第五章 家族の形 1
「どれくらいたったのかしら……」
不動峰子は自分のいる場所の詳細も分からず、どれ位の時間がたったのかも把握出来ていなかった。両手両足を縛られた状態で、頭に何かを被らせられているため、視界も塞がれている。
ロビーで見かけた久我山信明に取材を申し込もうと声を掛けたところ、思いもよらないことになってしまった。
人目のつかないところで話しがしたいと提案され、信明の案内に従い普段は使わないという通路を使って機械室のようなところに連れてこられ、そこでいくつかの質問をしたところ、突然信明の態度が急変して壁に押しつけられた。その後、下げていたバッグを取り上げられ、手足を縛り上げられた上に、目隠しまでされて閉じ込められた。
こんな状況になっても、不動峰子は自分のした質問の何が気に障ってこのような状況になったのか理解出来ていなかった。
自分のした質問のいくつかを思い返してみたが、このような犯罪行為をしてまで知られたく無いような物があったようには思えない。
そう考えると、何かの間違いだろうという楽観的な考えに行き着いた。
「お腹へったな」
少し緊張感が緩んだせいで、空腹であることを思い出し、逆に心細くなった。
体制をかえようと体を捻ろうとした時、ガチャリと金属製の扉が開くような音が聞こえた。音のした方向に神経を集中すると、再びガチャリという音がして、扉が閉じたことが分かった。
少しの静寂の後、カツカツと靴の音がして、誰かが近付いてくるのを感じ取れた。よく聞くと、そのカツカツという音ともう一つ違う音がしていることに気付いた。
目と鼻の先までその音が近付いたと思ったその瞬間、不動峰子は体を抱えられるように持ち上げられた。
「ひっ!」突然のことに声を上げて少し顔を背けるような動きをした。
その顔に被せられていた物が外されて、突然視界が開けた。
「荒っぽいことをしてすみません」
目の前に立ってそう言ったのは久我山信明だったが、その後ろにもう一人男が立っていた。
「信明さん、いいんですか?やっぱり始末してしまった方がいいんじゃ……」そう言ったもう一人の男は及川守だった。
「守君。僕は関係の無い人を巻き込みたくは無かったんだ。話して分かってもらえるなら、それに超したことは無い」
「信明さんの気持ちは分かりますけど、こういった類いの人種は直ぐに裏切りますよ。話して分かるとは思えないけどな」
「不動さん。本当に乱暴なことをしてすみません。あなたには全く関係の無いことなのですが、私達はあることで警察に追われることになると思います。こんなことをしてしまったあなたに虫がいい話しだと思われるでしょうが、お願いがあるのです」
「お願い?」
「そうです。そのお願いを聞いてもらえたら、それ相応のお礼も差し上げます」
「……犯罪に加担しろとおっしゃるのですか?貴方達は一体何をなさったんですか?」
「人殺しだよ」及川守が大した事でも無いような素振りで答えた。
「人殺し?何でそんなことを……」
「それでも協力できる?出来ないよね普通。君みたいに何も考えないで、大した苦労もしないで生きてきた人間には分からない理由ってのがあるんだよ。で、どうする?協力するなんて簡単に言えないでしょう?」
及川守は最初はからかうような表情だったが、一度目を閉じた後、目を見開いたその表情には、先程までの軽い感じは感じ取れない、逆に悲しそうな表情にも見えた。
その表情を見たからなのかは定かでは無かったが、不動峰子は自分の中にどう表現していいか分からないような、不思議な感情がわき上がってくるのを感じた。自分が取材で知った、及川守の生い立ちや、その後どう生きてきたかということに、少なからず影響を受けていたのは確かだった。
「協力とはどのようなことですか?協力出来るかどうかは内容によります。殺人を手伝えとかで無ければ……」
「有り難うございます。簡単なことです。できるだけあなたには迷惑をかけないようにいたしますので」信明は深く頭を下げながら言った。
「信明さん。そこまでして、この女に何を頼もうっていうの」
及川守はあからさまに面白くなさそうな態度を示した。
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