第二章 エンターテインメントの城 10
櫻子の食事会が行われる最上階のレストランには既に何人かの櫻子ファンらしき人影があった。
田中自身もそうなのだが、気分が高まっていて、まだ開始時間の三十分前だというのに部屋から出てきてうろうろしている。
既に、円卓がいくつか用意されていて、各テーブルには名札が置かれていた。
自分の名前を探すと、上座に一番近いテーブルに見つけた。その他の名札も確認してみるが、知った名前は無かった。
他のテーブルの名札もさりげなく見て廻ると、及川守と不動峰子の名前も見つけた。
二人とは違うテーブルだったことに内心ホッとしていたら、後ろから肩を叩かれた。
振り返るとそこには及川守が立っていた。
「君は一体何者なんだい?さくちゃんに直接声を掛けられるなんて、僕でもそんなに無いよ。俄然君に興味がわいてきたな」及川守は背の高い田中に対抗するように、少し背筋を伸ばした。
「及川さんって、さくちゃんファン歴相当長そうですよね。僕みたいな者に興味を持って貰って光栄です」
このタイプの人間にはこういった対応がベストだと判断した田中は、得意の軽めの口調で機嫌をとることにした。
「僕のこと知っているんだ。さくちゃんファンなら僕と仲良くしておいて損は無いよ。君は名前なんていうの?」及川は明らかに機嫌が良くなっていた。
「僕は田中と言います。東京から来ました。このようなイベントに参加したことが無いので、宜しくお願いします」
「田中君ね。覚えやすくていいや。よろしくね」
仲良さげに話している二人に気付いて、一人の女性が声を掛けてきた。
「あら、何か楽しげね。私も混ぜてくれない?」不動峰子が名刺を差し出しながら微笑んだ。及川は名刺を見ながら不動峰子に値踏みするような眼差しを向けた。
「週刊誌の記者さんなんだ。さくちゃんの取材?それともこの施設の記事か何か?」
「興味があるといったらこの会社の方ね。あなたが興味があるのは倉ノ下櫻子だけ?」
「そうだね。さくちゃんに会えるなら何だっていいんだ僕は。まあ、タダでこんな豪華な所に泊まれるのはお得だけどね」
「お二人さんはあのイケメン社長について何か知らない?」
「ああ、あの成金ぽい奴ね。僕はああいったタイプの男は好きじゃ無いんだ。何でも金で解決するような輩にしか見えないね。所詮金持ちのボンボンでしょう?見た目からしても有能そうには見えないな」及川は想像の範囲でしかないような意見をダラダラと話した。
お前はどの口でものを言ってるんだと今にも口から出そうになるのを耐えて、田中は曖昧な表情で否定も肯定もしなかった。
「それがそうでも無いみたいよ。あの久我山信明という男、相当やり手みたいで、ビジネスの手腕も大したものらしいけど、学生時代から相当優秀なプログラマーだったらしくて、技術者としても一流って噂よ。あまりに優秀だから、父親からは嫌われているみたいね。ここの会長って『自分以外はみんなクズ』みたいなタイプだから。それにグループ全体の利益の大部分を息子の会社が上げているみたいだから、余計に気分が悪いみたい。ペリペティアの親会社である久我山リゾートなんて過去の遺産みたいなものだし、グループの赤字を一手に引き受けているのがペリペティアらしいからね。おっと、話し過ぎたかしら。お兄さんがタイプだから、思わず口が軽くなるわ」不動峰子は田中に腕を絡めてきた。
「そんな凄い技術者ならドアのロックシステムなんて簡単に直せそうなものだけどな」田中は受付端末を操作していた信明を思い出していた。
「確かにそうね。ここのシステムを設計したのも社長だって話しだけど」
「所詮噂なんてそんなもんだよ。皆が凄い凄いって言い過ぎなだけで、優秀なプログラマーってのも只の作り話なんじゃないの?」
及川はどうしても久我山信明を認めたく無いらしく、否定的なことばかり言っている。
これは俗に言う只の僻みだと田中は思ったが、波風を立てても何の得も無いので、またもや曖昧な表情で乗り切ることにした。
「あっ、遠藤さん」及川が面白い物でも見つけたような雰囲気で、手を振りながら走り去っていった。
及川と遠藤は何やら身振り手振りをしながら楽しそうに話しをしている。
田中は及川から解放されて安堵していた。
「そういう感じなんだ。ふうん……」何か思案するような表情で不動峰子も会場から出て行った。
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