第四章 継承 1

 警視庁捜査一課の篠原は大阪府警捜査本部からの正式な捜査協力要請で、雑誌記者の不動峰子の勤務先を訪ねていた。

 

 小さな雑居ビルの二階にその会社は入っていたが、ビルの一階入り口にある案内板にも二階のそれらしい扉にも会社名も書いていないような小さな雑誌社だった。

 

 不動峰子の上司である岡本忠おかもとただしという男が対応してくれたのだが、彼女が今どこにいるかなどは把握していないとのことだった。


「彼女はフリーみたいなものですからね。うちの社長に聞いたら、確か大阪のイベントに取材に行っているということ以外詳しいことは知らないらしいです。携帯を鳴らしてもでませんしね」机の上の散らかった書類などを片付けながら面倒くさそうに岡本は話した。


「不動さんが取材していた内容とかわかりませんか?」


「あんまり教えたくないけど、警察に睨まれるのも嫌だしな」だらしなく踵の部分を踏んだデッキシューズを引きずって事務所の奥に引っ込んだと思ったら、なにやらファイルを手にして戻ったきた。


「彼女の机にあった物をある程度集めておきました。気になることがあったら自分で見て下さい」先程と同じように面倒くさそうにファイルを篠原の前に置いて、奥にある自分の席らしい場所に引っ込んだ。


「有り難うございます」篠原は礼を言いながらファイルの一ページ目を開いた。


 ファイルには手書きのメモや、店のレシート、簡単な地図やコピーした雑誌の記事などが乱雑に挟まれていた。


 ページを何枚かめくってみるが、芸能関係の取材やら、流行っている飲食店の取材、流行のファッションなどおおよそ今回の事件に関係のありそうな物は見当たらない。


 ファイルの中に封筒があって、その中には写真が何枚か入っていた。飲食店らしき店の外観を写した物や、食べ物の写真、何枚か人が写った写真もあったが、篠原の知っている人物は写っていなかった。


 これはハズレかと諦めかけた篠原は一枚の写真に目が止まった。


 二人の男が飲食店のカウンターに座っている写真だった。奥に座っている細身の男の顔に見覚えがあった。久我山信明だ。直接あったことは無かったが、捜査資料の写真でみた記憶があった。手前に座っている男の顔は映っていなかった。体型で言うと久我山信明と正反対のタイプだ。


 もう一度最初からファイルを見直したが、久我山信明に関する情報は無かった。


 ファイルの最後の方に住所録のような物が挟まっていて、いくつかの住所がマーカーでチェックされている。


「すみません。この住所録だけコピー取らせてもらっていいですか?」奥にいる岡本に声を掛けた。「どうぞ」と面倒くさそうな返事が返ってきた。


 住所録をコピーするついでに久我山信明が写っていた写真もコピーしておいた。


「有り難うございます。これで失礼させて頂きます。不動さんから連絡があったら我々にも教えて下さい」そう言って軽くお辞儀をして小さな事務所を後にした。



 篠原が自分のデスクに戻り、持って帰ってきたコピーに目を通していると、東出が近付いてきた。


「久我山グループを調べてきた。グループ全体の経営状態は決して順風満帆という訳では無いな。本業であるホテル業は特に上手くいっていないな。調子がよかった時に広げすぎたおかげで今は赤字ばかりが膨れ上がっている。その中で息子のやっている会社だけは急成長している。赤字だった数カ所の宿泊施設も息子がてこ入れした所は儲かっているところもあるみたいだ。それが面白く無いのか、よく会長は息子のやっている事を遊びだとかくさしていたみたいだな」


「揉み消しの件も当然ということか。息子が捕まったなんてことになったら噂だけでなく、実質的経営でも問題が出るってことだな。面白くなくても切れないってわけだ」

 

 普段から眉間に皺を寄せていることがほとんどの篠原だったが、その皺が更に深くなった。


「そうかと言ってそれが今回の殺人とどう繋がるかと言ったら疑問だな。実際に脅迫状はきていたんだからな。それに会長だけで無く夫人まで殺す動機ってのは何だ?」


 東出はトレードマークのリム無し眼鏡の汚れを気にする仕草をしながら言った。


「で、そっちの収穫は?」


大阪府警むこうが調べている以上のことは出てこなかった。恐らく重要な情報やらは本人が持ち歩いている可能性が高い。久我山信明に興味があったというのは間違い無いだろうがな」篠原はコピーしてきた写真を机に置いた。


「手前の男は誰だろうな?只隣り合わせただけってこともあり得る写り方だな」東出は写真のコピーに顔を近づけた。


「一応、大阪府警むこうには報告しておくが、スクープの写真ならそれこそ自分の机にほったらかしってことは無いだろう?重要な物とは思えんがな。それとこの住所録も一応報告しておく」


「ほとんど関西圏の住所だな。この住所録ごと向こうに送って問い合わせてもらった方が早そうだな」東出は住所録をチラッと見ただけで篠原に渡した。


「確かにな。田中が向こうで情報を欲しがっていたが、大して役に立つ様な物は無さそうだ」


 篠原は内心ホッとしていた。田中に情報を渡して向こうで余計なことをされたらややこしいからだ。


「あいつが大人しくしているとは思えないけどな」東出は一応忠告するつもりで言った。


 篠原の脳裏にはいつもの田中のにやけ顔が思い浮かんでいた。ブンブンと首を振ってそのイメージを振り払おうとしたが、それとは反対に嫌な想像が次から次に浮かんできた。

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