第14話 初めての転移魔法陣
地下1層終着点、紺碧の祭壇
神殿のような直方体の空間が、青緑色のエーテル鉱石の灯りでほのかに浮かび上がっていた。
「何でこんな空間が地下に……」
リエルは当然の疑問をリンにぶつけた。
「それが良くわかってないんだよ。最初からこうだったんだって。大昔の遺跡らしいんだけど、年代もいまいちはっきりしなくて、誰がどうやって作ったのかも不明なんだってさ」
「そうなんだ……」
「でも私思ったんだけど、これ、リエルみたいな異世界からやってきた人が作ったんじゃないのかな? モンスターと同じようにリエルの世界からこの『大洞窟』に転移してきた人が、魔法で作ったって考えると、不思議な様式もここにある理由も説明できる気がしない?」
「確かに……、そうかもしれませんね……。でも私も、元の世界でこういう神殿みたいな宗教施設は見たことが無いような……。あ、でも、遥か昔の宗教で、こういう植物模様の装飾と祭壇に特徴を持つものがあったような気がします。それかな……」
「きっとそれだよ!」
「ってことは私の元の世界の数百年前の人が、かつてこの『大洞窟』にやってきて、これを作った……? 想像するだけで頭がクラクラしてしまいますね……」
「そうだねぇ、ロマンって感じだねぇ……」
リンとリエルはエーテル鉱石に照らされた壁面に沿って、その神殿の中を歩いて回る。
内部は全て見渡せる程度の広さで、一番長い辺でも50メートルもないくらいだった。
その壁面は柱が等間隔で埋め込まれており、その間を様々な植物の彫刻が細かく彫ってあった。蔦のようなものから細かい花弁が散らされたものまで、どれも凝った意匠が施されており、それが淡い青緑色に染まる様子は非常に幻想的であった。
そうして、祭壇の目の前にリンとリエルが到着した。
中央の祭壇にも植物を模した彫刻が施されており、壁面と統一感のあるデザインとなっていた。
「この祭壇もとても綺麗ね……」とリエルが祭壇に手を触れながら見惚れていると、リンが何かを思い出したような声を出した。
「あっ……」
「え? どうかしました?」
「確かこの祭壇に触ると……」
とリンが言うと、突然祭壇がゆっくりと音もなく床へと吸い込まれて行った。
「地下2層への入口が開くんだよ……」
そう言っている間にも、祭壇はゆっくりと床に吸い込まれていき、そのまま祭壇のあった位置に大きな穴が口を開くこととなった。
ずん、という重低音が響く。どうやら地下2層に祭壇が到着した音のようだった。
「なるほど……、あれに乗っていれば地下2層に行けるんですねぇ……。びっくりしました……」
「本当に凄い仕掛けだよね。何で祭壇が浮いたまま移動するのかもよくわかってないらしいし、この祭壇にどんな意味があるのかもよく分かってないらしいんだけどさ。まぁ今日はここまでだから、このままこの神殿をゆっくり見て回って、休憩して帰ろうか、リエル」
「わかりました!」
地下2層への穴に気をつけつつ、『紺碧の祭壇』を見て回ると、リンとリエルが入ってきた入口の反対側の壁にドアがあることにリエルは気づいた。
「リン、あのドアはどこに繋がってるの?」
「あぁ、あれはただの『そういう模様』なんだってさ。ほら、壁面にギリシャ風の柱のレリーフがあるでしょ。それと同じような感じの、ドアの形に溝が彫ってあるだけらしいよ」
「えぇ……。そんなこともあるんですねぇ……」
「うん、鍵穴もなくて、剣とか術で攻撃しても全然びくともしないから、ただのイミテーションだろうってのが最終的な結論なんだってさ」
と、先輩探検家から聞いた情報をリンが教えてくれた。
「まぁ、他にほとんど見るところもないから、ちょっと行ってみようか」
ドアの近くにいくと、確かに周囲の壁と同じ岩で作られており、似たような植物柄の意匠が細かく施されていた。そして壁との境界部分では、その植物のデザインが壁からドアへと繋がるように設計されていた。
またドアノブは花のツボミの形をしており、もうすぐ綺麗な花が咲きそうなほど見事な細工だった。
「近くで見ると本当に綺麗だねー」
「そうですねぇ……」
と言いつつ、リエルはツボミ型のドアノブを何気なく握りしめた
すると、唐突に自分の体内から微かにエーテルが吸い取られる奇妙な感触を覚えた。
まるでここにエーテルを流し込めと言われるような感覚だった。
――なんだ?
とリエルは疑問に思いつつも、試しにと体内の
リエルは先程のエーテルを流せという感覚とのチグハグさに疑問を持った。
――どうしてすぐに行き止まりでエーテルを流せないのかな……? 流せないなら無理矢理流す……?
と考えて、リエルは体内のコアからエーテルをツボミに向かって流し込み続けた。
するとエーテルが一定量になったところで、弁が開くようにドアの内部にエーテルが流れ込んだ。どうやら一定以上のエーテル量を流し込まないと開かないフタがツボミの奥にあったようだった。
そのままリエルはドア内部の走査をしてみると、ドア内部にエーテルが流れる細かい水路が網の目のように感じ取れた。その水路は極端に微細で、毛細血管のように広がっており、そこを全てエーテルで満たすには、コアを持つ者でないと難しそうだった。
「リン、このドア、内側に何かありますね……」
「え……? 何でわかるの……?」
「私にはコアがありますから……、ちょっと試してみます」
そうリエルが言うと、リエルは手に力を込めて、ドア内部の水路にさらに一気にエーテルを流し込んだ。
すると急速にドア全体が強い光を放った。
リエルは驚いてドアノブから手を離すと、ツボミ型だったドアノブが青い光と共に開花していった。青い薔薇だった。
ドアに刻まれていた植物の模様も、青白い光と共に微妙に変化していき、ドアと壁の間に隙間が徐々にできて――
――ドアが開いた。
リンとリエルは思わぬ出来事に二人で顔を見合わせていた。
あまりの出来事に少しの間だけ驚きで真顔だったが、すぐに二人とも声をあげて大笑いをしだした。
「あっはっは、リエル、やったじゃない!」
「何だかよく分からないけど、やりました!」
「きっとこの中に何か異世界へのヒントがありそうね!」
リンとリエルは笑顔のまま、扉を開き、その内部へと入って行った。
***
その『紺碧の祭壇』のドアの向こうには、2つの小部屋がつながっていた。
1つ目の小部屋はさながら宿直室のような、簡素な木製の寝台が置かれただけの小さな部屋だった。その寝台以外には何も置かれておらず、壁も白くのっぺりとしたものだった。
さらにその部屋の奥のドアを開けると、2つ目の小部屋があり、その床一面に光る魔法陣が描かれていた。その魔法陣は光る線で複雑な紋様が編み込まれており、見たことのない文字が周囲にびっしりと書かれていた。
リエルは直感的に転移陣だと理解したため「入らないで」とリンに注意をした。
「リエル、これ何なの?」
「多分ですけど、転移陣ですねこれ。これに乗って、エーテルを流せば、どこかに転移できるはずですが……」
「え! 凄い!」
「でも、どこに転移するかは、この魔法陣を詳しく調べる必要がありますし、その転移先が今どうなっているか分からないので、すぐには使わない方がいいですね。私もこのタイプは使ったことがないですし……。もしも転移先が地中になってたりしたら、地面にめり込みますが、それで死にたくはないでしょう?」
「うわ……、それは怖い」
魔法陣の部屋にも魔法陣以外には何も無く、ドアの向こう側の探検は思った以上にアッサリと終わってしまった。
「これだけなんだね」
「これだけでしたね」
と少しだけがっかりしつつも、リンとリエルはこの発見を報告するために、地上へと戻ることにした。
およそ1時間弱かけてリンとリエルは探検家管理棟に戻り、『紺碧の祭壇』のドアが開いたことを報告すると、ちょっとした騒ぎとなった。
既に遅い時間になっていたにもかかわらず、その場にいた探検家で即席の探検隊が組まれ、地下1層最深部『紺碧の祭壇』を目指して出発していった。
その探検隊の中に寺本の姿もあった。
――あれ、奥薗さんが亡くなってから立ち直れてないって聞いてたけど、大丈夫なのかな?
とリエルは思いつつも、「魔法陣が光っている部屋には多分入らない方がいいです……」とだけ念のためアドバイスをしておいた。
それから数日はそのドアの向こう、主に魔法陣について調査が行われていた。
リエルのおぼろげな魔法陣に関する知識と筑紫の分析で、徐々に転移陣の内容が分かってきた。
筑紫が言うには、「一旦、転移陣の上に乗ったものを情報化して、エーテルの流れに乗せて瞬時に流す、という仕組みらしいんだけど、そもそもエーテルが人間の意思とか思考に反応するマテリアルっぽいから、再現実験ができないんだよなぁ。情報化と言っても、0と1のデジタル化という意味ではなくて、例えば『意思次元』みたいな次元があったとして、そこで何らかの形態で表される情報に変換された上で、その次元を通って瞬時に移動をする、みたいなイメージね。あくまで根拠や理論のないイメージだけどさ。でもまぁ想像はしやすいでしょ。そういう感じだからこそ、エーテルの無い地球上のどこでもこの転移陣が使える訳じゃないし、エーテルの無い『大洞窟』以外の地球上での分析もなかなか難しくてねぇ……、だから私の論文が危うい状況に徐々になってきているんだけどさ。あ、でも転移先の目処はある程度ついたよ。魔法陣にあらかじめ転移先がセットされているみたいで、魔法陣に乗った時に転移先をイメージで選択すれば良い、って感じの仕組みらしいのよ。で、そうなるとその転移先がどこかが問題なんだけど、これまでの『大洞窟』内の地形記録と照らし合わせると、転移先の1つが、この前行った『地下プラネタリウム』のところみたいなんだよね。その他にはあと4つプリセット地点があるみたいなんだけど、どうもこれまでの探検記録と考えると、未踏地区にあるみたい。まぁ、地下の地形が変わって、今は既に地中という可能性もあるし、何ならそちらの方が可能性は高いかもしれないからなぁ……」
とのことだった。
リンとリエルは一生懸命理解しようとしていたが、やたらと早口で饒舌に喋るロリ顔天才美少女こと筑紫の解説にギリギリついていくのが精一杯だった。
「後、1つの移転先は恐らく『プラネタリウム』で確定なんだけど、誰が最初に思い切って魔法陣を試してみるか、も問題なのよねぇ。最初くらいはエーテル操作に長けた人に試して欲しいんだけど……、誰が最初に食べられるか分からないキノコを試食するか、みたいな問題よ。私が自分で試すしかないのかなぁ……」
と筑紫はなかなか上手い代役は見つからないだろうなぁと思いながら遠い目をしていた。
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