第26話 初めての地下3層②
ターニャが金属製の両開きのドアをゆっくりと開くと、そこには海の底のような濃紺の世界が広がっていた。
地下1層終着点の『紺碧の祭壇』を、一回り小さくしたような長方形の空間に、その壁面には様々な形態の海の生物から陸の生物までが簡略化されてびっしりと彫られており、中にはこの地球上には恐らく存在しないような生物や、人間と思われる生物まで細かく描かれていた。
そして壁面の濃紺の暗い明かりと相まって、全ての生命が海の底に還っていってしまったような感覚にさせられる。
「ここが地下2層の終着点で地下3層の入口、『生命の神殿』ダヨ。『紺碧』の方も素敵だけど、こっちも綺麗でしょ!」
ターニャが何故か自慢気に言った。
リンとリエルはしばし言葉を失っていた。
暗いネイビーブルーの静謐な雰囲気と、その中で奇妙に共生する様々な生命の様子が、まるで海から発生し、今まで多様に進化してきた生命の終着点を表現しているように思えた。
ただ、リンとしては今まで全く見たことのない生物も描かれていることに違和感を少しだけ覚えていた。
「……本当に凄いです」
ようゆくリエルがポツリと感想を漏らした。あまりに凄すぎて感想がありきたりな言葉となっていた。
「誰が作ったんだろう……」
リンはふと思ったことが口から出てきた。
「分からないんだってさ。まぁそりゃそうだよネ。こんなの誰が作るんだって思うヨ。余程のヒマジンだったんだネ!」
既に『生命の神殿』に見慣れているターニャが、この静謐な雰囲気をぶち壊した。
本人にはそのつもりは無かったと思われるだけに、感動に浸っていたリンとリエルは一気に現実に戻されてしまい、溜息をつくしか出来なかった。
リンは改めて『生命の神殿』をぐるっと見渡した。
『生命の神殿』はリン達が入ってきたドアを除き、三面は全て壁となっており、『リエルの小部屋』に繋がるようなドアは存在しなかった。
そして生物の壁面の彫刻は、概ね生命のグループ別にまとまって描かれているようで、まるで科学の資料集にある、生命系統図の末端のような描かれ方がされていた。
そして正面の壁の中央にある丸々とした魚類の目だけが、赤く怪しく光っていた。
「今日は一瞬だけ地下3層に行ってから戻るんだよね? それじゃチョット待ってて」
そうターニャは言うと正面の壁にゆっくりと歩いていき、魚類の赤い目に軽く触れた。
するとリン達がいる地面がスイーと音もなく沈んでいった。
「わわ……」
「おっと……、動くならそう言っておいて下さいよ……」
「はは……ごめんごめん。つい私は慣れてるから……」
「それにしても凄いですね……『紺碧の祭壇』では祭壇だけが動いたけど、ここでは床全体が動くんですね」
そしてふと壁面をぼっーと見ていたリンがあることに気付いた。
「これ、壁面の絵が下まで続いて描かれてるんですね……本当に凄い……」
そう言って、リンは壁面を指さした。
確かに床が下降するにつれて、壁面で今まで見えていなかった部分が見えるようになっていき、そこには新しい生命体が描かれていた。
概ねその直上に描かれている生命とどこか似ているところがあるため、恐らくはその上の生命の進化前の動物であると考えられた。
「これ、『大洞窟』に出現するモンスターも描かれてますね」
リエルがそう指摘をしたが、確かにこの洞窟にしか出没しない生命を描いたと思われるところも存在した。
これに対して、リンがこっそりとターニャに聞こえない声でリエルに尋ねた。
「それって要するにリエルの世界の生命の進化系統図ってこと?」
「その可能性が高そうですね……。確証は無いですが」
「どうしたの? リンちゃん、リエルちゃん」
「い、いや! なんでもないです!」
「ンー? 隠し事は良くないゾー?」
「いやいや……そんなことじゃ……」
リンとリエルは焦りつつも、全く言い訳になっていないことを言うのであった。
そんな会話をしていると、ズン、という重たい音がして、完全に床の下降が終わり、全ての壁面の彫刻が現れた。
やはり進化系統図が描かれているようで、平均的にみたら、壁の下の方が単純な形態になっていった。
しかし唐突に途中で複雑怪奇な形の生命も描かれており、なかなか見応えのある彫刻群であった。
そしてリン達が地下2層から入ってきたドアは約5メートル上に位置しており、その下には、別の金属製の両開きドアが現れた。
「ここをくぐれば、地下3層ネ。さ、少し行って戻ろうか」
ターニャはそう言うと、ゆっくりと重たそうに地下3層に続くドアを開いた。
***
地下3層は地下2層や1層と比較してエーテルの濃度がかなり高くなるため、エーテルを上手く活用するモンスターが出現しやすく、その分だけ対処するのに経験と技術が必要となってくる。
エーテルで外皮を強化するモンスターも高い頻度で見られ、そうなると並の剣技ではなかなかコアを破壊するのは難しく、綺麗にコアを破壊するには、自ら又は補助術士の助けを借りた上で剣のエーテルをきちんと操作した上で斬りかかる必要がある。
また地下3層は有り余るエーテルを岩石が吸収してしまっているため、全体的に青から緑色に壁面が光っており、概ねランタンは不要となり、ヘッドライトのみで探検を進めることが多い。ちなみに岩石が青と緑のどちらに光るかは、岩石の含有成分によって変化すると言われている。
「うわー、想像よりだいぶ明るいですね。地下3層」
「本当ですね、これなら確かにランタンはしまって大丈夫ですね」
「そ。ランタンをしまえると剣士も構えやすいから、その分モンスターへの対応もしやすいのネ。ま、このまま3層A地区を少し回って戻りまショ」
そう言いつつランタンをしまうと、いつものようにリエルは
暫く地下3層A地区を巡って行くと、リエルは現在位置からかなり遠くで、とあるモンスターがエーテルの糸に引っかかった。
通常のモンスターであれば、そのモンスターが近寄ってくるまで、その存在をリンとターニャに伝えないリエルであったが、今回ばかりは違った。
「あの……、リン、ターニャさん……。まだ結構遠くなんですが、進行方向にモンスターが……」
「ん?」
「遠くならダイジョーブじゃない?」
「そうなんですが、あの……たぶん、これ、サイクロプスです……」
サイクロプスはつい先日、奥薗を殺した強力なモンスターである。遭遇例はその時の奥薗隊が初めてで、それ以降は地下3層に潜るとたびたび補助術士の
「サイクロプス……どうしよう……」
リンは困惑した。
通常であればサイクロプスを
しかしそれ故に、最近はこのモンスターのせいで地下3層の探検が思うように進んでおらず、『リエルの小部屋』の地下3層にある転移先を探検出来ていないのもまた事実であった。
「リンちゃん、まだ地下3層に来たばかりだけど、さすがにサイクロプスは退却すべきカナ……」
ターニャは先輩探検家として、いつもからは考えられない真剣な表情で、隊長であるリンにアドバイスをする。安全確保が最優先という『大洞窟』探検の鉄則であった。
「そう……ですよね……」
リンは思い詰めた表情で下を向きながら言った。
しかし、退却すべきというターニャの言葉を肯定するのと裏腹に、その場からリンは動こうとはしなかった。
「リン、どんどん近づいてますよ。戻りましょう……」
サイクロプスを監視していたリエルがリンの手を取って、さらに退却を促した。
しかし、それでもリンは動かなかった。
「……リンちゃん?」
再度ターニャがリンに呼びかけると、不意にリンは顔をあげて、決意を瞳に宿しながらこう強く言った。
「私、あいつと戦いたい。リエル、ターニャさん、手伝ってくれませんか?」
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