第五章 家族の形 3
不動峰子は思案していた。その様子を前に立っている男二人はじっと見つめている。
久我山信明からの要求は彼女にとってさほど難しいものでは無かった。それによって信明が何がしたいのかも彼女には理解できた。
信明がそのことを不動峰子に話した時、及川守は明らかに不快感を表し反対した。それを信明が強い口調で説得した。信明のイメージからは外れたとても感情的なものの言い方で、それを見ていた不動峰子はどうしてここまで必死になるのだろうと考えていた。
彼女はここ半年の間、久我山信明の身辺を調べていた流れで色々なことを知っていた。及川守と信明の関係はそんな中、偶然知るに至った。しかし、その知った事実を踏まえても信明がこうまでしてやろうとしていることに違和感があった。
峰子が信明に視線を送ると、信明は先程までの感情的な部分は微塵も感じさせない静かだが力強い眼差しでこちらを見ていた。
及川守は一旦視線を合わせたが、直ぐにそれを逸らし、足元を見て押し黙った。
信明に頼まれた内容は、及川守のアリバイ作りだった。及川守のアリバイの無い時間帯に一緒にいたことにしてくれないかという至って簡単な依頼だ。このことによって及川は容疑者から外れるという裁断だ。実際のところそうなってしまえば、警察が及川を執拗に調べることは無いだろうと思われる。何故なら、久我山信明という絶対的な容疑者がいるからだ。
この話しを聞いた時、及川守は烈火のごとく怒った。信明が罪を一手に引き受けるということになるからだ。最初の計画では怪しまれることはあっても、警察に決定的な証拠を掴むことは不可能だと考えていた二人だったが、思わぬ伏兵の登場に予定を大きく変更せざるをえなくなった。
及川は最初、自分が全ての罪を背負ってでも信明を助けようと考えていたようだった。それを見越してか、信明はそんな及川を制して、自分が罪を背負って及川を助けようというのだ。
この二人のやり取りを聞いていて、不動峰子の中に僅かだが不思議な感情が芽生えていた。他人の為にお互いがお互いのことを第一に考えて行動しようとしている。何がこの二人を突き動かしているのだろう。ただの思いやりだけでここまで出来るだろうか。自分には出来ないと思った。そんな二人に少なからず感銘を受けている自分に気が付いた。
「分かりました、お受けしましょう」不動峰子は言ってはみたものの、そんな大それたことをまさか自分がするとは実感が湧いてなかった。
「有り難うございます。このお礼は必ず致しますので」信明は深々と頭を下げて礼を口にした。
「しかし、あなたはどうなさるのですか?人殺しの罪を一人で被るということですよね。失礼ですが私にはあなたがそこまでして、及川さんを庇う理由が見当たりません。あなたを失うことによって困る人の方が圧倒的に多いように感じます……」
「そんなことお前に言われなくても分かっている。僕は最初から反対している」及川は涙目で鋭く峰子を睨みつけた。
「守君……。頼むから僕の言う通りにさせてくれないかな?」
「信明さん、でも……」及川は再び足元を見て押し黙った。
「君には幸せになって欲しいんだ……。僕のこころざしは君がついでくれればいい」
信明は優しい笑顔で及川を見つめた。
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