第十三話 鬼教官

「ふわぁあぁぁ。なんかすごいよく寝れた気がするな」


 寝ぼけ眼を擦りながらゆっくりと体を起こす。


「おはよう、ロイド」

「おはよう、レイラ」


 レイラは僕より一足先に起きて、すでに着替えまで済ませていた。


「お腹減ったから早く朝ごはんが食べたい」

「ごめんごめん、僕もすぐ用意するから少しだけ待ってもらえる?」

「(こくっ)」


 ぎゅるぎゅるとレイラのお腹からものすごい轟音が聞こえてきて、僕は不覚にも笑いを堪えきれなくなってしまう。


「笑わないでよ、恥ずかしいから」

「だってこんなすごい音で......はははっ、あんなに昨日の夜も食べたのに」


 そんな話をしながらも用意を終える。


「じゃあ食べに行こっか」


「あらぁ、ロイドちゃんにレイラちゃんもおはよう」

「おはようございます!」

「おはよ」

「すみません、昨日の夜あれだけ食べ納めって頂いたのにレイラがどうしてもって言うんで朝ごはんも食べてからスピカに向かうことにします」

「あらあら、嬉しいわそんな喜んでくれて〜。いっぱい食べていきなさい」


 本当の本当にヘレンさんの料理も食べ納めて、荷物を取りに部屋に戻る。また戻ってくるとは言え、しばらくこの部屋ともお別れとなると少し寂しさを感じる。


「じゃあ出発しよっか」

「行こう」


 ヘレンさんとその他の給仕さんにも軽く挨拶を交わして、宿を出る。


「おはようございます!待ってましたよ!!」


 宿を出た途端、ニーナさんが元気に挨拶してくる。


「あ、ニーナさん。おはようございます」

「おはようございます、ロイドさん!レイラちゃんもおはようございます!」

「おはよう」

「どうしたんですか?こんなところで」

「どうしたんですか?じゃないですよ!!今日旅立つって言うんで、そのお見送りに来たんです!!」

「あ、わざわざすみません」

「全然ですよ!そ、それより......」

「なんですか?」

「これ......。ロイドさんが無事にスピカで良いスキルをもらって、またこの街に帰ってこれますようにってお守りを作ったんです......」


 そう少し俯きながらニーナが小さい袋を僕の方に渡す。


「え......あ、ありがとうございます!」

「いいんですこれくらい!ロイドさん、無事に帰ってきてくださいね......」

「はい!もちろんですよ!」

「それとこれも......」


 そう言いながら、今度は少し大きめな皮袋を渡してくる。


「これはなんですか?」

「それはマジックバックですよ。聞いたことありますか?」

「いや、初めて聞きました」

「そーなんですね。それはマジックバックと言って、その口に入る大きさのものだったらほとんど無限に入れることができるマジックアイテムです。そのマジックバックだと、手のひらサイズくらいのものでしたら入りますね」

「え!!!!そんな貴重なものをもらっちゃっていいんですか?!」

「いいんです!それ昔実家にあったものなんですけど、どうせ誰も使いませんし!それなら少しでもロイドさんの助けになればなって思って」

「で、でも」

「いいんですってば!だから......また元気な顔で戻ってきてくださいね」

「......はい、大事に使わせてもらいます」


 そう言い、僕はそのマジックバックを肩からかける。こんな貴重なもの絶対に無くすわけにはいかない。大切に使おうと心に誓った。


「ではそろそろ行きます」

「はい、気をつけてくださいね。レイラちゃんもまたいつでもおいでね」

「気が向いたらまた来るよ」

「お待ちしてます!」

「じゃあ行ってきます!」


 別れの挨拶を終え、後ろ髪引かれる気持ちもあるが街の外へと向かっていく。


「レイラ、ここからスピカまでは大体歩いて二週間くらいだよ。野宿が多くなると思うから、何かあったらすぐに言ってね」

「うん、大丈夫。むしろロイドこそ大丈夫?」

「え?何が?」

「私思ったの。こないだゴブリンと戦った時、ロイドはマナ欠乏症で倒れちゃったじゃない?だから助けてもらったお礼にロイドを鍛えてあげようって」


 レイラが今まで見せたことのないような満面の笑みでそう言う。


「え?どう言うこと?意味が全然わからないよ」

「まぁすぐにわかるから。行きましょう」

「?うん、行こっか」


 少しの疑問を抱きながらスピカに向かって歩き始める。




 そしてすぐに僕は地獄を見ることになる。


「マナサプライ!」

「うがっ!!!」

「大丈夫?ロイド」


 失神状態からレイラの魔法によって呼び起こされる。出発してから今日で十日、僕はレイラ教官に鬼の扱きを受けている。あれは出発した日のこと......。




「ねーレイラ、そろそろ教えてくれない?僕を鍛えるってこと」

「そうね、ちょうどいいわ。あそこにスライムがいるのが見えるかしら?」

「わっ!本当だ!戦わないと......!」

「待って待って。ここからあのスライムの核を切って」

「え?そんなの無理だよ。このナイフじゃ届かない」


 僕はレイラに見せつけるようにナイフを取り出しながら言う。しかし、レイラはまた満面の笑みになる。


「忘れたの?ロイド。そのナイフはマナを通すことで切れ味も良くできるし、その刀身も伸ばせるのよ」

「え?もしかして......」

「そうよ。ここからマナを通したナイフで倒しなさい」

「そんなことしたらまたマナ欠乏症に」

「い!い!か!ら!」


 レイラの圧に負けて僕はここから戦うことにした。


「とりあえずやってみるよ」

「そう、それでいいのよ」


 スライムの方を向き、ナイフを前に構える。


「はあぁああぁぁぁぁあぁ!!!」


 一気にマナを込めたナイフはその刀身をものすごい速度で伸ばし、スライムが気付く前にその核を貫いた。


「で、でき......」


 気付くと僕はレイラの膝の上で仰向けになっていた。


「あれ、僕はどうして」

「さっきスライムを倒した時にマナ欠乏症になったのよ」

「は?!?!」

「だから、さっきスライムを倒した時にマナ欠乏症に」

「それは分かったよ!なんでもう目が覚めたんだ?」

「それは私がマナをロイドに分けてあげたから」

「?!そんなことができるの?!」

「うん、出来るよ。魔族しかできない魔法だし、みんなの前ではバレると面倒だからやらなかっただけ」


 悪戯気に笑いながらレイラが言う。それに対し僕は口をあんぐりさせたまま声を出さずにいた。


「ロイドは多分普通の人に比べてマナの保有量も少ないし、マナを入れておく器も狭いの。そこらへんの五歳くらいの子どもと同じくらいしかないかも。でもね、マナの器広げる方法が一つだけあるのよ」


 僕はなんとか自分を取り戻し、絞り出すように聞く。


「そ、その方法は?」

「ひたすらマナを何回も何回も空になるまで使い切ること」


 僕は目の前が真っ暗になっていくのが分かった。


「せっかくだから、スピカに着くまでの間にたくさんロイドの器を広げましょう!大丈夫、もしマナ欠乏症になっても私がまたマナサプライでロイドに私のマナを分けてあげればすぐに回復するから!」


 この時すでに僕は考えることを放棄していた。レイラの言っていることは簡潔に言えば、何回でも僕に気絶し続けろと言ってるのと同義だ。


「それに狩った魔物は核をマジックバックに入れてスピカで換金すればお金にもなるわ。一石二鳥ってやつね」

「ち、ちなみにどれくらいまで器が広がれば終わりにするの?」

「器なんて大きければ大きい方が良いんだからそんなのスピカに着くまで続けるわ」

「そうですよね......お手柔らかにお願いします......」

「嫌よ、全部ロイドのためだもの。さぁ、体を起こして。続きを進むわよ」

「僕、本当にスピカ着く前に死なないといいな......」


「マナサプライ!」

「マナサプライ!!」

「マナサプライ!!!」

「マナサプライ!!!!」


 あの日から今日まで僕は、マナ欠乏症で気を失ってはマナサプライによって起こされ、また限界まで使わされると言う本当に鬼畜極まりない教えを受けていた。


「さぁ、どんどん魔物を狩ってどんどんマナを鍛えるよ」

「本当に何回気を失えば......」


 不安に怯えながら僕はゆっくりと体を起こしながら、そんなことを考えるのだった。 

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