第12話 初めての戦闘訓練
ようやくリンが通っている高校が夏休みに入り、その夏休み初日にリンとリエルは『大洞窟』へと探検に出かけることにした。
リンとリエルが訓練場で探検への準備をしていると、おもむろに貫禄のある男性から声をかけられた。
「よお、リンちゃん。久しぶりだな。遂に探検家になったんだってな」
「あ! 神林さん!」
「そっちのお嬢ちゃんは噂のリエルちゃんだな。宇賀神社で巫女のバイトをしているのは何度か見かけたけど、挨拶するのは初だよな。こんにちは、はじめまして、俺は神林雄二だ、宜しくな」
「はい……、宜しくお願い致します」
その神林雄二と名乗った男性は、スポーツ刈りで30代半ばくらいの風格のある顔立ちをしていた。体格もがっしりとしており剣士としてこれまで最前線に立ってきたことが窺えた。
リンとは昔からの知り合いのようで、リエルに紹介をしてくれた。
「この人は神林さん。この探検家協会の理事長さんでとっても偉い人。『大洞窟』の崩落当時は自衛隊員として鎮圧にあたってくれてたんだけど、その後探検のために自衛隊をやめて昔から今まで常に第一線で探検をしている私の尊敬する人。この人に色んな話を聞いて、私も探検家を目指すことになったようなもんかな。つまりは私の進路を捻じ曲げた張本人」
「おいおい、そんな言い方は無いだろう」と神林はガハハと笑いながら言った。
「それでリンちゃん。今日はどこまで潜るつもりなんだ?」
「一応、地下1層の終わりまで行こうかと思ってます」
それを聞いた神林は目をスーっと細めて、急に真剣な表情になった。
「なるほど……、お前ら、探検は何回目だ?」
「3回目ですね」
「同じ隊の人は?
「この2人だけで探検するつもりでした」
「……、悪い事を言わないからやめておけ。いくら地下一層だからって、初心者の女の子2人で行くのは危険すぎる。最初はもっと先輩の隊に混じったりして、探検に慣れていくもんだぞ」
「それは知ってますけど……、でも筑紫さんやターニャさんから、2人で問題ないと言われているので、そうする予定だったのですが……」
リンの思わぬ反論に少しだけ神林も驚いたようだった。
「筑紫とターニャが? あいつらを信じない訳じゃないが……流石にこんな若い女の子2人で地下一層は……。それじゃ筑紫やターニャと一緒には探検するのは?」
「そんないつもお二人に助けてもらう訳にもいかないですし、今日はお二人ともそれぞれの隊で探検に行くそうです」とリエル。
「そうか……、それじゃ、俺の隊に今日だけくっついて来るか?」
神林は気軽な調子で提案をしてくれた。
しかしいつの間にか、神林の後ろに神林隊の隊員らしき3人が待っており、そんな神林の提案に顔をしかめていた。
通常、探検は剣士2人、術士2人の4人が1チームとして隊を結成することが多く、それ以上だと狭い洞窟内で行動するのが徐々に難しくなってくる。また一緒に探検をする場合は、最も体力・経験の無い者にレベルを合わせる必要があるため、必然的に隊として行動する範囲は狭まってしまう。
つまり、神林隊にリンとリエルがついていくのは、本来予定していた神林隊の探検が出来なくなってしまうことを意味している。
そんなことをすぐに察知したリンは「大丈夫です。そんなお気遣い頂かなくとも……」と丁重に辞退をした
「いやいやいや……」
「いやいや、そんな。ほら、もう他の隊員の方達がお待ちですよ」
と早く諦めてくれるように、リエルは他の隊員の反応を指し示す。
すると突然、神林の目がキラリと光った。良いことを思いついたような表情をしていた。
「……わかった、それじゃ俺がお前らの実力を試させてくれ。お前らの実力を直接知らないせいで心配になるんだから。その結果次第で2人だけで行ってくれて構わない。もしダメなら今日のところは探検はせずに、次から俺や筑紫、ターニャと一緒に行くことを約束してくれ。内容は、そうだな……シンプルに、この訓練場で2人がかりで俺を倒せたら勝ち。これでどうだ?」
「わかりましたよ……」
挑発的な神林の表情に対して、リンもまた楽しそうな顔をしていた。
どうやら剣士としての血が騒ぎ出してしまったようだった。
一方のリエルは複雑そうな顔をしていた。
――ええっと……、どうしてこんな展開になったのでしょうか……?
***
「俺とリンは流石に木刀を使うが、リエルちゃん、あんたは本気で来て大丈夫だ」
「え……?」
リエルは何か言いたげにしていたが、神林とリンはお互い剣を構えており、何も言い出せなくなってしまっていた。
さらに神林が模擬戦をするという噂を聞きつけて、見物のために探検家が訓練場の中に徐々に集まってきていた。
――本当に何なんでしょうか、この状況……。
とリエルは思いつつも、仕方なく杖を目の前に掲げて、神林に向けて構える。
――
などと構えながら、あまり緊張感もなくリエルは考えると、唐突にリンの明るい大声が聞こえてきた。
「やー!!」と叫びつつ、リンが神林に向かって走る。それと同時にリエルも6割程度の力でエーテルカッターを飛ばす。
「ふん!」
神林はカッターが飛んでくる方に向かって片手を出してと気合いを入れると、信じられないことに、カッターが相殺されて消滅してしまった。
「どうしたリエル、あんたの本気はこんなもんじゃないだろう、本気で来いと言ったじゃないか!」
神林はそうリエルに向かって叫びつつ、向かってきたリンの剣戟を木刀でいなす。
カンカンカンと木刀同士が打ち付け合う音が訓練場内に響き渡る。
リエルは先ほどの神林の行動に驚きつつも、『本気で』という神林の言葉はそのまま額面通りに受け取って良いと思い直し、次の攻撃の隙を伺っていた。
すると、鍔迫り合いで押されかけていたリンが、神林から一旦距離をとったところで、チャンスが回ってきた。
「
すると、神林の周囲のエーテル濃度が局所的に高まり、まるで水中で手を動かすように動作が緩慢になった。筑紫と共に、元の世界よりも薄い洞窟でも使える術として新たに開発したものだった。
新しく見る術に神林も驚いた表情をしていたが、すぐにエーテル濃度の薄いところに飛び避けて、リンの剣を受け切っていた。
――新しい術への対応も早い……どうすれば……。
リエルは次の術をどうしようかと考えていたが、リンと神林の剣の打ち合いも徐々に、リエルの目にもリンの劣勢になっていくのが見てとれた。
すると神林の剣が一閃し、リンの木刀が左へと大きく逸れて、リンの体がガラ空きとなった。
――危ない!
とリエルが思うと同時に、杖を神林の方に向け、エーテルカッターを打ち込んだ。
今度は威力を調整する暇もなく、本気の刃を何本も向けた。
しかしそれでも、神林は左手をリエルに向けると、体にぶつかる刃のみを相殺させ、そのまま右手一本で木刀をリンの首元でピタリととめた。
誰が見ても神林の勝利だった。
リンはバランスを崩した態勢のまま口を真っ直ぐに結んで、悔しそうな表情をしていた。
「負け……まし」
「いやぁ! リンちゃんも強くなったなぁ……!」
首元の木刀を戻しつつ、神林は大声でリンを褒め始めた。
「いつまでも昔の小さいリンちゃんじゃないってことだよなぁ……。どうしても俺ぁ昔のちっちゃなリンちゃんの印象が強くてよ、さっきはあんな余計なお世話を言ってしまったが……、いっぱい練習をして立派な剣士になったんだなってようやく実感したぜ。中々良い剣筋だった」
「え、それって……」
「それにそっちのリエルちゃんも、最後の術は中々キレが良かったぜ。弱ぇモンスターならイチコロだし、あれを無傷で切り抜けられるのは、術士でもそうはいねぇんじゃねぇか?」
と神林は自分の技量を謙遜することもなく、自信たっぷりに言った。
「ってことで、二人で探検に行ってヨシ! お前らよりも弱いやつで探検している奴はいっぱいいるからなぁ! お前らもそんな見物なんてしてないで、鍛錬つんどけ!」
と急に神林は、周囲で彼らの戦いを見ていた人に向かって煽りはじめた。
「え、ちょっと」
「待って下さい……」
急な神林の煽りで、リンもリエルも急に恥ずかしくなって赤面をしてしまった。
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