第23話 初めての『寺本屋』②


『寺本屋』は術士への指南だけにとどまらなかった。

星名へのアドバイスが一通り済んだところで、今度は地下1層をゆっくりと進みながら、武田と古江に対しても、寺本はアドバイスを実施していく。

寺本は索敵術ソナーをしつつ、見つけたモンスターを、通常とは逆に自分たちの方に移動させるように幻惑術イリュージョンで誘導することで、剣士にとっても練習の機会を多く作れるのであった。


「それじゃ、この先にノーマルなボアが2体いるから、2人とも準備してね」

寺本はそう言うとエーテルを操作し、ボアがこちらに近づくように幻惑をする。

すると、道の先から寺本の言う通りに、2体のボアが近づいて来る。

「さっきのエーテルを流すアドバイスを意識して、コアを目掛けて切ってみてね」


その言葉が合図となったように、ボアが2体とも武田隊を目掛けて攻撃態勢を取りつつ近づいて来た。

「……左をやる」

「それじゃ俺は右で」

そう武田と古江が確認をした上で、剣を抜き、エーテルを剣に集めるように操作をする。

武田はエーテルの操作が上手くいかないようで剣がほとんど発光しないが、古江の剣は青白く明るく発光をしていた。

そのまま2人は駆け出すと、正面衝突をする寸前でひらりと身をかわした。ボアは一直線に突進してくる習性があるので、衝突する直前でかわすのがボアの正しい攻撃法であった。


そのまま武田は力に任せて、ボアの腰骨のあたりに向けて剣を振り下ろした。剣は肉を断ち切りつつ腰骨を砕きながら、ボアに致命傷を与えていたようだったが、コアの破壊には至っていないようだった。

呻き声をあげるボアに対して、再度剣を振り下ろすと、血しぶきを激しく上げながら、ようやくコアを破壊できたようで、そのままボアは音もなく消滅をしていった。

一方の古江は明るく光る剣をボアに振り下ろすと、まるでメスで肉を切るように、するりと肉に吸い込まれていき、そのままコアの破壊に成功をしていた。

無事に2体のボアを綺麗に処理をすることができた。


「うーん、まぁ、初心者にしてはよくやっているかな、2人とも」

無事に2体のボアを倒せた武田と古江に向かって、寺本はそう言った。

「まず武田さんは、エーテル操作に慣れた方がいいわね。この剣はエーテル鉱石が埋め込まれていて、そこにエーテルを流し込むことで切れ味が増すように造られているのは知っているわよね。体格も良くて腕力もあるから今はそれで大丈夫なのかもしれないけど、地下2層に行くようになると、エーテルで外皮を強化しているモンスターもチラホラ出てくるから、力技だけじゃコアを破壊できないと思うわ。エーテルが満ちている訓練場で、エーテルを流して剣を振るっていう一連の流れを何度も繰り返して、自然にできるようにするといいわ」

「……、ありがとうございます」

武田は朴訥と言った。


「古江さんは、逆にエーテルを流しすぎているかな。エーテル鉱石って流しすぎると破裂しちゃうのよ。あんまり知られていないんだけど、……ってあなたたちは、リエルちゃんが探検家試験の術士適性検査でとても貴重なエーテル鉱石を破裂させたのを見てたわね。あんな感じになるのよ。まぁ破裂まではいかなくとも、流し過ぎると鉱石の消耗が激しすぎて、切れ味がすぐに悪くなっちゃうのよね。だから、エーテルを適切量だけ流すコントロールをすると良いわね。そういえば古江さん、術士適性検査で、結構明るくエーテル鉱石を光らせてたわよね。だからやっぱり、そういう方向の練習が必要だと思うわ」

「なるほど……、ってか適性検査の結果まで覚えてくださっているんですね……! ありがとうございます!」

古江は思わぬところで術師代表である寺本に覚えてもらっていたことに驚くと同時に、『できる限りエーテルを流すべき』という考えは間違っているとの寺本のアドバイスにも驚いていた。


「剣の太刀筋については、まぁ鍛錬を日々積み重ねていくしか無いかな。私がアドバイスできることもあまりないし……」

と寺本がいうと、アドバイスをしつつも常に展開していた索敵術ソナーに新たなモンスターが引っかかったために、もう一度自分たちの方向へと呼び寄せることにした。

「あ、モンスターがいたわね。それじゃ、もう一度モンスターをこちらに呼び寄せるから、今のアドバイスを踏まえて2人はちょっと頑張ってみてね。今度はバットよ。もし攻撃術士がいたら火炎術フレイムで一気に撃退することも出来るんだけど、いなくても対処可能よ。頑張ってね」


寺本は一気に5体のバットに対して幻惑術イリュージョンをかけた上で、自分たちの方向へと呼び寄せた。

しばらくすると、『大洞窟』内に複数の羽音が、不愉快なキィキィという高音と共にこだましつつ近づいて来た。


武田と古江は2人で横目に見つつ、不安げに見合わせた。

「……多いな……」

「まぁ、そうですね……、でも、寺本さんはイケると判断したってことでしょう」

「……そうだな」

「期待に沿えるように……」

そう言うと、2人とも先ほどのアドバイスを念頭に剣にエーテルを流し込みつつ、駆け出して行った。


 ***


その後も寺本の幻惑術イリュージョンによるモンスター誘導は続いていった。さらに、星名も幻惑術イリュージョンに慣れて成功率を上げるために、モンスターに対して次々と術をかけていったために、武田と古江は、普段のモンスター遭遇数の倍以上のモンスターを相手取って戦うことになった。

寺本としては、いざというときでも自ら1人で撃退出来るモンスターのみを誘導し、また星名にも誘導をさせて来たため、危険なことはほぼ無いと考えていたが、普段そこまで多くのモンスターと連戦したことのない2人にとっては、かなりの疲労感が溜まったようだった。

また星名も普段は無理して幻惑術イリュージョンをかけにいってはいなかったため、星名も剣士同様に疲労感がかなり溜まったようだった。


そうして、3人はヘトヘトになりながらも、無事に『大洞窟』の出口に辿り着き、『寺本屋』は終了することになった。


「3人とも、お疲れ様でした。今日はゆっくり休んで、また明日以降に、今日の話を思い出してくれると嬉しいかな」

寺本は特に疲れた様子を見せることなく、ケロリとして言った。

「……」

「はい……」

「……ありがとうございました」

「また何かあればいつでも相談に来て大丈夫だからね」


すると、普段は寡黙な武田が口を開いた。

「……今日は本当にありがとう……、ございました。先輩から教わったことを活かして……、絶対に死なないよう……、探検を続けることが、先輩への感謝の証だと思います……」

表情には出ていないが、今日の『大洞窟』で寺本から聞いた『死ぬな』という追加報酬について思うことがあったのだろうと想像される、朴訥な武田なりの感謝の言葉だった。


それを聞いた寺本は、満足気に柔らかな目尻をさらに下げつつ、素敵な笑顔でこう言った。

「楽しみにしてるわね」

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