第五章 家族の形 8
現役トップアイドルを巻き込んだこの事件はマスコミが大々的に取り上げ、世間はその話題で持ちきりになっていた。昼のワイドショーなどで毎日のように取り上げられ、真実か嘘かも分からない情報が膨大な量飛び交っていた。
お金持ちの道楽息子が親に反抗して殺しただの、親に捨てられた子供がその恨みを晴らすために母親を殺しただの、正に好き勝手に報道されていた。
実際のところ警察からの発表も、犯人とされている久我山信明の供述をそのまま伝えているに過ぎないので、誰も真実など知るよしも無い。全てが憶測の域を出ないのである。
そんな中、大して発行部数の無い『週間ライゼ』にひっそりと載っている記事に関心を寄せる者などほとんどいなかった。
倉ノ下櫻子の所属する芸能事務所に櫻子宛で届いた郵便物の中身はその『週間ライゼ』だった。差し出し人は不動峰子だった。
松本祥子はその記事を食い入るように見ていた。読み終わった祥子の胸中は複雑だった。
不動峰子が書いたとされるその記事は、久我山信明の表の華やかさからは分からない裏での苦しみと、及川守の壮絶な半生が事細かな取材によって書かれていた。
その内容は記事の主役とも言える二人を庇うでも無く、辛辣に批判しながらも、何故か優しさのような物が感じられる内容だった。
櫻子は事件の後、完全に活動を自粛していた。
マスコミに追い回されることを避けての判断だったが、櫻子が受けたショックは予想以上で、事件以降、自分の部屋に閉じこもったままほとんど人前に顔を見せない状態が一ヶ月程にもなっていた。
祥子も、一日に何度も声を掛けてみるのだが、ほとんど反応すら無い。
もう一度声を掛けてみようと櫻子の部屋のドアをノックしようとした祥子の肩を掴んでその動きを止めさせる手があった。
「いつまでそうやって塞ぎ込むつもり?あなたの仕事に対する熱意なんてそんなものなのね。ファンの皆さんもさぞかし失望していることでしょう。ここに置いておくから読んで少しは自分の立場を考えてみなさい」そう言って、一通の便せんをドアの隙間から差し入れた。
「お母さん……」
「祥子もあまり思い詰めない方がいいわよ。大丈夫。櫻子は私の自慢の娘よ。これくらいのことに負けるほど弱くないわ」
そう言って祥子の肩をポンポンと軽く叩いた。
「勿論、あなたも自慢の娘よ」
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