第一章 脅迫状 4
イベントが開催されるのは計三回。最初が十時スタート。二回目が十三時、三回目が十五時半となっていた。
一回目の開催時間まではまだ二時間近くあるというのに、会場には長蛇の列ができていた。本日のイベントの目玉でもある倉ノ下櫻子とのハイタッチ会に参加するには、当日会場でベストアルバムを購入して参加券をもらう必要があり、その購入の列が早朝から続いている。
「すごい人気やな。こんなに長時間並ぶ程の価値があるんかね?」
「そりゃあ、お目当ての芸能人を目の前で見れるとなったら、並ぶんじゃないですか?」
元平はそう言いながら列とは反対方向にあるショッピングモールの入り口付近に視線を向けていた。そこからは次々と人がなだれ込んできていた。
「それよりも水尾さん。我慢出来ないなら吸ったらいいやないですか。なんか見てるこっちがイライラしますわ」
水尾は三日前から禁煙を始めていた。何をきっかけという訳では無かったが、元々相当なヘビースモーカーであるため我慢出来なくなり、朝から何度となく煙草をくわえては火を付ける寸前までいってやめるを繰り返している。今も火の付いていない煙草をくわえている状態だった。
「うるせえな。気になるなら俺を見るな」
くわえていた煙草をシガレットケースに戻しながら、元平のふくらはぎに蹴りを入れた。
「痛いやないですか。暴力反対」
「そんなことより、やっぱりそのハイタッチ会っちゅうのが一番のポイントやな」
「そうですね。ほんまにかなり接近しますから。スタッフに紛れてくっついときますか?」
「そうやな。なんかあったらすぐ取り押さえられる距離にお前がおれ」
「なんで俺なんすか?水尾さんでもええやないですか」明らかにからかうような口調で元平が言うと、水尾はあからさまに不快感を前面に出して元平を睨んだ。
「なんやお前、俺にあのスタッフジャンパー着ろっちゅうんか?」と忙しそうに動き回っているイベントスタッフを指差した。
水尾と元平は増える一方の人混みを搔き分けながら進み、会場の端に設置された三角コーンとバーで囲われた関係者が待機している小さな建物に向かった。
警備の手順を相談するため関係者に声を掛けようと『スタッフオンリー』とかかれた扉をノックしようとしたのとほぼ同時に扉が開いて、中から女が一人出てきた。
「あっ、すみません。何かご用でしょうか?」
百七十センチは超えているであろうスラリとスタイルのいい美女が涼しげな声と笑顔で尋ねた。
「こちらの責任者の方に今日の警備の件でご相談がありまして。私、大阪府警の水尾といいます」
水尾は内ポケットの警察手帳を女性にだけ見える様に少し取り出して見せた。
「本日はご足労頂いてありがとうございます。あいにく、まだ社長は来ておりませんが、お話なら私がお聞きします。私は倉ノ下櫻子のマネージャーをしております松本と申します」そう言って、長い指で胸ポケットから名刺を一枚取り出し水尾に手渡した。
「今回、ファンとかなり接近する催し物があるとお聞きしたもので、その際ここにいる元平をスタッフに紛れ込ませて、倉ノ下さんを近くでお守りさせて頂きたいのですが。この男こう見えて格闘のセンスがありますので、もし何かあっても直ぐに相手を取り押さえられると思います」
「それはいいアイデアですね。是非お願い致します。それではスタッフ用の上着を用意させて頂きます。すぐにスタッフに何着かサイズ違いを持ってこさせますので、合う物を選んで下さい」松本は言い終わると、流れる様な動きで奥にいるスタッフのいる方へ歩いて行った。
「ごっついべっぴんさんやな。あれでマネージャーかいな。そうしたらタレントはどんなんやねん」水尾は呟きながら、胸ポケットのシガレットケースに手を伸ばした。
「火、貸しましょうか?」元平がにやけながら言うと、水尾は火の付いていない煙草をくわえながら元平の頭を拳で小突いた。
「だから、暴力反対ですって……」
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