第三章 予定外のイベント 7
「本当に大変なことになったね」南川小夜子がマニキュアを塗りながら、本当に大変だとは思っていなさそうな口調で言った。
チーム櫻子の面々は櫻子の部屋で待機していた。
祥子は窓の外を見ながら何事が思案している。
美紀は自分のメモ帳を見ながら考え事をしていた。
櫻子は安定の睡眠中である。
部屋の入り口には制服の警察官が一名配置されていた。
「こんな時でもこの子は大物だよね~」小夜子は櫻子の呑気な寝顔をマジマジと見つめた。
「この後どうなるのかしら?事件のこともそうだけど、今回のお仕事の方も……」祥子が心配そうに呟いた。
「リサ社長はそのお話を久我山社長とされているのだと思います」美紀は祥子に視線を向けて答えた。
そう言いながら美紀は先程リサ社長がレストランのバーカウンターで久我山社長と話していたシーンを思い返していた。
「ごめんなさい、私が悪かったです、許してください」
突然櫻子が喋りだしたので、三人は櫻子を見た。
「そろそろお目覚めのようですね」美紀は開いていた手帳をバックに仕舞いながら立ち上がった。
櫻子は目を覚ます直前に訳の分からない寝言をハッキリ言うのが恒例である。
櫻子がムクリと起き上がりクルリと部屋を見回した。視線をあちらこちらに向けているが、これはまだ目を覚ました状態では無い。更に数分座ったままの状態が続き、小夜子、美紀、祥子と順番に視線を送るが、この時点でもまだ現状を把握出来ていない状態だ。
座ったまま更に数分が経ち、急に祥子の方を向いて目を見開いた。
「お姉ちゃん、リサ社長はまだお話中?」
ようやく櫻子の起動が完了したようだ。
「何あなた起きていきなり。社長に何か用事でもあるの?」
「ふふふ、内緒」櫻子は正に何か企んでいるいたずらっ子という表情をした。
丁度その時。部屋の扉がノックされた。美紀が扉を開けると金田珠子が入室してきた。
「リサ社長、待ってましたよ。で?」櫻子は期待の眼差しで珠子を見つめた。
「何なのあんたは。分かった分かった。直ぐに話すからちょっと座らせてよ。美紀ちゃん、何か飲み物頂戴」
珠子は上着を脱ぎながら窓際の櫻子の向かい側のソファーに腰掛けた。美紀が人数分の飲み物を用意して全員に配り、各々好きな位置に座った。
「どうせろくでもないこと考えているんでしょう?」祥子が櫻子を諫めるように言った。
「そういうこと。この子ったら、それとなしに事件の内容を聞き出してこいとか言うんだから」
「で、で、何か分かりました?」櫻子はもう辛抱たまらん、というように尋ねた。
「はいはい、分かりました。大変だったんだからあなた感謝しなさいよ」
「社長、そんなつまらないことしなくていいですよ。まったく……」祥子は心底あきれ顔だ。
金田珠子はハンドバッグから皮の表紙の付いた高そうなスケジュール帳を取り出して、中に書いてあることを説明しだした。
最初に殺されたのは久我山グループの会長久我山聡。場所は地下一階にある小劇場のステージ上。射殺されていた。
殺されたとされる時間は七時から七時十分の間。何故このように細かい時間が分かったかといえば、七時の時点で劇場にはチーム櫻子を含めた多くの人間がいて、秘書の坂本が社長に頼まれて忘れ物を取りに戻ったのが七時十分頃だった為である。
もう一人の被害者は、一人目の被害者の妻である久我山裕美。遺体が見つかったのは使用されていなかった八一○号室だった。姿の見えなかった被害者を警察がしらみつぶしに捜したところ、使用されていなかった客室で発見された。夫同様に射殺だった。
遺体を調べた結果、久我山聡が殺害された時刻前後には、既に殺害されていた可能性が高いことがわかった。
「私が久我山社長から聞けたのはこの位よ」珠子は話し疲れたというように、グラスに残っていた飲み物を一気に飲み干した。
「私が仕入れてきた情報をお聞かせしましょうか?」美紀が突然話し出したので、全員が美紀に注目した。
「美紀ちゃんまで……」祥子が呆れたような表情をした。
美紀が生粋のミステリーマニアであることを思い出した祥子は、これは大変なことになりそうだと苦笑いを浮かべた。
「なになに?美紀ちゃん」櫻子は一層目を輝かせた。
お互い向き合ってニヤリと笑う二人の眼鏡女子を見て、祥子は諦めたように大きく溜息をついた。
こうなった二人の好奇心を抑える術を祥子は思いつかなかった。
美紀は自分の手帳を開き、眼鏡のフレームに触れる話す時にいつもする仕草をしながら話し始めた。
「地下の劇場の鍵は閉まっていたそうです。マスターキーは久我山社長が持っていて、劇場本来の鍵は事務所に保管されていました。すなわち密室です……」美紀は普段ほとんど見せない楽しそうな表情を浮かべた。
「更にもう一つ、久我山裕美さんが亡くなっていた部屋も鍵がかかっていて、その部屋の鍵も事務所に保管されていました」
「二つの密室……。萌える……」櫻子の目の輝きは更にキラキラ度を増した。
「櫻子も美紀ちゃんも不謹慎よ。本当に人が亡くなっているんだから。ミステリー小説の世界じゃ無いんだからね。警察にお任せしておいたらいいのよ。余計なトラブルだけは勘弁して」祥子は本気で釘を刺した。
「ということは、マスターキーを持っていたあのイケメン社長が怪しいということね」小夜子がさも当然でしょうというような表情をした。
「小夜子さん。一つ目の殺人に関しては久我山社長にはアリバイがありますよ。私達と一緒だったんだから。二つ目にしてもマスターキーを持っている自分が真っ先に怪しまれるようなこと普通しないでしょう?」今度は美紀が当然でしょう?という表情を返した。
「ハイハイ、この話はもうお仕舞いにしましょう」祥子は立ち上がって全員の飲み終わったカップを集めた。
「これだけの情報ではまだ足りないわね。手分けして情報を集めよう。さあ、張り切っていこう」
やる気満々の櫻子の様子を見て、祥子は助けを求めるような視線を珠子に向けたが、珠子は疲れた表情を浮かべ小さく首を振る仕草を返しただけだった。
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