第28話 初めての居酒屋


「危ない!!!」

ターニャはそう叫ぶと全速力でリンに駆け寄り、リンとサイクロプスの腕の間に入り、振り下ろされる棍棒に向けて剣を構える。

大きな木の鈍器に対して、薄い日本刀を向ける。

「ターニャさん!」

リエルが思わず叫ぶ。


棍棒と日本刀がぶつかる鈍い音がした。

すると、ぶつかった瞬間にターニャはするりと横に身をかわして、日本刀で棍棒の威力を殺さないように受け流しつつ、その棍棒の向かうベクトル方向だけを変化させていた。

柔軟な身体と卓越した剣術のなせる技であった。

それにより棍棒はリンにぶつかることなく、地面へと激突していた。


そしてそのまま、リンはサイクロプスのコアを目掛けて胸に剣を向けた。

リンが剣を突き立てる瞬間、リンは日本刀にエーテルを流し込み、瞬間的に切れ味を増加させた。日本刀が青白く、まばゆく光った。

「やー!!!」

そうリンは気合いを入れると、するりと日本刀がサイクロプスの胸元に吸い込まれていった。

まるで、コアに向かって剣が自動的に進んでいくような感覚であった。


サイクロプスの胸元が光り、青白く地下3層の空間が照らされた。

「グゴッ……」という言葉にならない悲鳴をサイクロプスが発した。日本刀が突き刺さったところから白い光と共に、血飛沫が舞っていた。

すると、唐突にサイクロプスの体がシワシワと縮み始め、小さく折り畳まれ、そうして消滅し、最後に「カン」という高い音とともに、エーテル鉱石がその場に転がった。


「やったー!」

「やったネ! リンちゃん!」

「やりましたー!!」

3人は集まると抱きつきあって、歓喜で飛び上がった。


「やっぱりリエルちゃんが最初の閃光術フラッシュでダメージを与えられたのが大きいネ」とターニャ。

「相手の攻撃をターニャさんが受け流してくれたおかげです」とリン。

「最後にリンが綺麗に一突きで仕留めてくれたのがよかったです」とリエル。


「……、3人で倒したんだね……」

「ですね……」

「そうだネ……」

とリン、リエル、ターニャは互いの健闘を称え合いつつ、自分達が探検家の中で最初にサイクロプスを倒したことについて、感慨に浸っていた。


「そういえば」

とリンが言いつつ、サイクロプスの林檎サイズの大きいエーテル鉱石を拾い上げた。これまで見たことのあるモンスターのエーテル鉱石よりも何倍も大きかった。

「凄い大きさ……」

リンはエーテル鉱石の大きさに驚いていると、ターニャが解説をしてくれた。

「リンちゃん、知ってる? この鉱石の大きさって、そのモンスターのコア、つまり体内に溜めておけるエーテル量に比例するっていう仮説があるんだよ。まぁ要するに、モンスターが強いほど鉱石が大きいってことネ。で、そこから考えると、今回のサイクロプスは相当に大きいわネ……」

「そうなんですか!」

「前にリエルちゃんが術士適性検査で派手に壊したエーテル鉱石よりも巨大だわネ……」

リエルは急に自分の恥ずかしい過去を持ち出され、思わず赤面した。

「……それはもう良いじゃないですか!」


 ***


リン達は流石に疲労でこれ以上の探検は続けられないということで、『生命の神殿』を通って地下2層に戻り、『リエルの小部屋』を経由して地下温泉に行く、という通常時の定番コースを巡った後で、地上へと戻って行った。

地下温泉については、リンとリエルは探検時は水着を常備しているし、ターニャも「ダイジョーブ、ダイジョーブ!」と言いつつ全裸で入浴を楽しんでいた。

――何が『ダイジョーブ』なんだろう……。男性がいつ来るかも分からないのに……。もしかしたら露出癖があるのかしら……。

とリンは思いつつも、あまり深いことは突っ込まないようにしようと思い直した。


地上に戻り、探検家組合にサイクロプスを倒したことを報告し、またエーテル鉱石の買取をお願いしたところ、非常に驚かれ、討伐方法を蜷川と寺本に詳しく聞かれることとなった。


「なるほど……、閃光術フラッシュか……。参考になる。次に俺たちが地下3層に行く時は、試させてもらう」

と探検家組合の剣士代表である蜷川は言いつつ、右手の人差し指をコツコツと机に叩いて、右の斜め上の空間を見つめていた。恐らくは、閃光術フラッシュをサイクロプスに叩き込んだ後、どのようにサイクロプスを相手取れば良いかのシミュレーションを行なっていると推測された。また、すぐにでもサイクロプス討伐に出ていきたいという好奇心が表情に出てしまっており、現在夕方であるが、恐らく時間がもう少し早ければ、蜷川隊を率いてすぐにでも出ていっていただろう。


また巨大なエーテル鉱石についても、探検家組合の術士代表の寺本が多大な関心を示すことになった。

「普通だったら、組合が討伐したモンスターの種類や、回収したエーテル鉱石の大きさによって自動的に値付けをして鉱石を買い取るんだけど、サイクロプスは初めてだし、この大きさは滅多にないから値段がすぐにはつけられないわねぇ……。あ、そういえばリエルちゃんが爆発させた巨大なエーテル鉱石、まだ替えが見つかってないんだけど、これなら適性検査ができそうねぇ……」

「うう……、すみません……」

またしても突然過去の話を持ち出されたリエルであったが、相手が術士代表でその場にいた寺本だと、ただひたすらに謝罪をするしか無かった。


「ふふ……、良いのいいの、ちょっとからかっただけだから、気にしないで」

そう言うと寺本がゆったりと余裕な表情で微かに笑った。その目は非常に優しく、リエルは元の世界にいる自分の母親の面影をそこに重ねてしまった。少しだけリエルの目に涙が溜まった。

「いずれにせよ、リエルちゃんがあの時エーテル鉱石を爆発させようがさせまいが、これはこれで良い値段で買い取らせてもらうわよ。ふふ……」

「そうですか……、それなら良かったです」

リエルは涙がこぼれないように、声が震えないように慎重に喋った。


「それにしても、あのサイクロプスをねぇ……。そいつが奥園さんを殺したとは限らないけど、これで少しは奥薗さんも浮かばれるかしらね……」

寺本は最後に遠くを見つめてポツリとつぶやいた。

リンとリエルとターニャは返答できなかった。


 ***


その夜、『大洞窟』に近い居酒屋で、サイクロプス討伐成功と奥薗の追悼のための飲み会が開催された。

もちろんリンとリエルは高校生のためお酒は飲めなかったが、旧奥薗隊の寺本と石井、理事長の神林、剣士代表の蜷川をはじめ、奥薗と親交があった人を中心に集まった。

奥薗への黙祷からしんみりと飲み会は始まったが、お酒が入るにつれ場は徐々に荒れていき、特に探検家を職業とする人はどこか荒っぽいところがあるようで、徐々に収集がつかなくなっていった。

「おう、リンちゃん! お酒を注いでくれや!」

「新しい筑紫の術が難しいんだけど、どうしてくれるんだ!」

「サイクロプスの鉱石、どんくれぇ大きかったんだ? この唐揚げよりか?」

「ひっく、えぐえぐ……、奥薗ぉ!」

「リンちゃん! リエルちゃん! あんたらは偉い! よく仇を取った!」

「やっぱり時代は軽い日本刀タイプだと思うんだよ俺ぁ!」

「いやいや、やっぱり真っ直ぐの剣の方が強度が高いですよ!」

「なんか暑くなってきたネ! 脱いじゃおうカナ!!」


そしてリンとリエルがもう無理だと感じ、そそくさと居酒屋を後にしたのであった。

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