第四章 継承 7
久我山信明の身柄が未だに確保出来ないでいた。
信明がマスターキーを持っている可能性が高いので、安全確保のため建物内にいる人間のほとんどがレストランに集められた。
久我山信明が犯人かもしれないという話しはどこからとも無く広がり、招待客のなかでも嘘か本当か分からないような話題で持ちきりになっていた。
「社長が人を殺すなんて絶対にありえません。会長夫妻を殺しても社長に何の得も無いじゃありませんか。きっと、真犯人が社長に罪をなすりつけようとしているんです」坂本は涙目で周りにいる人間に訴えた。
「しかし、実際に久我山信明は姿をくらましとる。事件に何らかの関わりがあるのは間違い無い」水尾が厳しい口調で反論した。
「一応、拳銃はこちらで押収しているので、凶器がこの拳銃一丁だとしたら危険は少ないとは思いますが、もし久我山信明が犯人なら、人を二人も殺している訳ですから、皆さん単独行動は控えて下さい」元平がそこにいる全員に聞こえるような声で言った。
元平が振り返って水尾の方に歩み寄り尋ねた。
「で、どういった経緯なのか僕にも説明してくれませんか?」元平はいつになく真剣な面持ちで水尾を見つめた。
水尾がかけているテーブルには水尾の他に、櫻子、松本祥子、遠藤美紀、南川小夜子、金田珠子、田中、坂本が座っていた。
「まず、この仕組みについて気が付いた倉ノ下さんから話して貰いましょう」水尾は櫻子に目配せで合図した。
「エレベーターの映像を見ている時、操作パネルの『閉まる』ボタンを何回か押している人がいることに気付いて、それで、その時の状況を思い返してみて、同じように押してみたんです。そうしたら、エレベーターは事件が起きた劇場とまったく同じ造りの別の劇場のある階に止まったんです」
「まって下さい。同じように押したって、倉ノ下さんは久我山信明がボタンを押した回数を覚えていたんですか?」元平は目を見開いて尋ねた。
「ええ。カチカチと押している音を覚えていたので」
「倉ノ下さんはそう言った能力の持ち主なんや。俺もにわかには信じがたいとは思っていたが、実際に目の当たりにすると信じるしかない」
元平、田中、坂本の三人は驚嘆の面持ちで櫻子を見た。
「つまり、久我山会長が殺された劇場と、招待客の皆さんが案内された劇場は全く同じ造りで作られた別の劇場だったという訳や。エレベーターの行き先ボタンを普通に押すと事件現場の階に。特殊な操作をするとそっくりに作られた劇場のある階に着くという仕組みなんや。この事実と拳銃の件から導き出される結論は、久我山信明が犯人だということが極めて濃厚だということや」
水尾が話し終わるのを待って、松本祥子が小さく手を上げてから質問した。
「会長の奥様を殺害したのも久我山社長だということですか?」
「同じ拳銃を使って殺されたところをみると、そう考えざるを得ないんじゃないでしょうか?」水尾はそう言い終わると、慌てて元平の方に向き直った。
「そういえば、及川守にボタンの件を聞こうと思っていたんや。元平、及川をここに呼んできてくれ」
元平は頷くと、招待客が集まっているテーブルに向かって行った。しばらくして戻ってきた元平は冴えない表情で
「水尾さん、及川の姿が見当たらんのですが……」
「なに!本当か?」
「マモさんならさっき、水尾さん達がエレベーターで上がってくるのと入れ違いで一階に降りて行ったみたいですけど。あれから上がってきてないのかな?」祥子が不安そうな表情で言った。
「及川の所在も急いで調べろ!」
水尾は元平が踵を返してレストランから出て行くのを見届けてから歯ぎしりをした。
犯人かもしれない人間を自由に行動させていた自分に呆れた。
及川のエレベーターの映像から考えて、久我山信明と及川守が何らかの繋がりが有るのは明らかだ。偶然あのような複雑な操作を見知らぬ二人がしているということは、実際問題あり得ない話しだ。共犯という線もあるくらいだ。
「坂本さん。久我山社長と及川守が顔見知りだったということはありませんか?」
「いえ、私の知っているかぎりでは記憶にありません。一つ可能性があるとしたら、今回の招待客のリストを作られたのは社長だということです。その時点で及川さんのことを知っていたということはあり得ると思います」
「今回の招待客はどのような経緯で選ばれたのかご存じですか?」
「倉ノ下様の方から提出して頂いたファンクラブの会員情報からランダムに選んだということになっておりますが、本当のところは社長にしか分かりません」
久我山信明と及川守は何らかの繋がりがあった。不動峰子はそのことを調べていたのではないか?その不動峰子は行方知れずになっている。そのことと今回の殺人は間違い無く関係している。不動峰子が何を調べていたのかが、重要な意味を持つに違いない。
水尾は携帯電話を取りだして、捜査本部に電話を掛けた。
「至急調べて欲しいことがある」
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