第13話 初めての『紺碧の祭壇』


地下1層G地区

入口付近には設置してある裸電球も見えなくなって、既に十数分が経過していた。

ヘッドライトと手持ちのランタンの光源を頼りに『大洞窟』内部をリンとリエルは進んでいた。

洞窟内部の壁面はゴツゴツとした黒い岩肌が露出しており、その岩肌から水が染み出している部分もあり、時折ぽちゃんという軽い音が洞窟内に反響していた。


リエルは杖を手に持ちつつ索敵術ソナーをここまで行い続けてきたが、既に手慣れたもので、特段疲労はまだ感じていなかった。

そしてたまに索敵術ソナーに引っかかるモンスターもいたが、幻惑術イリュージョンにより偽の感覚を与えることで、あらかじめリンとリエルに出会わないように誘導をしていた。

リンはそんなリエルに感謝しつつも、念のため警戒だけは怠らないように、ゆっくりとリエルの前を歩いていった。


リンはタブレットに表示された地図をリエルと共に見つつ、目的地までの行程を確認する。

「えーっと、今日は地下1層の終わりで2層の入口まで行くから、これで大体半分くらいかなぁ」

「流石に少し遠いねぇ。まぁまだあの試験に比べたら楽勝だけど」

「そうだね」

と二人で例の資格試験のキツさを思い出し、思わず苦笑した。


「それはそうとリン、この地図上に書かれているアルファベットの○地区、って言うのはどうやって決まってるの? さっきまでD地区にいたような気がするんだけど……」

「あぁそれは適当なまとまりごとに、探検された順番にAから順につけられてるだけだから、あまり規則性はないんだ。D地区の隣がG地区だったりね」

「そうなんだー。それじゃ、地下1層・2層はどうやって区切ってるの? 普通にここまで探検するだけでもアップダウンはあったけど、これってどこまで下がったら地下2層なの?」

「あぁ、それはわかりやすくて、壁の色が違うんだってさ。地層の関係で、地下1層は黒いゴツゴツした岩の壁、地下2層は白っぽいツルツルした壁、地下3層は多少エーテルが濃くなるせいで、エーテル鉱石の淡く光る壁なんだってさ」

「へぇーなるほど」

「ちなみに、地下4層はまだ発見されてないんだよ。あるかどうかも分からないしね」


そんなことを話しながら警戒を怠らないように進んでいくと、突然リエルが緊張感のある声を出した。

「あ、これは、幻惑術イリュージョンが効かないモンスターです。このままだと戦闘になっちゃうので、そうなったらリン、お願いします」

「オッケー任せて!」とリンは剣を鞘から引き抜いた。

「これは……、なんでしょうね……」

すると暗闇の向こうから四足歩行で猪っぽい顔つきのモンスターがこちらを窺うようにゆっくりと出てきた。

体長は1メートル弱あり、猪よりも獰猛な赤い眼と長くカールした牙、さらに頭の中央にツノが1本生えているのが特徴的だった。


「ボアですね。コアは下腹部にあります」

リエルは予習済みだろうと思いつつも念のためコアの位置をリン教えつつ、戦闘に備えて杖を正面に掲げた。

リンも先日完成したマイ日本刀を鞘から抜いて、正面に立てて構えた。

吸って、吐いて、呼吸と共に集中を高める。

狙いはただ一つ。コアである。


「はっ!」

リンが気合いと共に走り出すと、ボアもリンを敵と認識したのか、体勢を低くして駆ける姿勢となった。

遅延術ディレイ!」

リエルはボアが駆け出すピタリのタイミングで進行方向のエーテル濃度を急激に上げ、ボアの進みを急激に遅らせる。先日筑紫と開発したばかりの術で対モンスターの実践は初めてだったが、どうやら上手くいったようだった。

ボアは急に思うように体を動かせなくなり、獰猛な赤い目がさらに怒りに滲んだ。


そこにリンの淡く光る日本刀が駆け抜けた。

見事にボアの下腹部を引き裂き、赤い血と共にコアを破壊していた。

みるみるうちにボアの体は萎んでいき、その場にはピンポン玉くらいのエーテル鉱石だけが残されていた。


「やったぁ!」

「やりました!」

リンとリエルは両手を取り合って喜んだ。初めての2人だけの戦闘は上々と言える手際の良さだった。

「でも、油断しないで行こう、リエル」

「はい!」

2人は落ちたエーテル鉱石を回収しつつも、既に意識は次のモンスターへと向かっていた。


その後もリンとリエルは順調に探検を続けていた。

リエルの幻惑術イリュージョンで避けられるモンスターならば出来る限り戦わない方針で、避けられないモンスターのみと戦っていった。


途中、火の玉と呼ばれる、ふわふわした浮遊する炎のようなモンスター3体と出会った。

空中にぷかぷかと浮かび、特に攻撃してくるでもなく、逃げるでもなく、ただオレンジ色に発光し、しかも熱い訳でもない、という奇妙なモンスターだった。

『大洞窟』の暗闇に浮かぶオレンジ色の揺らめく光はとても幻想的で、焚き火のように落ち着く光景ではあったが、長時間見つめていると、幻覚を見ることになると言う報告もあったため、弱点である氷雪術ブリザードでリエルがさっさと倒してしまった。


「それにしても綺麗だったね。あんなモンスターもいるんですねぇ」とリエルは驚いた様子でリンに言った。

「本当に綺麗だったねぇ。先輩探検家から色んな噂は聞いていたけど……」

リンは宇賀神社の神主の娘ということで、小さい頃から先輩探検家達に構ってもらいつつ『大洞窟』内部の話を色々と聞いていたのだった。

「やっぱり聞くのと実際に見るのでは全然違うねぇ……」

リンは探検家になり、ロマン溢れる『大洞窟』を自由に探検できる喜びを改めて噛み締めていた。


「あれ、そういえばリン、さっき火の玉に驚いていたけど、ああいうモンスターは元の世界にはいないんだ」

「そうですね、見たことがないです。……、まぁ私が知らないだけかもしれませんが」

「そうなんだ。……、あれ、リエルってモンスターのデータをダウンロードしたよね。その中で元の世界にもいたモンスターってどれくらいいた?」

「うーん、名前が違っていたりして、本当に同じモンスターか怪しいのも結構いましたけど、8割くらいは見たことのあるモンスターでした」

「ってことは、やっぱりこの『大洞窟』に出現するモンスターは、リエルの世界から転移してきたモンスターってことになりそうだね」

「そうですね。でも逆に残り2割は何なんでしょうね……」

「うーん、この洞窟内で普通の動物やリエルの世界のモンスターが進化したとか?」

「なるほど……」

「ま、いずれにせよ、やっぱりこの洞窟内にきっとリエルが元の世界に帰る秘密があると思うんだよ。ってことで、まずはサクッと地下1層をクリアしちゃおう!」

「はい!」


そんなことを話しながらさらに探検を続けていった。

『大洞窟』に潜り始めて、1時間程度経ったところで、遂に地下1層の終わりが見えた。

そこには細い通路になっている下りの階段があった。そしてその階段の壁面には、一定の感覚で青緑色にほのかに光るエーテル鉱石が嵌め込まれており、下りの階段を優しく照らしていた。


「階段……? こんなところに……?」

リエルが不思議そうにリンに尋ねる。

洞窟には似つかわしくない、人工的な階段とライト。

「本当に不思議だよね。発見当初からこんなだったんだってさ」

とリンが昔から探検家から聞いていた話をリエルに伝える。


一段一段ゆっくりと階段を降りていくと、すぐに終わりが見えてきた。

「さぁ、リエル、着いたよ」

リンがリエルの手をとって、階段の一番下へとたどり着くと、その目の前には、『神殿』としか言いようがない空間が広がっていた。


地下1層の黒々とした岩肌を削って作られた広々とした四角形の人工的な空間。壁面には階段と同じような青緑色のエーテル鉱石のライトと、細かい装飾が施されたギリシャ風の柱のようなレリーフ。さらにそのレリーフの周囲には植物を模した細かい図形が岩肌に刻み込まれており、職人的な技巧が見てとれた。

そして神殿の中央には祭壇のような台が置かれており、植物を思わせる彫刻が細かく刻み付けられていた。そして祭壇は、かつてここで何らかの宗教的な儀式が行われていたことを窺わせた。

地下空間全体が青緑色の淡いエーテル鉱石の光に照らされており、さながら深海に沈んで何世紀も経過した神殿のような幻想的で退廃的な雰囲気だった。


「凄い……、噂には聞いていたけど……、本当に凄い……」

リンは目の前の光景を目の当たりにして、感嘆の声を出した。

「なんで、こんな空間が地下に……」

リエルは目の前の光景が受け入れられずに、唖然とした声を出した。


「ここが、地下1層の終点で地下2層の始点。通称、紺碧こんぺきの祭壇。どう、リエルが元の世界に戻る秘密も、この『大洞窟』にありそうな感じがしない?」

リンははにかみつつも、自慢をするような笑顔でリエルにそう言った。

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