第三章 予定外のイベント 2
再び、信明を先頭にエレベーターに乗り込み、一旦一階のロビーに戻ってくると、秘書の坂本が待っていた。坂本は信明に近付くと何やら小声で報告をしている。
報告を終えて離れようとした坂本を、何かを思い出したかのように信明が呼び止めた。
「すまない、坂本くん。どうやら地下の劇場に上着を置いてきてしまったようだ。僕は皆さんにレストランで飲み物をご馳走する約束をしているので、手間を掛けて悪いが取ってきてもらえないだろうか。劇場の入り口は開けたままになっているから」
「承知しました。社長は皆様とレストランの方へ。すぐにお持ちします」
「頼むよ。それでは皆さん参りましょうか」
招待客は数台のエレベーターに分かれて各自レストランのある最上階に向かった。
田中はチーム櫻子と信明と同じエレベーターに乗り込んだ。
「そうだ、そういえば櫻子さんの事務所の社長さんが到着されていて、自分のお部屋でお持ちになられているそうですよ」信明は櫻子達に伝えた。
「今回のオファーのお礼を、社長自ら致したいと申しておりましたので」祥子が代表して答えた。
エレベーターが最上階に着こうとした時、信明のズボンの後ろポケットに入れてあった携帯電話のバイブ音がした。
「坂本くんからだ。上着の置いてある場所がわからないのかな?すみません、電話に出させて頂きます」そういって信明は通話ボタンを押して電話に出た。
「社長すみません。劇場の入り口の鍵が閉まっているのですが」
「いや、そんな筈は無いと思うが。オートロック機能は切ってあるから、僕が持っているマスターキーか、事務所に置いてある本来の劇場の鍵でしか閉めることは出来ないからね」
「でも、確かに閉まっているのです」
「わかった、直ぐに鍵を持って行くよ」そう言って電話を切った。
「すみません。どうやら劇場の扉が閉まっているようでして。皆さんはレストランでお待ち下さい。直ぐに戻りますので」
信明が携帯電話で話しているのを見て、田中は自分のプライベート用の携帯電話が無いことに気が付いた。仕事用との二台持ちなのだが、ポケットを探っても仕事用の一台しかない。確か先程地下の劇場で、電波の状態を確認するのに見た記憶があったので、もしかしたら劇場で落としたのかもしれない。
「久我山社長すみません僕もついて行ってもいいですか?もしかしたら忘れ物をしたかもしれないので」
「忘れ物?……。勿論いいですよ」
チーム櫻子だけがエレベータを降りて、田中は信明と一緒そのまま地下の劇場に向かった。
田中と信明が地下一階に到着すると、劇場の木製の扉の前に坂本が立っていた。
「社長わざわざすみません」
「いや、頼んだのは僕の方だから。おかしいな、確か開けたままにしておいた筈なんだが」信明は扉を手で引いてみたが、確かに鍵がかかっているようで開かなかった。
田中の記憶でも信明が鍵を掛けるような動作をしているのは記憶になかった。劇場にいた人間の先頭にたって扉を開けてエレベーターに乗り込んだ筈だと思い返していた。
マスターキーを差し込んで解錠し、扉を開けて劇場の中に入ると、まず坂本が一歩後ずさった。
その後、信明も同じように後ずさった。
田中はその二人の後ろからその光景を目の当たりにした。
そこには普通の生活をしていたらまず目にすることの無い景色があった。
一番低い位置にあるステージの中央にスポットライトが当てられていて、そこだけが浮き上がったように見える。
そのスポットライトの中にそれはあった。
大の字に倒れた状態の人間に見えたが、その状態から現実の物として理解するのに数秒を要した。
その人間は明らかに死んでいるように見える。
どうしてそう見えたかといえば、それはその人間から出たであろう赤い液体があまりにも大量過ぎたからだ。比較的小さな舞台だが、それでもその舞台の半分ほどの面積が赤く染まっていた。
次の瞬間腰が抜けたように、坂本が床に座り込んだ。
そこにいた人間全員があまりの凄惨な光景に声すら出なかった。
一分程の静寂のあと田中は坂本に声を掛けた。
「直ぐ上に上がってこの建物から誰も出さないようにして下さい。警察には僕が連絡しておきます」
坂本は少し間を置いたが、直ぐに気を取り直し立ち上がり劇場を走り出て行った。
信明は呆然と立ちすくみ、目線は凄惨な光景に釘付けになったままだった。
そこに横たわっていたのは、生きていた時には久我山聡と呼ばれていた物体だった
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