第22話 初めての『寺本屋』①

リンとリエルと同時に探検家資格試験に合格した武田岳と星名彩奈は、同じ試験で合格していた古江拓と共に武田隊を組み、おおむね2日に1度のペースで地下1層を慎重に探検していた。

登山家を目指している武田は、探検でトレーニングをしつつお金を貯めていって、登山の費用に賄いたいと考えて『大洞窟』の探検を続けている。しかし地下1層の探検のみでは、あまり貴重なモンスターのエーテル鉱石を採取できないためにエーテル鉱石の買取金額もさほど高くはならず、また未到地区の探検ボーナスも得られないため、日々の生活費は稼げるものの、それ以上に登山のために貯蓄をするまでには至っていなかった。


武田隊が地下1層の探検のみに留まっている理由はいくつかあった。まず剣士の武田と古江が、剣の扱いに関しては素人で、スムーズにモンスターのコアを破壊出来ないことが多い。地下1層でよく出会うゴブリンはその肉もゴブリン肉串のために買い取って貰えるため、それはそれで良いのだが、やはりモンスターを倒すのに手間取ると、より強いモンスターや複数のモンスターを相手に出来ないため、なかなか地下2層には心理的に行きにくい。

また、補助術士の星名も、徐々に索敵術ソナーに慣れてはきたものの、それを長時間安定して行うのは疲労が溜まってしまうために難しく、それ以上に索敵術ソナーをしつつモンスターに対して幻惑術イリュージョンをかけたり、ましてや剣士を補助するために遅延術ディレイや各種攻撃術を行うのは無理であった。

そうなると、道中のモンスターを全て補助術無しで剣士が排除する必要があり、しかも剣士も素人となれば、なかなか探検も効率的に進めることが出来ないのであった。


そのような武田隊であったが、いつも通りに朝8時に武田と星名、古江が訓練場で集合した。

「……よし、行こう」と武田が朴訥と言った。

「タケ〜、そろそろ地下1層も飽きてきたんだけど〜」

星名がのんびりした声でセミロングの髪の毛をいじりながら言った。

「……まだ無理だ……」

「え〜、でも……」

「まぁまぁ……、まだ僕たち『紺碧の祭壇』も到達出来てないんだから、地下2層は無理でしょ。探検家が合格してから地下2層に行くおおまかな目安は3ヶ月から半年って言われてるんだから、まだそんな焦らなくてもいいんじゃないかな?」

さらに古江は2人を仲裁するように言葉を続けた。

「だってほら、同期合格者でも、まだ誰も地下2層にたどり着いてな……、あ、そういえばリンちゃんとリエルちゃんが既に何度も行ってたか。あの2人は色々と凄すぎて同期合格者とは思えないんだよなぁ……。筑紫さんと新術の開発をするとか、神林理事長に気に入られるとか……」

「あの2人本当に凄いよね〜」

「ああ……」


そんな会話をしていると、ふと大男の武田が、その背の高さを活かして訓練場内の反対側に寺本を見つけて、こう星名と古江に言った。

「……今日は『寺本屋』を予約しておいたぞ……」

「え〜、『寺本屋』って何ですか〜?」

「えぇ……。何で知らないんですか……」と古江。

「知らないものは知らないも〜ん」


古江は武田の方をチラッと見たが、武田も古江を見つめており「説明を頼む……」と言われたような気がしたため、古江がそのまま解説を続けた。

「探検家組合術士代表の寺本さんは知ってますよね。その寺本さんが、初心者の隊に入って色んなことを実地で教えてくれるっていう探検初心者にめっちゃありがたい制度のことです。寺本さんが最近になって自主的に企画を始めてくれたみたいで、寺子屋をもじって『寺本屋』と呼ばれてます。寺本さんの都合もあって毎日出来る訳でもないですし、とても役に立つってことでかなり予約が取りづらいはずですが……、武田さん、良く取れましたね」

「結構前から予約を入れていた……」

「それならもっと前に言っておいてくださいよ!」

それなら質問事項とかまとめておいたのに……、と古江はブツブツ言っていたが、武田も星名も取り合わずに、すでに近寄って来ていた寺本と挨拶をしていた。


 ***


そうして武田、星名、古江そして寺本の4人で地下1層を探検していくことになった。

まずは、寺本の本職である補助術士に関するアドバイスを星名に少しずつしていった。

「最初の探検以来よね、星名さん」

「覚えてくれていたんですね〜! ありがとうございます!」

「それじゃ、まずは基本中の基本の索敵術ソナーから見せてくれるかしら」

「は〜い、それじゃ行きます」


そう星名はいうと、以前教えてもらった通りに、杖を胸の前に掲げ、エーテルの糸を伸ばし始めた。最初の頃に比べたら、効率的にエーテルを扱えるようになっていたが、それでも寺本からしたら、無駄が多いようだった。

「かなり上達したわね、星名さん。あとはいかに効率的にエーテルを扱えるかどうか、ね。調べる道を限定したり、糸を放つ密度を重要度によって調節をしたり、調べる距離を色々と変えたりすれば、もっと半分以下の労力で索敵術ソナーが出来るはずよ。例えば視界でも、注目しているところ以外ではあまり意識が割かれていないのと同じね。エーテルを目のように使えればもっと効率的になるわね。まぁこれは正直なところ慣れでしかないから、この調子で頑張ってみてね」

「ありがとうございます〜」


寺本はそのまま星名への指導を続けた。

「それじゃ次は、基本補助術である幻惑術イリュージョンを見せてくれるかな。ちょうどこの道の先にゴブリンがいるから、それを私たちの方に誘導する感じで技を仕掛けてみて。武田さんと古江さんは戦闘の準備をしてね」

「は〜い……」

少し緊張した面持ちで星名は返答しつつ、杖を構え直した。

そして、一呼吸を置いたあと「幻惑術イリュージョン」と小さく言った。どこか自信が無いように聞こえた。


星名のエーテル操作を感覚しつつ、寺本はゴブリンへの影響を見守った。

すると、ゴブリンはエーテルの変化は感じたようだったが、いまいち何が起きたのか良くわからなかったのか、周囲を一旦キョロキョロするのみで終わってしまった。

「惜しいわね」

「あんまり幻惑術イリュージョンは成功したことが無いんです〜。特に索敵術ソナーと同時に行うのは本当に無理なんです〜」

「まぁ慣れないうちはね。実のところ、幻惑術イリュージョンって呼ばれる術は、普通モンスターの体内のエーテルを操作することで色んな幻覚・幻聴とかを引き起こす術って言われてて、まぁ、それはそれで正しいんだけど、実際のところはモンスターによって有効なエーテル操作は色々と違ったりするんだよね。感覚を目に頼っているモンスターは目付近のエーテルを操作して、耳に頼っているモンスターは耳付近のエーテルを操作して、みたいな感じ。ゴブリンは耳型モンスターだから、耳付近のエーテルを操作して、こっちに来るように念じてみて」

「はい!」


再度星名は杖を構え直して「幻惑術イリュージョン」と言った。

今度は寺本のアドバイスもあって、自信がついたのか、先ほどの掛け声よりも大きな声だった。

すると今度は、こちらにゴブリンが歩いて来るのを寺本は索敵術ソナーにより知覚した。

「上手くいったわね!」

寺本はそうほめると、星名は嬉しそうに「ありがとうございます!」と言った。

そして、こちらに近づいてきたゴブリンについては、武田がいつものように、多少手こずりながらも処理をした。


星名は先ほどの幻惑術イリュージョンに関するアドバイスに感銘を受けたのか、寺本に対して尊敬の眼差しで気になっていたことを尋ねた。

「先ほどの幻惑術イリュージョンのアドバイス、ありがとうございます。さっきの索敵術ソナーのアドバイスもそうですけど、こんなに得難いアドバイスをほとんどタダでしてもらっちゃって良かったのでしょうか……?」

『寺本屋』の報酬は、その探検で得られたエーテル鉱石の買取額や探検報酬金を探検家の人数で等分した金額で良いとのことで、これまで何度も地下3層を探検していた寺本にとっては、ほとんどタダ同然の金額であった。


「うん、いいのよー。さっきのアドバイスも優秀な補助術士は全員気付いているはずのことだから」

寺本はそう言って、さらに自らの野望と希望とを後輩探検家たちに伝えた。

「私はね、先輩探検家が後輩に技術を隠す文化を変えたいのよ。先輩探検家たちにワザを隠している意識は無いかもしれないけど、現状、初心者は1人でいろんな経験を積むしかない状況よね。まぁ確かに、探検家が増えれば、その分未踏地区は少なくなるし、エーテル鉱石も需要と供給で値段が付くから、供給が少ない方がお金が儲かるのは、それはそうなんだけど……。でも探検家の死亡率が一番高いのは、探検家になって3ヶ月〜6ヶ月の間なのよ。少し経験を積んで、油断が出てきた頃ね。もしかしたらその死亡者の中に、先輩探検家のアドバイスがあれば助かった例もあったかもしれないじゃない。なんというか、最近の色々な出来事で、先輩探検家たちから思いを後輩へと受け継ぐにはどうすれば良いかって考えてね、今までの私の経験を後輩探検家たちに伝えることで、死亡率を少しでも下げられたら良いなって思ったのよ。だから、本当に報酬とかは気にしないで大丈夫なの」


武田も星名も古江も、寺本の考えを聞いて、寺本の野望を聞いて、寺本の先輩探検家から引き継いできたものの重さを実感したようだった。


そして、最後に寺本はこう付け加えた。

「あ、でも、もし良ければ、1つだけ私への報酬を追加させてもらおうかな。これから先、絶対に『大洞窟』で死なないこと。わかったわね?」

寺本は優しい目元を3人の若き探検家たちに向けて、そういたずらっぽく言った。


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