で金貨一枚と銀貨五枚でどうかしら?」
「金貨一枚と銀貨五枚......」
「それに、寝泊りが出来るだけじゃなく毎日朝ご飯付きよ〜。シャワーは無いから近くの湯屋で使ってもらうことになるんだけど」
僕の手持ちは今スライムの核を買い取ってもらって手にした銀貨一枚しか無い。確かに、宿相場で考えると破格の値段かも知れないがとても今の僕じゃ住むことができない......。宿がこんなにも高いなんて知らなかった。
そう僕が悩んでいると
「それで大丈夫です!じゃあこれでお願いします!」
そう言ってニーナさんがヘレンさんに金貨一枚と銀貨を五枚渡す。
「毎度〜、今日はタダにしてあげるからご飯食べて行きなさい」
「やったー!ありがとうございます!じゃあ席に着こうかロイドさん!」
「え、え、ニーナさん、あの」
「とりあえずご飯でも食べながら話しましょう!私もうペコペコですよ」
「あ、わ、わかりました」
何がなんだか分からないまま僕はニーナさんと近くの空いていた席に座る。
「おまたせ〜、適当でいいわよね〜」
ヘレンさんがそう言いながら、テーブルの上にお肉や野菜などの料理とニーナさんにはエール、僕にはオランジを絞ったジュースを置いていく。
「ありがとうございます!ではでは、ロイドさんのハンターとしてのこれからを祝して乾杯!」
「え、あ、乾杯」
ニーナさんの流れに逆らうことができず、飲み物を軽くぶつけ合う。
「ん〜、やっぱり仕事で疲れた後のエールは美味しい。ささ、ロイドさんもたくさん食べてください」
「あの!ニーナさん、宿代の金貨一枚と銀貨五枚はどうすれば......」
「早速その話ですか......。ロイドさんはせっかちさんですね。そうですね、きっとロイドさんはまだ銀貨5枚もお待ちでは無いと思ったので、私が先に払ってあげちゃおうと思いまして!もちろん、いずれ返してはもらいますけど、それはロイドさんに余裕ができてきてから徐々に返してもらえれば大丈夫ですよ!」
ニーナさんはエールを煽りながら優しくそう言ってくれる。
「でもそんな悪いですよ、今手持ちがないのも確かなんですけれど......」
「いいんですよ、私だって大人なんですから!」
「何から何まで気にかけてもらっちゃってすみません、ありがとうございます」
「全然いいんですよ!それに、ロイドさんは私の弟にどこか似ていて放って置かないんです」
「弟さんですか?」
近くにいた給仕に追加でエールを頼みながらニーナさんは続ける。
「そうなんです。つまらない話でもして良いですか?」
「はい、是非聞きたいです」
「ふふっ、ありがとうございます」
それからニーナさんはエールを何回も頼み直しながら弟の話をしてくれた。もう十年くらい前になるみたいだが、ニーナさんの弟はいつかハンターになるとずっと言っていて元気な腕白少年だった。しかしある日、ハンターごっこをしてくると言い、いつもみたいに近くの森に遊びに行ったっきり帰ってこなくなってしまい、近隣の住民総出で探したがニーナさんはそれ以降弟には会えなかったみたいだ。
「それで、ギルドの職員になればいつか弟がハンターとしてのギルドに来てくれるんじゃないかなって思ってこの仕事についたんです......。すみません、暗い雰囲気になるお話をしてしまって」
「ぐすっ、ぞんなごどがあっだんでずね」
「えっ、ロイドさん、なんでそんなに泣いているんですかっ」
「不思議と涙が出ちゃって、すみません......」
「大丈夫ですよ。それでロイドさんが年頃も雰囲気もどこかあの日居なくなっちゃった弟に似てて、そしたら何か放っておかなくなってしまって......お節介だったらすみません」
「全然そんなことないですよ!本当に助かりました、ありがとうございます」
「いえいえ、冷めないうちに残りの料理も食べてしまいましょう!エールもまだ飲み足りないですしね!」
「そんな呑んじゃって大丈夫ですか?」
弟の話をしている時もずっとエールを呑んでいて、もう十杯以上は飲んでいるニーナさんを心配すると
「全然大丈夫ですよ!私も大人ですから!」
〜三十分後〜
「ニーナさん?大丈夫ですか?」
「......もうのめませんよぉ」
「あのー、ニーナさん?」
「わたしはおとななんですからぁ〜」
完全に話が通じなくなってしまったニーナさんにあたふたしていると
「あらら、ニーナちゃん寝ちゃったのね〜。あんまりニーナちゃんってエールとか飲まないからちょっと心配だったのよねぇ〜。ロイドちゃん、今日はニーナちゃんも一緒に泊まっていったら?」
「え、いいんですか?」
「良いわよ〜!でも今日は満室だから、一緒の部屋だ・け・ど」
「え......」
「そうと決まれば早速お部屋に案内するわよ〜。私がニーナちゃんを担ぐから、ロイドちゃんは荷物を持ってあげて」
「は、はい!」
そんなこんなで部屋まで案内されてしまった僕とニーナさん。
「それじゃあおやすみ〜」
そう言ってヘレンさんささっさと一階のお店に戻ってしまった。
「どうしようかな......。ニーナさん端っこで寝てるし反対向いておけば僕もベッドで寝ても良いかな」
そうぶつぶつと考えながらベッドの中にもぐってみる。あぁ、何故か心臓の音が大きすぎて、ニーナさんに聞こえてないから心配になる。
「んんっ」
「ひっ」
ニーナさんが僕の方に寝返りを打ってきた。だめだ、緊張のあまり体は疲れているはずなのに目が冴え渡ってしまってとても眠れそうにない。
「やっぱり、椅子に座って寝よう」
そう思いベッドから出ようとすると、
「やだよ......。私を置いてどこかに行かないで......」
そう、今日会って沢山世話を焼いてもらったニーナさんからは想像できないか細い声が聞こえた。
振り返るとニーナさんは静かに寝息をたてながら寝ていた。きっと今日弟の話を僕にしたことで、また嫌な記憶を思い出してしまったのだろう。そのことに申し訳なさを覚えつつ、ベッドから出ることはやめ静かに目を閉じる。さっきまでの心臓の後は鳴り止み、深い深淵が僕を誘い、次の日のお昼まで僕は一回も目を覚ますことなく深い眠りについた。
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