第29話 初めての大群


サイクロプスには閃光術フラッシュが有効であるという情報は、地下3層を主に探検している探検隊の耳にすぐに入った。

通常『大洞窟』内のモンスターは、洞窟内の光があまり無いため視力にさほど頼っていないことが多い。そしてもし閃光術フラッシュを放ち、タイミングが合わずに味方の視力を奪ってしまった場合のリスクが高すぎるために、これまではあまり使用されることが無い術であった。しかし、それをリエルが機転を利かせてサイクロプスに放ち、しかも有効だったという事実は、非常に驚きをもって迎えられた。


「それにしても、よくリンちゃん達、あのサイクロプスを倒しましたよね。ターニャもしょっちゅう一緒に潜ってたから、ターニャが2人のストッパーになるだろうと思ってたんですが……」

ロリ顔リケジョの筑紫がそう言いながら、地下3層の入口である『生命の神殿』を下降しつつ、一緒に潜っている蜷川に言った。

「だな……、しかもほとんど使われない閃光術フラッシュを使って、だもんな。やっぱりルーキーは固定観念がないな……ふあー」

蜷川はおおあくびをしながら答えた。

昨日のリンちゃん達のサイクロプス討伐記念と奥薗追悼の飲み会で遅くまで飲んでいたせいで、今日は寝不足だと探検前に言っていた。


「蜷川さん。しっかりしてくださいよー。今日はせっかく筑紫さんまで来てもらって、地下3層の転移先までワンチャン行けるかもなんですから……」

蜷川隊の補助術士である幡ヶ谷はたがやしゅんが言った。

見た目は茶髪にワンポイントピアスとチャラそうではあったが、意外にも常識的に隊長である蜷川を諫めていた。


今回はサイクロプスが倒せるということが分かり、早速蜷川隊として、地下3層の新たな転送先を探検しようと『大洞窟』を潜っている。

しかし幡ヶ谷が「いやー、閃光術フラッシュは使ったことが無いっすねー」と探検前に言い出したことから、急遽蜷川が管理棟にいた筑紫に「探検について来て欲しい……! 報酬はつける……!」と、腰を九十度に折り曲げてお願いし、その勢いに負けて筑紫も蜷川隊にくっついて地下3層までやってきたのだった。いわゆる雇われ術士だった。


幡ヶ谷は腕の立つ若手の補助術士であり、問題無く転移術が使用できる数少ない術士ではあったが、最近の若者らしく、あまり無駄なことは覚えない・使わないタイプのようで、ほとんど探検で使用されない閃光術フラッシュも練習したことが無かった。


「まぁまぁ、大丈夫ですよ」と、もう1人の蜷川隊の剣士である羽田はた洋介がフォローを入れる。

「いざとなったら、私がどうにかしますから……、ふあー」

「あれ、羽田さんもおネムな感じですか……。なんなんすかサイアクじゃ無いですか今日……」

幡ヶ谷がぶつぶつと文句を言い始めたところで、『生命の神殿』の下降が終わり、地下3層に繋がる両開きのドアが出てきた。


「……よし、行くぞ」

そう静かに蜷川は筑紫、幡ヶ谷、羽田に言った。

内心、二日酔いの話題が終わることを喜んでいたが、顔には一切出さなかった。

「もう、ほんと勘弁してくださいよね……」

幡ヶ谷は小声で言った。

そんな蜷川隊の様子を、筑紫は雇われ術士として他人事のように横目で観察していた。


 ***


幡ヶ谷の心配をよそに、地下3層の転移先への探検は思った以上にスムーズに進んでいた。

というよりも、筑紫はもちろん、幡ヶ谷も地下3層を恒常的に探検している蜷川隊の補助術士だけあって、非常にエーテル操作のセンスが良く、筑紫と合わせて二重に幻惑術イリュージョンをモンスターにかけることで、一体のモンスターとも出会わずに未踏地区まで進むことが出来たのであった。


「順調に未踏地区まで来られたな……」と蜷川が3人を見渡して言った。

蜷川と羽田は心なしかいつもより息が上がっているような気がした。

幡ヶ谷は無言だったが、内心「誰のおかげでしょうかねぇ……」と言っている表情だった。

筑紫は「報酬が貰えるし、その分の働きをしただけだ」と思っているため、特に蜷川の言葉には何の感情も動かされなかった。


「なぁ、幡ヶ谷、筑紫、転移先への道を探せるか? あんたのアプリによれば多分あっちの方角だが……」

「ちょいまち」と幡ヶ谷。

「少しお待ち下さい」と筑紫。


幡ヶ谷と筑紫は杖を胸の前に掲げて軽く目を瞑って、索敵術ソナーの探索方法を応用して、道の方向や構造を調べ始めた。

適宜相手の操作するエーテルを感じ取りながら、二度手間にならないように、なるべく相手がエーテルの糸を伸ばしていない道を探索することにした。


しばらくすると、筑紫がためらいがちに言った。

「転移先まで繋がりそうな道はこれですね……、でも……これは……」

するとすぐに、幡ヶ谷も筑紫が見つけた道を先までエーテルの糸を伸ばして索敵術ソナーを行う。

「うわっ、何すかこれ……」

幡ヶ谷も驚いたようだった。


蜷川と羽田は索敵術ソナーが使えないため、お互いに顔を見合わせて、筑紫と幡ヶ谷に尋ねた。

「何があったんだ?」


「転移先に繋がる道、めちゃくちゃモンスターいますね。これまで見たことないくらい。50体くらいですかね。バットにスライム、ボアにウルフ、ゴブリンに火の玉などなど。流石にサイクロプスはいないみたいっすけど……」

そう幡ヶ谷が言った。


「何だそれは……」と蜷川。

「豪華モンスターのお中元って感じだな……」

羽田はよく分からないジョークを飛ばしたが、幡ヶ谷には無視された。

「全体に数が多すぎて幻惑術イリュージョンはかけられないですし……。どうします? まぁ、大体はザコみたいっすけど、でも、こっちも蜷川さんと羽田さんは今んとこザコみたいなもんですからねぇ……」

「ザコとは何だザコとは……」

と蜷川は言いつつも、冷静にどうすべきか考えていた。

「それでも50体か……。いくら狭い道でも、50体一気に来られるのは流石に厳しい……、寝不足とか二日酔いに関係無く。一旦退却をして、しっかり準備をしてこちらも人数を沢山連れてくるのがベターか……」

「そうですね、寝不足とか二日酔いとかに関係なく、そうしましょうか」

羽田が蜷川の意見に賛同した。

「そうですね。寝不足とか二日酔いに関係なく退却しましょう」

幡ヶ谷も、いくぶん毒を含ませた調子で言った。


――まぁ安全策を取るのは妥当な結論でしょう……。

筑紫はそう思いつつ、雇われ術士として当然のこととして、隊長である蜷川に賛同した。

「異論はありません」


 ***


蜷川隊が無事に地上まで戻ると、早速、地下3層の転移先付近の状況が探検家組合に共有された。そして、探検家組合理事長の神林と、剣士代表の蜷川、術士代表の寺本の議論の結果、やはり転移先については安全確保の上、状況を確認をすべきであると結論づけ、次の土曜日に腕の立つ剣士と術士を多く派遣をした上で、モンスターをまとめて討伐することを決定した。

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