第3話 初めての友達
翌朝、リンが起きると、既にリエルは起床して、リンの部屋の窓から外を深刻そうに見つめていた。
「おはよう、リエル」
「おはようございます、リンさん」
「何を見ていたの?」
「何をという訳では無いのですが……、ただ、本当に別世界に来てしまったのだなぁと。これは夢では無かったんだなと……。……って、すみません、朝から暗くしてしまって……」
「いや、そんな急に異世界に来てしまったことを受け入れられる訳ないんだし、少しずつ慣れていこう、リエル」
「そう……、ですね。ありがとうございます。リンさん。昨日、宇賀神社でリンさんみたいな優しい人に助けて貰って、本当に感謝しています。ありがとうございました。」
「いや、そんな。困っている時はお互い様でしょ。あと、これから一緒に暮らしていくんだから、敬語は出来れば無しで、あと、リンって呼んで欲しいかな」
「はい、わかりまし……、わかったよ、リン……。うう慣れないですぅ……」
「まぁ、少しずつ慣れてくれればいいよ。とりあえず、朝ごはんを食べようか」
リンはそう言うと、リエルをリビングまで連れていき、朝ごはんの準備をした。
リビングのテーブルの上にはおじいからの書き置きがあった。
曰く、ちょっと外せない用事が朝からあること、ちゃんとリエルをお世話してやりなさいと書かれていた。
――そんなの、当然よ。
とリンは思いつつ、二人で朝ごはんを食べ、リンは電話で学校に今日は体調不良で休む旨を伝えた。
リンは滅多に学校を休まないため怪しまれたようだったが「16歳になってテンションが上がって夜更かしをしてしまいました……」と鼻声で伝えると、探検家資格試験のことを知っている先生も納得したようだった。
「じゃ、今日はこの世界に慣れるために色々と散歩しようよ、リエル」
「良いのですか……、そこまでして貰って……」
「良いのいいの! じゃ、これに着替えて出かけよう!」
リンはクローゼットから自分の洋服を見繕ってを出してあげた。
身長を含めて体格的にはほとんど同じと言ってよかった。
「……、昨日着ていたローブも着ちゃダメですか……?」
「あー……、あれはこの世界じゃちょっと……」
「あれは父上からもらった大事なローブで……」
「うーん、まぁいいか。でも多分この世界だとちょっと目立つと思うから、一応は忠告しておくね」
「はい!」
リエルはホッとするように笑顔で元気に返事をした。
――うわー、めっちゃ可愛い……。
とリンが思ってしまったのは内緒である。
ということで、細かい刺繍が施された濃いワインレッドのローブに、薄いベージュのショートパンツに涼しげなサマーニットというチグハグな服装でリエルは出かけることになった。
それを見たリンとしては、リエルの胸元だけがやたらにパッツンパッツンになっているのに気付いたが、気付かないことにした。乙女の心は複雑なのであった。
二人で街中を歩いていると、色々なものが目に入る。
「それにしても、この世界は凄いですね。昨日リンの家に案内してもらった時も思いましたけど、よく魔法も無しでこれだけ色々なものを動かせますよね……」
「この世界は、魔法の代わりに電気を活用しているんだよ。電気ってあった? パチパチしたり痺れたり光ったりするやつなんだけど……」
「あー、似たような魔法はありましたね。凄い威力になるけど、持続力が無いってことでモンスター攻撃用にしか使われてなかったです。それにしても本当に凄い技術です……」
「そんなこと……あるのかな。この世界では魔法が珍しくて凄い技術だから、その辺は何というかお互い様だと思うけど……」
「戻ったらこの世界のことをお父様に色々報告をして、役立ててもらわなければなりませんね」
そう言うとリエルは顔を少しだけ伏せて自嘲したように言った。
「……まぁ、それもこれも戻れればの話なんですけど……、あ、すみません……またそんな暗いことを言って」
「ちょっと、その『戻れれば』ってのは禁止ね! リエルは戻るんだから! 私が戻してみせるんだから!」
とリンは元気に高らかに宣言をした。
「はい、そうですね。暗くなってばかりじゃダメですね……。私も頑張ります! ……でも、一体どうすれば……」
「まぁまぁ、その辺はおいおい考えていこうよ!」
どこまでも明るく前向きなリンの返答に、リエルもつられて、はにかむような笑顔になった。
二人は街中を散歩しつつ、この世界について色々な説明をして回った。
今は西暦2020年6月で、1年が12ヶ月あること。世界には色々な国があってここは日本であること。魔法は無いけど、電気で色々なものが動いていること、この四角くて薄い板はスマートフォンと言って、離れている人とやりとりができると言うこと、車やバイク、自転車の説明、私は16歳になったから、次の土曜日に探検家の試験を受けて、探検家になると言うこと。などなど。
目につくもの、聞こえてくるもの、思いつくもの。リエルができる限りこの世界の生活に馴染めるように、リンは次々とわかりやすく説明をしていった。
ちなみに年齢の話になったときにリエルに年齢を尋ねたところ、同じ16歳とのことだった。リエルの世界の1年は364日とのことだったので、同い年と言って問題無い。
「リエルは童顔だから、もっと下かと思ってたよ」
「……もっと下って何歳くらい?」
「うーん13歳?」
「そこまで幼くないです!!」
とリエルに怒られてしまった。どうやらリエルのコンプレックスに触れてしまったらしい。
「ごめんごめん……」と平謝りをするも、
――怒った顔も可愛い……。
と思うリンであった。
暫く街中を説明をしつつ散歩していくと、お昼の時間になった。
リエルにお昼のリクエストを一応聞いてみるも「よく分からないですし、何でも大丈夫」とのことだったので、リンはゲン担ぎも兼ねて、トンカツ屋に行くことにした。
探検家試験に“カツ“、この困難な状況に“カツ”と言うことだ。
リンはロースカツ定食を二人前注文すると二人で仲良く食べ始めた。
もちろん食べ始める前には、リンはリエルにこの言葉を教えていた。
「いただきまーす!」
「いただきます!」
「それにしても、このとんかつ、と言う食べ物、美味しいですねぇ。あまり食べたことの無いお肉です。何という肉なんですか?」
「これは豚肉だね。こんな動物だよ」と言ってリンは豚の画像を検索して見せてあげた。
「なるほどーこんな動物もいるんですね。4つ足で歩くオークみたいです。そう言えば若干肉質も似ているような……」
「オークねぇ……」
「え、オークを知っているんですか?」
「知っているというか、こっちじゃ空想上の生き物だよ。本当に生きている世界がいるんだなぁ……」
リンはオークという名前が果たして同じ生物を指しているのか若干疑問に感じつつも、ふと昨日感じたある違和感を思い出した。
「そう言えばリエル、昨日あげたゴブリン肉串、向こうで食べたことあるの?」
「はい、ありますよ。一番安く手に入る庶民の味方の肉ですね。ちょっと臭みが強かったので、もう少し味付けとかを工夫した方が良いかと思いますが……」
「……それ、ちょっとおかしくない?」
「何がです?」
「ゴブリンはあそこの大洞窟にしか出なくて、こっちの世界では食べられることは無いんだよ。で、リエルの世界では一般的なモンスターでそのゴブリン肉はよく食べられると……」
「……ええっと、つまり……?」
「この世界の大洞窟にいるゴブリンって、そっちの世界から転移してきたゴブリンって可能性は無いかな?」
リエルはくりくりした大きなグレーの目を大きく見開いた。
「だってゴブリンみたいなモンスターはこの世界では大洞窟しかいない。一方、そっちの世界ではよく見るモンスター。しかも肉質から考えて同じ種類だとすると、そっちの世界からあの大洞窟に転移してきたものって考えるのが自然じゃない?」
「確かにそうですね……、とすると……」
「大洞窟の中にそちらの世界に転移するための仕掛けやヒントがあると考えられないかな……?」
リエルはさらにまんまるに目を見開いた。
リンの仮説にリエルは余程感動したのか、「なるほど!」「ありがとうございます!!」「リンは天才ですね!」「こんなに早くヒントが見つかるとは!」などと大声で喋り始めてしまった。
「あのさ……、期待をもたせて悪いんだけど、リエル、ただの仮説だし、もし正しいとしてもこのゴブリンの手がかりからは、あくまでこっちに来られる可能性であって、向こうに行けるとも限らないから……」ともリンは注釈を加えたが、それでも勢いは止まらなかった。
「それでも、何か手がかりにはなるでしょう! いてもたってもいられませんね、早く大洞窟に行かないと!!」
良い加減、周囲で食べていたサラリーマンらが怪しい目で見始めてきたため、リンはさっさとリエルにとんかつを食べきるように勧めた。
***
二人がとんかつを食べ終えると、リンが二人分の代金を払い、再度街歩きをし始めた。
リエルの先ほど興奮は既に収まっていた。
「お代、ありがとうございました。ご馳走様です」
「良いって良いって。気にしないで」
「いつか必ず、このご恩をお返ししますから……」
「いや、そんな。本当に気にしないでよ、だって私たち友達で家族で探検家のパートナーなんだから!」
「とも……」
そう言うと、リエルは一気に胸に込み上げてくるものがあったようで、急にリエルの目から涙がこぼれ落ちてきた。
「リン……本当にありがとう……! 昨日の夜から本当に本当に寂しくて、戻れなかったらどうしようって。これが夢だったらどれほど良いだろうって思ってたんだけど……この世界で最初に出会えたのが、リンで本当に良かった……。友達って言ってくれて、家族って言ってくれて……、本当に本当にありがとうね……リン……!」
そう言うや否や、リエルはリンに抱きついた。
リンは驚きの表情をしつつも、すぐに笑顔になり、リエルを抱き寄せつつ、艶やかな銀髪を撫で始めた。
「どういたしましてー、これからも宜しくね、リエル」
「はい!」
この2日間で一番の最高に可愛い笑顔だった。
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