第11話 初めての露呈

帰り道は特段モンスターに出会わずに帰ることができた。

それもこれもリエルの広範な索敵術ソナー幻惑術イリュージョンのおかげであった。

リエルのエーテルの網に引っかかったモンスターは全て、モンスター体内でのエーテル操作によって、リン達一行とは反対側に進むように仕向けられていた。

地下1層に潜むモンスターはこのような幻惑術イリュージョンで惑わされる弱いモンスターが多く、それ以上に強いモンスターは帰り道にはいなかった。


そんなリエルのエーテルコントロールの様子を、筑紫はじっと感じ取りながら、リエルの様子を観察していた。

リエルは途中、そんな筑紫からの視線に気づいたからか、何故だか唐突に背中に悪寒が走った。

――なんでしょうね、筑紫さん……、そんなに見つめられると恥ずかしいです……。もしかして……、そう言う趣味の方なのでしょうか……、まぁ確かに筑紫さんは少女のあどけなさの残る可愛い方ですけど、私は別に……そういう趣味嗜好ではないのですが……。

エーテルを操りながらも妄想が止まらないリエルだった。


こうしてリン達の初めての本格的な探検も無事に終了した。

リンは出口の探検家管理棟でしっかりと忘れずに『帰還』にチェックを入れた。

リエルも同じように『帰還』にチェックを入れようとすると、不意に筑紫に呼び止められた。

「なぁ、リエル、ちょっと話があるんだが……、もう一度少しだけ洞窟に入らないか……?」

「……?」リエルは不安げな顔で筑紫を見て、それからリンを見た。


「あぁ、すぐ終わるから、リンは帰っててくれ。ちょっと術士の専門的な話さ」

しっしっ、と手を振りつつ、気楽そうに筑紫は言うが、それならば帰りの途中で話していれば良いので、言い訳で怪しさがかえって増したように感じられた。

また帰還途中の筑紫の熱い視線も気になるところだった。

――まさか……! 本当に……!


筑紫は有無を言わさずにリエルを引っ張り、リンとターニャを置いて再度洞窟の中へと連れていってしまった。

『帰還』にチェックを入れてしまったリンとターニャは、その場で顔を見合わせて呟く。

「どうしたんだろうか……?」



リエルは筑紫に腕を掴まれて、ずんずんと洞窟の入口を進んでいた。

入口付近はまだ道も整備されており、壁にはポツポツと白熱電球が灯っていてかなり明るい。

術を使わずとも、モンスターがいないのを目視で確認できる。

筑紫はきょろきょろと周囲に人がいないのを確認すると、リエルに唐突に問いかけた。


「あなた……何者なの?」

「……えっと……? どういう意味でしょうか……?」

リエルは筑紫の言い方から、真剣な問いであることは察されたが、どう言う答えが期待されているのか全くわからなかった。

――異世界から来たってのがバレる訳もないし……。


「はぁ……、端的に聞くわ。あなたモンスター?」

「……、いやもっと意味がわからなくなったのですが……」

――モンスター級の術士ということだろうか?

とリエルが考えていると、筑紫が説明をしだした。


「はぁ……、あのな、この『大洞窟』のモンスターが普通の動物と違う最大の特徴は何だ? 答えてみろ」

「……?」

リエルは筑紫の話が全く見えずに黙って首を傾げた。

「はぁ、これだから。全く、だから探検家試験に最低限の学力試験を入れろっていつも私が提言してるんだ……」

急に小声で筑紫は怒り始めたが、気を取り直してリエルに説明をしてくれた。

「いいか、ここのモンスターと普通の動物の最大の違いは、コアの有無だ。つまり、コアという器官でエーテルを体内に溜め込んでいられるか否かだ。モンスターは何らかの形でエーテルを体内で活用していて、そのためにコアという器官が発達したと考えられている。そしてコアを破壊すれば、貯蔵されていたエーテルの影響でモンスターの肉体は消滅してエーテル鉱石になる。つまりだ、この洞窟内にしか存在しないエーテルを体内に溜め込んで、それを様々に活用するようにこの洞窟内で進化した動物、それがモンスターと言われている。洞窟の外にはエーテルは無いのだから、外の世界の動物にコアが無いのは当然だろう」

スラスラと説明する筑紫に対して、リエルは「なるほど……?」という返答しかできなかった。


「で、だ。リエル。あんた、どうしてコアが体内にあるんだ……?」


リエルは驚いた。恐らくは筑紫の想像とは別の方向で。

――え? この世界の人間にはトロン体コアが無いの?


リエルは話の流れから、コアが元の世界の動物共通器官であるトロン体の意味であると推測していた。

そしてリエルにとっては、全人類・全動物がコアを持ち、そこにエーテルを貯めておくことが当然だったが、筑紫の言葉はこの世界ではそれが当然でないことを示していた。

試しに筑紫の体内をエーテルで走査をすると、驚くべきことに確かにコアがなかった。


――え……どういうこと……?

とリエルは唖然としていると、「おい、今私のことを調べたな!」と筑紫に怒鳴られてしまった。

「ひぃ! すみません……!」とリエルは筑紫の思わぬ大声に驚いてしまった。

「でも……、本当にこの世界の人はコアを持っていないのか確認したかったので……」

「……この世界……? まるでこの世界以外があるような言い振りだな……」

思わず口が滑ってしまったリエルに、筑紫の追及は鋭かった。


「それは……」

こうなったらリエルは全てを話すしかなかった。


 ***


「はぁ……全く持って信じ難いわね。異世界転移? そんなものはファンタジー小説だけにして欲しかったわ……、でもこうして実物が目の前にいるから、……全く、信じるしか無いのでしょうね……」

「はい……、すみません……」

「謝ることじゃないわ。それよりも、元の世界では魔法が当たり前に使われてたんでしょ。それを教えてよ。まだまだこっちの術は未熟で、結構私も頑張って色んな術を開発をしてるんだけど……。そもそも探検家になろうって人が脳筋しかいないのが問題なのよねぇ。それはさておき。きっとリエルの故郷の魔法をこっちでも出来るようになれば、術の精度も威力も上がって、探検スピードももっと上がると思うんだよ。リエルが早く元の世界に戻るためにも。ほら、私にいっぱい教えてよ!」

筑紫の目は爛々と輝いていた。ロリ顔に似合う好奇心に満ちた目だった。


そんな筑紫にリエルは若干引きつつも、故郷の魔法を教えてあげることにした。

「もちろんです! ……でも、今日はもう帰りましょ……?」


筑紫は今日からでも魔法を教えて欲しそうだったが、既にかなり暗い時間になってしまっており、リエルは何とかそれを断ることに成功した。

筑紫は「えー、そんな……」などとショックを受けた困り顔をしていたが、リエルは気にしないことにした。

こうして、ようやくリエルの初めての本格的な探検はようやく終わった。


家に帰るとリンが心配そうな顔をしてリエルを待っていた。

「筑紫さん、怖かったけど、大丈夫だった?」

「うん、大丈夫。良い人だったよ。何だか私が異世界から来たってのがバレちゃって、その話だった。で、結局これから異世界の魔法を色々と教えてあげることになったの」

「えぇ! 何があったのかわからないけど、それは凄いね。筑紫さんがいれば、色んなまほうの解明も進みそうだね!」

「うん、本当に楽しみ!」

とリエルは笑顔で言った。


 ***


翌日以降、リエルは毎日のように『大洞窟』に行くことになった。これまでも宇賀神社の巫女バイトとしてほぼ毎日通っていたが、行き先が社務所から『大洞窟』へと変わることになった。

筑紫も大学が夏休みに入ったのか、毎日のように来ており、宇賀神社の訓練場や『大洞窟』の入口付近でノートパソコンを広げて、次々とリエルの元の世界の知識を聞き取っていった。

ただ、リエルは異世界転移について秘密にしてほしいとお願いしていたため、常に二人でコソコソと聞き取りを行うこととなった。

他の探検家曰く、あんなに連日熱心に宇賀神社に通い詰めている筑紫さんは初めて見たとのことで、しかも常に可愛い美少女と一緒となれば、それなりに変な噂が立つことになったが、本人達の耳には入らなかった。


「なるほどねぇ、やっぱり元の世界とこの大洞窟じゃエーテルの密度が違うんだろうなぁ……」

筑紫はリエルと様々な実験を繰り返して、こう結論付けた。

「そうですね。元の世界とは少しだけ術の感覚が違いますし……」

「それに、エーテルを貯めておけるコアが無いと、やっぱりエーテルを大量に扱うのは難しいんだろうなぁ。コア無しで大気中のエーテルだけを動かすのと、それに加えて体内のコアからエーテルを放出しつつ動かすのでは、やっぱり結果は違うよね……。もちろんリエルの元の世界での鍛錬もあったんだろうけど、根本的に他の術士とエーテルのコントロール量が違うのは、多分このせいなんだろうな」

「なるほど……」


「後は、気軽に術が使える魔法陣が分かればなぁ……!」

と急に筑紫がリエルを見つつ冗談めかして大声を出した。

「うう……、申し訳ないです……」

「ま、しゃーないよ。私だって、家にある電化製品の仕組みとか、ざっくりとしかわからないし、もちろん回路なんて組み立てられないからね。きっと似たようなもんでしょ」

「そうかもしれないですけど、私だって魔法陣を早く勉強しておけば、故郷に戻るきっかけになったかもしれないと思うと……」

「後悔しても仕方ないよ。それよりも、出来るところから考えていこう」

筑紫は愛想が無いなりにリエルを慰めているつもりだった。

「はい、ありがとうございます」

徐々に筑紫の不器用な優しさに気付き始めたリエルであった。

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