第27話 初めての討伐
「私、あいつと戦いたい」
リンの言葉にターニャは即座に否定した。
「いや、絶対にだめダ。リン、あいつはまだ討伐報告が無いんだ。つまり確実な倒し方がわからない。そんな状況で向かっていくのは危険すぎるヨ。もっと慎重にならないと」
「でも、それじゃ、誰が最初にあいつを倒すんですか。みんなが『倒し方がわからない』って言ってちゃ、いつまで経ってもあいつを討伐出来ないですよ。そうなると地下3層はいつまでも探検が進まなくて、いつまで経っても『大洞窟』の秘密が分からなくて、リエルだって、リエルだって……!」
「リエルちゃん? 何か関係があるのか?」
「何でも無いです!」
「……、それなら良いが……。まぁ要するに、最初はもっと強い人が討伐に向かうべきだってコト。私たちじゃ手に余る。絶対に戻るべきよ」
「それは、そうなのかもしれませんが……、そうなんだろうと思いますが……」
リンは一呼吸置いた後で、ターニャにさらに強く言った。
「ターニャさんは戦いたいと思わないんですか? 危険なのはそりゃわかってますよ! 大怪我したり、死んじゃうかもしれないとも思います。でも、そんなのよりも、初めてのモンスターを討伐して、もっと『大洞窟』を深くまで探検したいと思わないんですか? あんなやつに私たちの探検を邪魔されて悔しくないんですか! なんか変なモンスターが出てきたくらいで『はいそれじゃ今日の探検はここまで』ってなるの、嫌じゃないんですか!?」
リンの言葉を聞いてターニャは思わず目を瞑った。
――ああ……、昔の私と同じだ……。
ターニャは日本の漫画やアニメに憧れて来日し、この『大洞窟』で日々剣術の腕を磨いていった。漫画やアニメのように日本刀をモンスターに向けて振り回せるのは『大洞窟』しか無かったため、自らの剣術の腕を磨くために探検を続けていた。
より強く、より華麗に日本刀を振るうために、という目標のもと、ターニャは技術の向上を目指して、より強いモンスターと戦うべく、さらなる深部を目指していった。純粋に強くなりたい、剣を極めたいという思いで強いモンスターと戦い、そしてターニャはより強いモンスターを倒すことで自分の腕が上がったことを実感するのであった。
しかしそんなターニャの「より深い探検を」「より強いモンスターを」という願望は、当時一緒の隊で探検を続けていた他の隊員にとって、知らず知らずのうちに非常に重い負担となっていた。『もう少しだけ先まで……』というターニャの些細なお願いも、それが次々と重なれば隊員にとって大きな負担となるのも当然だった。
そうして最終的に、当時のターニャ所属の隊員の能力に鑑みると深すぎるところへと探検へ行き、強すぎるモンスターと遭遇してしまったのであった。結果的に、ターニャではないもう1人の剣士が腕を折る大怪我を負い、探検家として復帰が不可能となってしまった。そして、これによって隊の歪みは決定的に露わになった。
こうしてターニャの所属していた隊は解散し、ターニャはその後一匹狼的に、誘われたら潜るというスタンスで日々を過ごしていた。幸いにもターニャは剣士としての腕が立ったために、暇を持て余すということは無かった。
しかし、洞窟探検は慎重に行くべきで、無理は絶対にしてはならない、とこの時ターニャは胸に刻み込んだのであった。
――もっと深く。……そりゃ、探検を続けたいよネ。
ターニャはリンの熱い言葉にかなり同情的になりつつあった。
「リンの言う事も良くわかる。どうして強い敵が目の前にいるのに、退却する必要があるのかって。もっと探検を続けたいって。でも大怪我をしてから後悔しても遅いんだヨ」
静かに諭すようにターニャは言った。
「どうして大怪我する前提なんですか! それに、もし、今、戦わなかったら、それはそれで私は絶対に後悔します! 絶対です!」
ターニャはリンの切実な叫びに、かつての自分の「より強く、より深く」という強い願望が重なって見えた。
――……、全く私も丸くなったよなぁ……。
「……、仕方ない……わかったヨ。それじゃこれだけは約束して、少しでも私が危ないと思ったら、すぐに退却する。それでいいカ?」
「ありがとうございます! ……リエルもそれで良い……?」
「……、リンがそう言うなら、私も頑張るよ」
「ありがと、リエル」
そう言うと、リンはリエルに改めて聞いた。
「サイクロプスは近づいてる?」
「うん、もうすぐ見えそうです。多分こっちにも気づいてますね」
それを聞くとリンは、改めて、リエルとターニャを見回した。
「それじゃ、これからサイクロプスを倒すよ。リエル、ターニャさん、宜しくね」
決意を込めてそう言った。
***
それから暫くジリジリとした時間が経過していった。
サイクロプスもリン達が待ち構えていることを認識しているようで、ゆっくりと慎重に近づいてきているようだった。
「コアは胸の前側中央ですね」
リエルは補助術士として分かることを伝えつつ、その他にサイクロプスを倒すに当たって少しでもヒントになりそうなことがないか、元の世界での経験を思い出そうとしてみるも、特に思い当たることは無かった。
――元の世界にも似たようなモンスターはいたけど、本でしか見たこと無かったし、倒し方も良く分からないんですよね……。
しかし、リエルはエーテルでサイクロプスを監視し続けていると、ふと思いついたことがあった。
――もしかしたら……。
リエルはしばしの間、そのことを考えると、リンとターニャに耳打ちをした。
リンとターニャはそれを聞くと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
すると、唐突に通路の先からサイクロプスが顔を出した。
以前に奥薗隊が出会ったものと同じ種類の、一本の角に、大きな一つ目の顔をしたモンスターであった。
サイクロプスがリン達3人を見ると、大きく割れた口が丸く曲がった。
恐らく「美味そうだ」と思って笑ったのだと想像された。
「3、2、1でお願いね、リエル」
「はい」
そう最終確認をすると、リンとターニャがサイクロプスに向かって走り出した。
そして走っている途中で、リンとターニャは柄から日本刀を抜き、エーテルを込める。日本刀が青緑色に淡く光る。
「3……、2……、1!」
そうリンが合図を出すと、打ち合わせ通りにリエルが術を放った。
「
すると、サイクロプスの目の前の空間が突如眩く光った。それと同時に、リンとターニャは瞬間的に下を向き、光の直視を避けた。
サイクロプスは大きな一つの目が顔の中心にあることから、感覚の大半をその大きな目に頼っているだろうとの推測によるものだった。
そして足元を強く照らす光が収まったことを確認して、リンとターニャは再度顔をあげてサイクロプスの様子を見ると、両手で大きな一つ目を抑えつつ、体をよじらせて悶絶しており、推測通りに効果があったようだった。
「よし!」
「ナイス! リエルちゃん!」
そのままリンとターニャが剣を構えてサイクロプスを切りつけようとした瞬間に、突然サイクロプスが棍棒を無茶苦茶に振り回し始めた。
目は閉じたままで赤い涙が出てきているため、
「危ない!」とリエルは叫ぶも、そこはリンとターニャが剣士としていち早く危険を察知して、既に素早い身のこなしで後方へと飛び避けていた。
「大丈夫! でも、これは厄介ね……」
「どうしよう……サイクロプスの目が開かないうちに倒したいケド……」
リンとターニャが暴れるサイクロプスを目の前にして、冷静に話をする。
すると名案を思いついたのか、リンがリエルに呼びかけた。
「リエル! せーの、で
「わかりました!」
「じゃ、いくよ」
リンが再度サイクロプスに駆け出す姿勢になった。
「せーの!」
と言いつつリンはサイクロプスに駆け寄ると、後方から「
そしてリン目掛けてめちゃくちゃに振り下ろされていた腕が、エーテルが濃縮された空間を通ると――
――そこまで両腕の動きは遅くならなかった。
リンはサイクロプスへの攻撃態勢をとっていたために、迫り来る腕への対処が出来ない。
「危ない!!!」
ターニャはそう叫ぶと全速力でリンに駆け寄り、リンとサイクロプスの腕の間に入り、振り下ろされる棍棒に向けて剣を構える。
大きな木の鈍器に対して、薄い日本刀を向ける。
「ターニャさん!」
リエルが思わず叫ぶ。
棍棒と日本刀がぶつかる鈍い音がした。
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