第7話 初めての大洞窟探検①
結局リンの術士適性検査は行われなかった。代わりになるエーテル鉱石をすぐに調達するのは難しく、またリン本人も術士は特に目指していなかったからだ。
最後に寺本は合格者に対してこう締めくくった。
「ここから先は良くも悪くも自己責任です。週に何度も洞窟に潜ってお金をガッポリ稼ごうが、週末だけ趣味のように来ようが、安全に地下1層だけを探索しようが、危険と冒険と名声を求めて地下3層を目指そうが、それで途中で死のうが、自分の責任です。……と、昔はここで突き放していたのですが、時代の流れでしょうか、最初の第一歩だけは探検家組合でお手伝いします。もしお手伝いが必要でしたら、次の土曜日10時に再度この場所に集まって下さい。それでは、皆様お疲れ様でした。ゆっくり休んでください」
こうして無事にリンは見習い剣士、リエルは見習い術士として、探検家への道のスタート地点に立つことができたのだった。
もちろんリンとリエルは翌日、酷い筋肉痛に襲われたのは言うまでもない。
***
火曜日。
剣道部の活動が無かったリンは、クラスメイトで幼馴染のミキを自宅に誘った。
「はー! 15kgを背負って1.5kmを5周! よくそんな距離を歩き切ったね……。私じゃとても無理だわ……」
「しかもリンは、最後の階段で私のリュックを下から持ち上げてくれたんですよ! あれがなければ時間切れで私だけ不合格でした。本当にありがとうございます!」
「そんなそんな、もうやめてよ……、そんな何度も感謝されるようなことじゃないって」とリンは苦笑しつつ言った。
「いやいや、そんなことですよ! リンのお陰で探検家になれて、元の世界に戻る方法をあの大洞窟で探せるんですから!」
「くれぐれも、命だけは大事にしてね……。事故とかモンスターに襲われて死ぬ探検家もいるんでしょ。『あぁ、あの時、無理してでも止めておけば良かった』とか私に思わせないでよね……」
「うん、大丈夫。そんなことにはならないし、そんなことにはさせないよ。リエルは私が守るからね。安心していいよ」
「それじゃリンは私が守ります!」
「……何というか、二人とも仲がよろしいことで……」
リンとリエルはお互いに顔を見合わせて笑い合った。
***
土曜日、宇賀神社の境内に到着すると、すでに先週の合格者が全員集まっており、リンとリエルは最後だった。
よく見ると、先週の試験で見なかった顔も半分近く混じっており、先輩の探検家と思われた。
「羽衣さん、相瀬さんですね。これで全員揃いました」
と先週の試験官を務めていたサラリーマン風剣士の奥薗が、メガネを神経質に触りながら点呼をとっていた。どうやらこういう面倒な雑務を押し付けられがちな性質らしい。
「それではこれから、剣士を目指す人は先輩剣士と、術士を目指す人は先輩術士とペアを組んだ上で、剣士2人術士2人の4人1チームで実際に大洞窟に入ってもらって、地下1層のモンスターの少ない比較的安全なところで実地トレーニングを行ってもらいます。チーム内でのメンバーの役割やエーテルの使い方など、先輩から基本的な探検の方法を教えてもらってくださいね」
として、チーム分けが発表された。
リエルとペアになる人物として発表されたのは……
「ふーん、あんたが噂の相瀬さんね。私は筑紫真理子。どうぞ宜しくね。是非ともあなたも研究させてよね」
――えーと、子供……?
「うるさい! 子供じゃない!」
どうやらリエルの心の声が漏れてしまったようだった。
リエルの前に現れたのは、身長150cm前後でロリ顔をした筑紫真理子という女性だった。
黒髪のショートヘアーでお転婆で気の強そうな雰囲気を出していた。
「あー、彼女、実はこう見えて大学二年生ですから」と、剣士の奥薗が近づいてきた。
「……」と無言で、登山家を目指している見習い剣士の武田岳も、奥薗と一緒にやってきた。
どうやら、奥薗、武田、筑紫、リエルで1チームとなるらしい。
「しかも、東大理学部の超天才ですよ」と奥薗。
「超天才ではないな。まぁまぁ天才くらいだ」と筑紫。
「そうなんですか! 凄いですね!」とリエル。
「……」と武田。
リエルは実の所、トウダイリガクブがどれほど凄いのか良くわかっていなかったが、空気を読んだ反応を返していた。
「例の貴重なエーテル鉱石を破壊した新人が現れたって噂に聞いてね、是非とも見てみたくなってペアにしてもらったのよ。ビシビシ指導していくから、覚悟なさい!」
筑紫は腰に手を当ててリエルを指差していた。ロリ顔天才少女のキメポーズだった。
「……、ま、まぁ彼女、これでも術士としての腕前も一流だから……」
奥薗はため息をつきつつも一応のフォローをしていた。気遣いの人である。
そんなこんなで4人で大洞窟に入っていくことになった。
***
大洞窟の地下1層、入口付近。
筑紫はリエルに、エーテル鉱石の付いた短い木の杖を渡しつつ、説明を始めた。
「まずは、術士の基礎中の基礎、
「この杖は……」とリエルは気になることを質問する。
「これはエーテルを扱いやすくするための媒体ね。別に杖の形じゃなくてもいいんだけど、エーテルってその人の脳内イメージに結構左右されて、杖の先端からエーテルを出すイメージをすると術がやりやすいから、最初はみんな大体これを使うわ。慣れてきたらネックレス型や指輪型とかもあるから、色々試して見るといいわね」
――なるほど……、元の世界でも杖はあったけど、ここの世界のは魔法陣は組み込まれてなくて、ただの木の枝とエーテル鉱石だけみたいね……。それだと魔法変換効率が低いままだけど……、でもなぁ、魔法陣の理論はまだ習ってなかったから……。
「なに杖をぼーっと見てるのよ」
「はっ……、すみません」
リエルは元の世界でも使われていたアイテムをみて、思わず物思いに耽ってしまっていた。
「それじゃちょっと私が見本で
と筑紫が言うと、筑紫は自分の持っている杖を胸の前に立てて、目を軽くつぶる。
するとリンは、筑紫を中心に緩やかなエーテルの波がゆっくりと周囲に広がっていくのをありありと感じられた。
均質にエーテルが放射状に広がっていく様子は、筑紫の術士としての技術の高さを物語っていた。
「どう? 何か感じられた?」
「はい! とっても綺麗でした」
「それは結構。これで、周囲の地形を逐一把握しながら、周囲に糸を伸ばし続けて、モンスターがそこに引っ掛かったらチームのメンバーに報告をする。もしミスって報告が遅れたりしたらそれこそ命に関わるから、正確性と継続性が重要ね。まぁ、慣れれば息を吸うように出来るから、習うより慣れろね。じゃ、ちょっとやってみて」
リエルは軽く息を吐き出すと、筑紫と同じように、杖を胸の前に持ってきて、軽く目をつぶる。
そしてゆっくりと目を開いて、力を込めて言った。
「行きます」
すると、リエルを中心に分厚いエーテルの大波が高速で周囲へと拡散していった。
ここまであまり興味も無さそうに筑紫の話を聞いていた奥薗と武田も、どうやらエーテルの衝撃波を感じたらしく、目を見開いたまま固まっていた。
筑紫も驚いたが、すぐに我に帰った。
「はぁ? 何よ今の衝撃は。
「……、はい……、一応、索敵を続けていますが……」
「何よそれ……、って……確かにエーテルの糸が伸びてるわね……。はぁ……、そう言えばあんたが例のエーテル鉱石をぶっ壊したってのを忘れてたわ」
筑紫は一方にだけエーテルの糸を伸ばして、リエルの探索範囲を確認しつつ言った。
一方だけに伸ばす方が、全方位を探索をするよりも長距離を探索できるからだ。
「……、全く、それにしても無茶苦茶な長さね、あんたこれ、100メートルくらいは探索してるんじゃないの?」
「100メートル!?」と奥薗。
「……!?」と武田も流石に驚いたらしい。
「ま、いいわ。あとはこれを探検中ずっと継続することね。もし辛くなったら、そこまで広範囲を探索する必要は本来あまり無いはずだから、適当に範囲を絞って休みつつやりなさい」
「はい、わかりました」
「それじゃあんたには
筑紫のリエルの呼び方がいつの間にか名前呼びになっていた。
――実力を認めてくれたって……ことなのかな……?
とリエルは思った。
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