ガールズ・ケイヴ・エクスプローラー

皆尾雪猫

第1話 初めての出会い

朝、目覚めると、羽衣はごろもリンはいつにも増してウキウキだった。

――遂に、遂に!


ベッドから飛び起きて、顔を洗う。

鏡に映る自分の表情を見ると、いつも以上に口角が上がっていることに気づき、それを見てさらにニヤけてしまう。

――今日!


いつもの朝ごはんを食べて、いつものパジャマからいつもの濃紺のセーラー服に着替える時も、なんだかいつもより姿勢を良くしてしまう自分に気づく。

首元のリボンも丁寧に結びつけ、濃紺のソックスをぴっちりとふくらはぎを覆うように履く。

――16歳に!


「いってきまーす!」と元気に声を出して玄関を飛び出す。

最初はいつものように歩いていたが、徐々に早る気持ちが抑えられずに早歩きになり、さらにウキウキした気分のまま思わず走ってしまっていた。

初夏の涼しい風に濃紺のスカートがたなびく。

――なりました!!


 ***


そのままの勢いでリンは学校に到着すると、息を軽く弾ませつつ高校の1年生の教室へと入っていった。そこまで息が上がっていないのは日頃の剣道部での鍛錬の賜物だろう。


するとクラスメイトで幼馴染の新田ミキが声をかけてきた。

「おはよー、リン」

「おはよー!」

「おー、朝から元気だね、何か良いことでもあった?」

「良いこと、というか、今日遂に16歳になったんだよ!」

「あ、そうだったね、誕生日おめでとう! 遂にバイクに乗れるね!」

「そうじゃなくて!!」


16歳になると何ができるのか。

義務教育が終わり、働き出したり高校生になる年齢。また法律上ではバイクの免許取得や女性ならば結婚も可能になる。しかしリンが楽しみにしていたのはそのどれでも無かった。


「『大洞窟』に入れるようになるんだよ!」

リンは元気いっぱいに宣言をした。


リンの言う『大洞窟』とは、約10年前に箱根の山中が崩落したことで見つかった洞窟で、その内部にはこの地球上の動物とは似ても似つかない危険なモンスターが住み着いていた。

崩落当時は自衛隊も出動する大騒ぎとなったが、現在では国による管理が行われ、内部の調査とモンスターの討伐が『探検家』によって進められている。そしてその『探検家』になるには試験に合格して国家資格を得る必要があり、その試験の最低年齢が16歳なのであった。


「そうだねぇ、流石に何度もリンから聞いたから知ってるよ。『剣道美少女』もようやく出陣って感じですなぁ……」

「その『剣道美少女』ってやめて! もうあんまり『少女』って歳でもないし!」

「ほーほー、『美』のところは認めるのね」

「だーかーらー!」

ミキのからかいにリンは頬を膨らませた。


「はは……、ごめんごめん。で、いつ探検家試験なの?」

「次の土曜日。もう申し込んだからバッチリ」

「そうなんだー、頑張ってね!」

「ありがと!」


 ***


リンは授業を終え、いつものように剣道部の練習へと向かった。

ここ最近、もうすぐ夏の新人戦があるため気合いを入れて練習をしていたリンだったが、今日に限っては節目の誕生日であるために。より一層気合いを入れて取り組んだ。

それを見ていた同級生や先輩達は「こえー……」「めっちゃ気合い入ってるな……」「罵られたい……」「格好いい……」「すげー……」「可愛い……」と言ったとか言わなかったとか。


練習を終え、自宅に帰ったリンは、同居の祖父である「おじい」がいないのを確認すると、学校の荷物を置いてそのままもう一度家を出た。

そして右手に少し進むと、上まで長く続く石段を仰ぎ見た。


その石段はおよそ100段近くあり、その上には宇賀神社という、リンの祖父が神主をしている神社があった。

その神社こそ、約10年前に崩落が発生して『大洞窟』が発見された場所であり、現在では神社に加えて、探検者管理棟や訓練所等の探検関連施設が設置されている。

そして何より、その神社こそ、現在では探検に関連するあれこれ、主に探検の無事や安全祈願のための神社とされているのだった。


リンとしては、既に何度もそこで祈ってはいたのだったが、16歳になったこともあり、宇賀神社に探検家試験の合格を祈願しに行こうと考えて、石段を上り始めた。

――同年代の女子と比べたら体力はあるだろうけど……。大の大人でもめっちゃキツい試験だって噂だからなぁ……。まぁなるようにしかならないし、頑張るだけなんだけどさ。


そんなことを考えていると、特に息をあげることもなく階段を登りきり、宇賀神社の正門に到着した。

神社の本殿は約10年前にモンスターによって破壊されてしまい、数年後に再建されたものであるため比較的真新しい紅色を保っていた。

その両側にはお土産を売っている社務所が配置されており、洞窟まんじゅうや洞窟おみくじ、各種モンスターの皮革や牙を使用した珍しいお土産が売られていた。

「珍味! ゴブリン肉串!」というノボリは流石にやめた方が良いのではないかとリンは思っている。

――だってあれ、前に食べさせられた時、臭みとエグみが凄くてとても食べられなかったからなぁ……。


リンは本殿の前に着くと、奮発して五百円玉をお賽銭箱に投げ入れ、こう祈った。

――試験に受かりますように、試験に受かりますように、試験に受かりますように!


リンは念のため3回祈ると、この神社にあるリンのお気に入りスポットに向かうことにした。

本殿の左脇に道を逸れ、暫く道なき道を上ると、右手の遠くに洞窟の入り口が見え、そこを出入りする探検家達の様子が視認できる。

幼少期のリンはしばしば宇賀神社の階段を登って、ここから『大洞窟』に入っていく探検家達を憧れに満ちた目で見ていたものだった。

洞窟の内部では太陽はあまり関係ないものの、やはり朝早くに探検に出かけ、夕方に帰る探検家が多く、ちょうど何人かの探検家が洞窟から出てくるところだった。

――あれは神林隊かな? ……もうすぐ私もきっとあの洞窟の中に……。

そう思うと、リンも胸の高鳴りが抑えきれず、思わず口元が緩んでしまうのだった。


そうして暫く洞窟の入口を眺めていると、ふと、リンの近くに奇妙な塊があるのを発見した。

落ち葉の積もった上に暗いワインレッド色の塊に、細かい変な模様の……刺繍?

――肌色のものが2本出ているけど……、あれは……まさか……、足?


足を認識した瞬間、リンはそのワインレッドの塊に駆け寄り、仰向けにした。あどけない顔立ちをした銀髪の美少女だった。

「大丈夫ですか!?」

「……」

リンは返事がないことに焦りつつも、口元に顔を持ってくると、その少女の呼吸が感じられた。

――息はある! ……えっとえっと、こういう時はどうしたらいいんだっけ……?


リンは昔にどこかで習ったような気がする救急救命を思い出そうと焦っていると、少女がもぞもぞと動き始めた。

「……うーん」

「大丈夫ですか!?」

「あれ……、ここは……?」

「ここは宇賀神社よ。あなた、お名前は? どこから来たの?」

「名前は、アイゼリエル」

――あいぜりえる?


「どこから……。どこから……? あれ……?」

アイゼリエルと名乗った少女は混乱している様子だった。


リンは改めて少女をじっくりと見ると、真っ黒な三角形のとんがり帽子に銀色のさらさらロングヘアー、細かい刺繍の編み込まれた黒色に近いワインレッドのローブ、その中には清潔感のある細かい刺繍の入った白いシャツに落ち着いた色味のミニスカートにそこからすらりと伸びた2本の細い足。

――えっと、魔法使い……の、コスプレ?


そんな疑問を抱いていると、つつーと少女の目から涙がこぼれ落ちていた。

「え……、どうしたの!?」

「大丈夫……です、ちょっと色々混乱してしまって……」

「それなら良いのだけど……」

そうやって話している間にも、次から次に涙が溢れていた。

ひっくひっくという嗚咽が漏れていた。

リンはその様子を何も言えずに、ただ見守っていた。


暫くすると唐突に少女のお腹から「ぐー」という音が鳴った。

「……えーっと……、お腹空いてる? 何か食べる……?」

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