眠り姫さくらこの事件簿てきな
川平多花
第一章 脅迫状 1
昨日から降り出した雨は止む気配もなく、窓に激しく当たる雨音が先程から更に強くなっている。振り返ると丁度こちらを向いた
ぱっちりとした目元がキュートなのはいつもと同じだが、眉間に深い皺をよせていた。外の雨と同じ様に頭痛が酷くなっているのかと心配になった。
「まだ、頭、痛いですか?」美紀は櫻子の隣に座りながら尋ねた。
「う~ん……。ちょっとはましになったかな。お酒でも飲んで紛らわそうかしら」
そう答えた櫻子だったが、彼女は一滴もお酒が飲めない、いわゆる
櫻子の頭痛の原因はいくつかあったが、その一つは当たり前の様になりつつある寝不足なのは疑いようもない。
「やっぱり忙し過ぎると思うんだよな~」
普段、仕事に対する弱音をほとんど吐かないタイプの櫻子だが、流石にここ最近の忙しさに、思わず言葉にしてしまったようだ。
「なんなの?そんなに難しい顔して」
そう話し掛けたのは、櫻子の四つ年上の姉である
祥子は、テーブルの上に広げられた書類をチェックしながら、スケジュール帳に目を通し、ペンで書き込みをしている。
二人は周りからよく似ていないと言われる姉妹だったが、二人ともとびきりの美女であることは疑いようも無い。
姉の祥子は、いわゆる日本顔の美人だ。その整った顔立ちに、色白な肌。身長は高く、鍛え上げられたスタイルで、その完璧な見た目と、どこか冷たさを漂わせる表情で、どちらかというと近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
一方、妹である櫻子は、年齢よりも幼く見える顔立ちで、世間一般的にいう『可愛い』というジャンルだ。小さな顔に大きな目。ぷっくりと形のいい唇に通った鼻筋。小柄な体型に可愛らしい声と、彼女の職業に必要な要素を詰め込んだような造形だ。
神様というのはなんと不公平なのだろうと、雨粒の当たる窓ガラスに映る自分の眼鏡姿を見ながら美紀は小さな溜息をついた。
「やっぱり二週間で七カ所は無理があったかな?」
「あなたが自分で言い出した事でしょう?私も美紀ちゃんも反対したはずよ。ねえ?美紀ちゃん」
「はいはい、私がわる~ござんしたよ」櫻子は、いつも甘える時にするアヒル口をしながら謝るような言葉を発しながらも、反省している様子は微塵も無かった。
「そんなこと言いながらもあなたは結局やるんでしょう?」
「そりゃそうだよ。だって、ファンの皆が待っているからね。どんなに忙しくてもこれだけは外せないよ。でも、やっぱり雨だけは嫌だな」
「大丈夫でしょう?あなた晴れ女なんだから。それよりもこんな時間にあなたが起きていて、明日起きられるかの方が心配だわ」
時計の針は既に深夜の三時を指している。
三人は大阪市内のとあるホテルの一室にいた。
明日行われるイベントのため、東京での仕事を終えたあと、最終の新幹線で移動して、食事もろくに取らず打ち合わせをしているのである。
明日行われるイベントというのは、櫻子のベストアルバム発売記念のもので、ファンとの触れ合いをなによりも大事にする彼女にとって、他のどんなことよりも優先すべき事柄である。
そう、大好きな睡眠を差し置いてでも。
櫻子は眠ることが大好きだ。隙があったら眠っていると言っていい程の彼女が、睡眠不足というこの現実が、いかにこのイベントを彼女が大事に思っているかを表している。
倉ノ
抜群の歌唱力は業界でも世間的にも高く評価され、その愛くるしい見た目から女優としても多くの作品に起用されている。
映画のヒロイン募集オーディションで五千人の中から選ばれ華々しくデビューし、その後も着実に成長を続け、芸能界での存在感は誰もが認めるものになっている。
姉である祥子は、そんな妹のマネージャーをしている。スケジュール管理から仕事の交渉、身の回りの世話まで一手に引き受けるできるマネージャーだ。
そんな敏腕マネージャーの祥子を悩ます一番の悩みごとと言えば、櫻子の寝起きの悪さである。
「あなた、いい加減に寝なさいよ。只でさえ明日は早いんだから。美紀ちゃんも先に寝ていいわよ。私ももう少ししたら寝るから」
「気になることが多すぎて寝れないよ。やり残したことが無いか考えだしたらキリが無いし、明日は最後のイベント会場だから、本当に何かが起こるとしたら明日だしね」
「只の悪戯だとは思うけどね」そう言いながら祥子は、少し心配そうな眼差しで窓の外に視線を向けていた。
「ほんと、無事に終わってくれればいいですね」美紀はそうあって欲しいと強く願った。
「少ししか眠れないけど、明日ファンに酷い顔見せたく無いなら寝なさい」と祥子が言い終わり櫻子を見ると、眠り姫は既に突っ伏した状態でいびきをかいていた。
「確かこの子、気になることが多すぎて眠れないって言ってなかった?」
美紀は祥子に聞かれて苦笑いを浮かべた。
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