第2話 初めての街中


リンは仕方がないので、その場にアイゼリエルと名乗った少女を残して、社務所にまで戻ってきた。

「あらーリンちゃん。どうしたの?」

社務所で店番をしている顔馴染みの巫女から話しかけられた。


「えーっと、洞窟まんじゅう3つ下さい。 ……あ、あと、ゴブリン肉串も」

「あら、リンちゃん、ゴブリン肉嫌いじゃなかったの?」

「まぁ……、私は嫌いなんですけど……、1本だけ下さい」

「好き嫌いを無くすのは良いことね」

と、分かったような分からないような言葉とともに、巫女が洞窟まんじゅうという名前のどこにでもある普通のあんこの饅頭と、クセの強い匂いを発するゴブリン肉串が手渡された。


リンはそれを持って少女の元に戻ると、少女は目を輝かせて待っていた。

「美味しそうなゴブリン肉ですね!」


――あれ、ゴブリン肉、知っているの?

とリンは思ったが、とりあえず買ってあげた饅頭3つとゴブリン肉串を手渡した。

饅頭については不思議と見たことが無さそうだったが、「パオにどこか似てますね。食感が少し独特ですけど、甘くて美味しいです」とのことだった。


少女は勢いよく饅頭とゴブリン肉串を食べ切ると、ようやく落ち着いたらしく、すっかり涙は引いていた。

「すみません、先ほどは取り乱してしまって。助けていただいて、本当にありがとうございました。私の名前はアイゼリエル。王都パルンゲイヴの第三王女です。転移魔法の実験を色々していたら少々失敗してしまったようで、気がついたら私自身もここまで飛ばされてしまいました。あなたのお名前は? あと、ここはどこかしら?」

――異世界からやってきた……、よりは、頭がお花畑になっている人の方が可能性はあるかなぁ……。

リンはどう対応しようか迷ったが、とりあえず少女の話を聞くことにした。


「私は羽衣はごろもリン。ただの女子高生です。ここは宇賀神社で、もう少し広く言うと、日本という国ですね。……というより、パル……? そんな名前の国は聞いたことが無いですけど、どこら辺にあるのですか?」

「まぁ! 王都パルンゲイヴを知らないとは、かなり田舎にまで飛ばされてしまったようですね。ミルークシ大陸東にある光の国の中心都市で私の父たる国王アシャエル様も住む都市ですよ。今度助けていただいたお礼に、是非とも我が王都パルンゲイヴをご案内させていただきますね。それにしても、うがじんじゃ? にほん? ですか。それはミルークシ大陸のどの辺りにあるのでしょうか? 流石にいくら田舎でもテレポートボックスは設置してありますよね?」


――うわぁ……、唐突な田舎呼ばわりに少しイラッとしたけど、話し方とか反応がガチの異世界者っぽい……。

そう思ったリンは、その可能性について話を進めてみることにした。


「ええーっと……、ちょっと残念なお知らせと言いますか、落ち着いて聞いて欲しいんですけど、日本って国は全世界的に結構有名だと思いますし、ここには多分ミルークシ大陸という大陸はありません。あと、今この世界にはテレポートを可能にする技術はありません」

「…………え?」

少女の返答には変な間があった。恐らくリンの言葉を理解するのに時間がかかったのだろう。


「もしかして、アイゼリエルさん、魔法使いだったりしますか?」

これは少女の服装からの推測である。

「あ、あぁ……、魔法使いというか、魔法は多かれ少なかれ人間ならば使えて当たり前でしょう」

「ちょっと、今何か簡単な魔法を使ってみてくれますか?」

「いいですよ……って、あれ……!?」

少女は驚愕に両目をまんまるに見開いた。

リンはもしここで魔法が使えたらどうしようかと思ったが、リンの想像の通りの結果となった。


「どうして……、マギトロンがほとんど無いじゃないですか。そんなことが……」

「マギトロン? ってのが無いと魔法が使えないんですね」

「そうです。常識です。酸素が無いと人間が死ぬのと同じくらい常識です。それがどうして……」

少女は混乱のせいでまばたきの回数が多くなっていき、また呼吸も浅くなっていった。


「それはね、多分アイゼリエルさん、ここがあなたの元々居た世界じゃないからだと思います。転移実験を失敗しちゃったんですよね。そのせいで次元を越えて、異世界転移してしまったのではないでしょうか……」

「…………!!」

少女は何も言えないでいた。ただただ、目を見開いて、目の前の現実をどうにか理解しようとしていたが、上手くいっていないようだった。


 ***


既に夕日は山並みの向こうへと消え、徐々に周囲も薄暗くなってきたため、とりあえずリンは混乱している少女を自宅まで連れて帰ることにした。

少女は石段を降りている最中も、ずーっと下を思い詰めた目で見つめており、必死に現実を受け入れようとしているように見えた。


家に到着すると、リビングの椅子に少女を座らせて、冷蔵庫から常備している冷たい緑茶を出してあげた。

ガラスのコップに入れて少女に出してあげると、驚きの目で緑茶を見ていた。


「なんですか、この変な色の飲み物は……?」

「何、って言われても……、ただのお茶だけど……」

「これがお茶……、そう……ですか。元の世界にもお茶はありますが、こんな色は初めてです……。それに、ここまで来るにも、全く見たことも聞いたことの無いものが凄いスピードで走っていましたし、変な形の建物も見ましたし、奇妙なこの飲み物……。リンさんが言ったとおり、本当に元いた世界とは全く別物みたいですね。誰も魔法を使っていないようですし……」


目に涙を溜めつつ、必死に現実を受け入れようとする少女に、思わずリンは椅子に座っていた少女に近づき、少女を抱きしめていた。

すると少女は堪えきれなくなったのか、嗚咽を漏らしながら涙声で言った。

「……リンさん……! 私、どうしたらいいんでしょう……!? 魔法も使えないし、戻る方法も無いし。戻りたいのに……! お父様……、お母様……」

「大丈夫だよ、きっと戻れるよ。ここに来たってことは戻る方法があるってことだよ。それを一緒に探そうよ! 大丈夫だって!」

「無理ですよ! だって、私、魔法が使えないんですよ。魔法が使えないんじゃ、失敗した転移魔法だって使えないんですよ!」

「そんなことない! そんなことないよ! 戻れるよ!」

リンはひたすら根拠も無く、戻れると主張し続けた。リンも涙で顔がぐじゅぐじゅになっていた。

少女とリンの泣き声だけがリビングに響き続けた。


 ***


暫く二人で抱きつきつつ泣いていると、興奮していた反動か、徐々に落ち着いてきた。

すると同居している宇賀神社の神主であるおじいが帰ってきた。

おじいに今日の出来事を話すと、裏山でこの少女を見つけたと言ったときに、何故か遠い目をして何かを思い出すような目つきになった。


――なんだ?

とリンは思ったが、そのまま話を続けた。

そしてリンは、この子をうちで保護して今後一緒に生活していきたいこと、外向きには異世界については秘密にして、外国にいる親戚の子を日本で生活させることになったと説明をすること、名前は「相瀬リエル」として生活していくことを、おじいと少女に提案した。

異世界のことを話しても信じてもらえないだろうし、外国出身ということにしておけば、多少常識はずれなことをしたとしても大目に見てもらえるだろう、という目論見であった。


リエルは、そんな見ず知らずの人のために申し訳無いと辞退しそうになったが、この世界に他に頼れる人はいるのかとリンが尋ねたところ、素直に提案を受けてくれることになった。

おじいも「別に構わないよ」と、あっさりとリンの提案を受け入れてくれた。


ただリエルは1点だけ注文をつけてきた。

「アイゼリエルは『アイゼリ』が固有名で『エル』が第三王女を示す接尾語なので……あまりそこで区切るのは、何というか……不自然なんですが……」

とのことだった。


これに対しては

「えー! こっちの方が可愛いし、いい名前だと思うけどな!」や「こっちにいる間だけだからいいじゃん!」というリンのゴリ押しで、『相瀬リエル』という名前が使われることとなった。


リンとリエルはおじいと一緒にご飯を食べ(食べたことの無い肉ですね!)

お風呂場の使い方を教えつつ一緒に入って(これ、魔法で水が出ているんじゃないのですか?)

リンの部屋に2枚の布団を敷いて一緒に寝ることになった(ふかふかですね!)


その夜、リンは微睡まどろみの中こんな声を聞いた。

「うう……お父様……、お母様……」という小さな呟きと、リエルの微かなすすり泣きだった。

リンは、どうにかしてリエルを元の世界に返してやりたい、と改めて決心した。

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